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魔道譚 ヤツザキの魔女と炎の騎士 ーTales of the Mystic Path ― The Witch of Yatsuzaki and the Knight of Flame―  作者: 夏乃緒玻璃


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ヤツザキの魔女と炎の騎士① Witch of the Morning

【urban fantasy】

The Witch of Yatsuzaki and the Knight of Flame

  WIT (ウィット)Coop (コーポ)Heightsハイツ

 二階角部屋、六畳一間のワンルーム、東向き。

 築三十年の古いアパート。家賃は四万二千円。


 レイの部屋。


 朝日が差し込む窓際の小さなテーブルで、レイと魔女アルカが向かい合って朝食を取っていた。


 奇妙な同居生活が始まって、三日目の朝だった。


 アルカは、レイの古いTシャツを着ていた。

 サイズが合わず、肩が落ち、鎖骨が覗いている。


 髪は無造作に結ばれているが、それがかえって艶やかな黒髪の美しさを際立たせていた。


 化粧もしていないのに、磁器のように白い肌は透き通るようだ。


 目をギュッと閉じ、眉間に皺を寄せながら、リプトンのティーバッグで入れた紅茶を啜る。


「紅茶はプリンス・オブ・ウェールズにしてくれと、あれほど頼んだのに、何という不誠実な男」


 低く、蠱惑的な声で文句を言う。

 文句を言いながら、これで二杯目だ。


 使っているのは、朝一番にアルカが使い、次にレイが使った、三回目のティーバッグ。

 もはや色水に近い。


 ぶつぶつと言いながらも、新しいティーバッグを開けようとはしない。


 細く白い指先が、ティーバッグの紐を優雅に操り、丁寧にカップに浸している。


「アレ、高いんだから我慢してくれよ」


 嫌なら飲むな、とは言わないのがレイらしい。


「甲斐性なし」


 アルカは、紅玉のような瞳でレイを見た。

 普段はヘイゼル色に擬態しているが、朝は油断するのか、時々本来の色が覗く。


「せめてその電子密林とやらで、安売りのオレンジペコでも買えばよい。その、ワケアリ品とかいう葉の詰め合わせは、かなり安い」


「Amazonな」


 レイは苦笑した。


「電子密林って……あのな、そもそも葉っぱ買ってもウチにはティーポットが無いからね。ポット買う金も無いからね」


「ティーポットくらい、その電子密林で買えばよい。千円もしない」


「その千円が無いんだよ」


 バターの入っていない偽バターロールを齧りながら、レイはため息をつく。


「本当に情け無い男」


 皿の上に残った、最後の一個。

 レイが手を伸ばそうとした。

 その瞬間――

 アルカの細い指が、すっとそれを掴んだ。

 しなやかな動き。


「……」


 レイは、手を引っ込めた。

 アルカは無表情のまま、小さくちぎりながらモグモグと食べる。

 その食べ方すら、どこか優雅だった。


「はいはい。それを食べたら出かけるよ。初仕事だからね。明日からの紅茶がリプトンのままか、オレンジペコになるかが今日で決まる。頼んだよ」


 コトン。


 優雅にカップを置き、しかし口にはまだバターロールを含んだまま、アルカが立ち上がる。


そこ(ほこ)はプリンス・オブ・ウェールズだとっている」


 口に手を当て、咀嚼しながら喋る。


「はいはい。食べながら喋らないでね」


 レイはジーンズのポケットに依頼人のメモをしまい、スイングトップを羽織った。


「行こう」


 魔女を促す。

 アルカは、Tシャツの裾を引っ張った。


「私は着替えなくていいのか?」

「ああ、忘れていた」


 アルカは、レイの方を一瞥した。

 レイは、はいはい、とジェスチャーをして、背を向ける。


「別にこっちを向いていても構わないけれど?」

「亜瑠花と同じ身体でそういう事を言うな」


 背中を向けたまま、面倒くさそうに答える。


「ははん、朝になると男はみな紳士ぶるものよな」

 ククッという忍び笑い。


「……黙って着替えろ」



 シャラシャラという衣擦れの音。

 レイは、窓の外を見ていた。


 WIT Coop Heightsの看板が、朝日を浴びて光っている。

 Witch――魔女。

 まさか本当に魔女と同居することになるとは、この部屋を借りた時には思いもしなかった。


「終わった」


 振り返ると、アルカは昨日レイが駅ビルの特売で買った黒いワンピースを着ていた。


 シンプルだが、体のラインが出る服だ。

 値段で選んだ。

 もっとダボっとした服にすれば良かったと、買ってから後悔したが遅かった。


「……」


 レイは、目を逸らした。


「どうした?」

「いや、別に」


「安物はやはり、あちこちチクチクするな」


 アルカが、肩のあたりを気にしている。


「魔術とかでパパッと出せないものなの」

「見た目だけなら、この前のように幻術で纏えるが」


 アルカは、裾を引っ張った。


「さすがに真昼間から裸で出歩きたくはない」

「うん。夜でもやめてね」

「ふん」

 アルカは、不満そうだった。


「次はもう少し、まともな服を買え」


 レイは、財布の中身を思い出してため息をついた。


 アルカは、髪を解いた。

 黒い髪が、滝のように流れ落ちる。

 窓から差し込む朝日を浴びて、髪が艶やかに輝いた。

 そして、髪を結び直す。


「何をぼうっとしている。行くのだろう?」


 アルカが、ごく微かに笑った。


「……ああ」


 ◇◇


「何というか。こう、せめてタクシーで、ぴゅうっと現場に行くことはできないもの?」


 吊り革に掴まりながら、アルカが不満げに呟く。


「無理」

 レイは素っ気なく答えた。


「こんなに長い時間人混みの中にいたのは、ストーンヘンジでの夏至祭以来なのだが」


「我慢しろ」


「いい加減座らせてもらえないものか」


「無理」


「そこのシルバーシートとやらの前に行って、妊婦なのだがと言えば座れるか?」


「やめろ」


 レイは、かろうじて無視を続けた。

 アルカは、少し拗ねたように唇を尖らせた。


「なあ、レイ『くん』」


 アルカが、小声で言った。外で女学生のふりをしている時には、悪目立ちしないよう『くん』付けで呼ぶようにさせている。


「ん?」


「ところでさっきから、横の男が私の尻を撫でてくるのだが」


「……は?」


ヤツザキ(Yuck The)コウ(QueenCore )リン(Line)を使ってよいか?」


 アルカの目が、危険に細められた。


「待て」


 レイは、アルカの腰を引き寄せた。

 自分の身体で庇うように、位置を変える。

 そして、痴漢の男を睨んだ。


「……っ」


 男は、レイの目を見て、顔を青くした。

 次の駅で、慌てて降りていく。

 自分が今、目の前の若者に命を救われた事に気付く事は、一生ないだろう。


「逃げたな」

「ああ」


 レイは、アルカを離した。

 アルカは、少しだけ満足そうだった。


「やればできるじゃないか」

「……もう黙ってろ」


 結局、目的地に着いたのは正午過ぎだった。


 柏キャンパス駅前。


 約束の時間ギリギリだった。

 しかし、待ち合わせの相手はまだ来ていない。


 10分、20分、30分。


 アルカは横のベンチでウトウトしている。

 もしやすっぽかされたのかと思い始めた頃――。


「レイちゃん、お待たせー!」


 軽薄そうなニヤケ笑いを浮かべ、手を振りながら根津ミコトがやってきた。


「今日は一人ですか? この前の彼女にはフラれました?」


「んあ? 言うようになったねえ」


 根津は、にやりと笑った。


「レイちゃんも彼女が帰国して、色恋に敏感になったかなー」


 根津が親指でクイッと、ちょうど寝起きで大きく伸びをするアルカを指差す。


「ありゃ、あの子から妖怪の気配」


「私を妖怪と言った?」


 アルカが、ゆっくりと立ち上がった。

 寝起きとは思えない、しなやかな動き。


 根津を見据える瞳――普段はヘイゼル色に擬態しているそれが、一瞬だけ本来の色を覗かせた。



挿絵(By みてみん)

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