ヤツザキの魔女と炎の騎士② Witch's Rosemary
【urban fantasy】
The Witch of Yatsuzaki and the Knight of Flame
アルカは胸のポケットから、伸縮ペンを取り出す。
伸ばせば1メートルくらいになる。魔法の杖の代わりだ。
本物は――あの「コンウォールの杖」は、アパートのベランダにビニールで包んで転がしてある。
一度、寝ぼけてゴミの日に出しそうになったことがあった。
その時のアルカの反応を、レイは忘れられない。
「コンウォールの杖! 岩山に百年さらして、月の魔力を封印した大切な宝だ!」
珍しく涙目になって、レイを蹴りまくった。
「そ、それを燃えないゴミに出そうとは! もし手遅れだったら、すぐにあなたをヤツザキにして私も死ぬところだった!」
だが、現実として白昼堂々と持ち歩けるものではない。職質でも受けたら、真面目な警官がヤツザキにされかねない。
というわけで、普段は伸縮ペンで代用してもらうことになった。
あんなものでも、一応は杖の代わりになるらしい。
「いーやいや、いや」
根津は頭をかきながらまたヘラヘラ笑う。
「妖花と言ったの。妖しい花、色っぽいね。きみ、レイちゃんの彼女でしょ?」
「レイ『くん』、私はどう答えたらいい?」
目を細め、内心全く笑っていないのが丸わかりな、作り笑顔。
「そういう時は、何も答えなくていいんだよ『アルカ』。先輩、この子は前に話したイギリス帰りの魔女アルカ。まだ高校生だから、からかわないで下さい」
「ほえ。レイちゃんよりずっと歳上に見えるけどね。まあいいさ、時間がない。行こう行こう」
自分が遅刻したのを棚に上げて急がせる根津だった。
柏キャンパスからバスで更に10分。
ニュータウンの一室が現場だ。
◇◇
ベッドに眠る小学生くらいの少女。
枕元には一冊の本。
「親御さんには外してもらってるよん。まさか本当にこの状態の娘を一人にして離席するとは思わなかったけどね」
根津は、少し毒のある言い回しをした。
「まさか、虐待ですか?」
「んー、本人にはその意識は無いと思う。ただ、自分が付いていてやらないと、という感情は無いんじゃないかな」
根津は肩をすくめた。
「でも代金は30万、ちゃんと前払いでくれたよん」
「10万が私で10万がレイ『くん』で10万がこのネズセンパイという男だな」
金の話になったとたんに話に加わった魔女。
「間違いないな。プリンス・オブ・ウェールズが買えるな?」
呆れたレイが何か言うより早く、根津がウィンクした。
「ああ、プリンス・オブ・ウェールズだろうが、フォートナム&メイソンだろうが買えると思うよ、アルカちゃん」
「よし、わかった。では「|ヤツザキコウリン《Yuck The Queen Core Line》ですぐ終わらせよう」
レイはアルカの襟を掴んで猫のように持ち上げ、そのまま横にポイっと放るようにどかした。
「やめろ。私を使い魔の猫のように扱うな」
アルカが抗議の声をあげる。
無視。
「一度状況を整理しますよ、先輩」
レイは、ベッドに眠る少女を見た。
小崎さおり。10歳。一人っ子。
読書が好きなごく普通の女の子。
両親は共働きだが、別にさおりを放置しているわけでもなく、虐待などの形跡はない。
ただ、やはり一人でいる事は多くなりがちで、寂しがり屋な面はあったという。
「説明はそんなところ。あとは状況見ればわかるでしょ」
根津は、肩をすくめた。
「十日前に、本を開いたまま、意識不明。魂の抜け殻みたいになってしまった。可哀想にねえ」
「昏倒、とは違うんですよね」
「ああ。意識が無いだけで――いや、わからないな、あるのかも知れないが」
根津は、少女を見た。
「とにかく意思疎通ができないのよね。でも、食事は取るし、トイレも自分で行ける。ベッドに寝かしつければ7時間くらいは目を閉じている」
「今は眠っている?」
「目を閉じているから、わからないけど、たぶんね」
根津は、少女の頭を優しく撫でた。
「でも目を開いても同じポーズでじっとしているだけ。医者もお手上げ――そりゃそうだ。健康なんだもの」
「ああ、面倒くさい」
アルカの声。
猫のように放られたアルカが、部屋の隅で拗ねて背中を向けていた。
「レイ『くん』にネズセンパイよ、もうわかり切った原因をくどくど説明しなくていい」
振り返ると、紅玉のような瞳がレイを見据えていた。
「魂を抜かれたんだろう――たぶん偶然、悪魔の本と波長が合った」
アルカは、少女の枕元を指差した。
「そら、そこの本から魔力が立ち上っている」
「これかい、アルカちゃん」
根津は無造作に、少女の枕元の本を拾い上げた。
「レイちゃん、パース」
ぽいっと投げる。
「ちょ、おっと」
レイは、かろうじて落とさずに済んだ。
子供が読む本にしては、けっこう厚い。
金文字の立派な装丁。
表紙には――
『アンデルセン作品集』
レイと根津が、異口同音に声を上げた。
「もっとこう、悪魔っぽい本じゃないの〜普通」
「ネクロノミコンとか諸世紀とか、ばけばけとか」
最後のはなんだ知らないぞとレイが突っ込もうとした――
その手を、アルカが掴んだ。
そのまま、自分の胸元に引き寄せる。
根津が、ヒューと口笛を吹いた。
レイは動じない。
「何のつもり?」
面倒くさそうに、白い目を向ける。
「そら。一緒に持て」
アルカは、艶然と微笑んだ。
胸元から、何かを取り出す。
少し茶色がかった緑色のハーブ。
「これは?」
「ローズマリー。邪気避けの効果がある」
レイの手に乗せる。
「今はあなたの方が潜在的な魔力が高いから、少し貸しなさい」
アルカは、レイの手を包むように、自分の手を重ねた。
そして、低く唱える。
「Rosemary, rosemary, pure and true,
In the wholesome wind that blows through,
Show me all the evil that I pursue.」
レイの手の中で、ローズマリーの葉が淡く光り始めた。
「ローズマリー ローズマリー 清らかで真実なる
すこやかな風が吹き抜ける中で
私が追う全ての邪悪を見せて」
葉が、淡い緑色の光を放ちながら、空中へ浮かび上がった。
渦を巻く。
部屋に、清浄な空気が満ちていく。
清々しいローズマリーの香り。
今度ウチのワンルームでもやらせよう――魔女の宅急便ならぬ魔女の消臭剤。などと言ったら蹴られるな。レイはそんなことを考えていた。
しかし、次の瞬間。
まるで突然、ブレーカーが落ちたかのように、ローズマリーの香りが霧散した。
光が、消える。
一瞬、手にした本が黒く光ったのを、レイは見た。
「こいつは――」
「やはりだね」
アルカが、吐き捨てるように言った。
「やってくれるな、靴屋の小倅」
「は?」
レイには意味がわからない。
「童話作家アンデルセンは、たしかデンマークの靴屋の息子だったんだよ、レイちゃん」
アルカを値踏みするように、一瞬だけ目を光らせ、静かに根津が言う。
彼は見かけによらず博学だ。




