竜と英雄と姫ーー或いは悪魔としての竜⑤
新堂優士への調査報告レポート(提出用)
記載者 神木玲也
竜についての考察④
確認事項 魔女アルカ(真名不詳につき仮名)による既存知識の確認。
⚪︎地下迷宮は、すなわち地下牢だったのではないかーーもし、ドラゴンが必ず悪役として殺されるルールならば、それは生贄だ。
つまり、迷宮の迷路は侵入者を迷わずためにではなく、生贄を閉じ込めておくために作られたのだ。
そしてドラゴンとは、生贄であり罪人だ。
中世のドラゴンの絵画をーー聖者に殺されるドラゴンの顔を見よ。
それは爬虫類の顔をしていない。
大概は、犬か、人のーー悪魔化した人間の顔をしている。
つまり生贄の竜とは悪魔とされた人間だったのではないか。
⚪︎そもそも、蛇や恐竜のような蛇体は必ずしもドラゴンの条件ではない。
ドラクルのように自ら竜名乗った人間もいるし、「神への供物」あるいは「神に逆らう罪人」がドラゴンの定義だとすれば、広義ではジェヴォーダンの野獣や狼男、吸血鬼などもドラゴンの一種と呼べる。
大天使だった魔王サタンですら、ドラゴンとされるのだ。
つまりドラゴンは人であり、悪魔とされた罪人だ。
悪魔としてのドラゴン、それは裁かれ殺される宿命の悲しい蛇だ。
⚪︎であるならば、英雄とは何か。
死刑執行人だ。
英雄は神の命に従って、ドラゴンを殺しーー姫を、或いは財宝を報酬として与えられるのだ。
⚪︎ならば、姫とは。
それは、常にドラゴンと一緒にあるもののはずだーー金品としての価値以上に、その名誉として竜の鱗、竜の髭、竜の皮、全て財宝となるだろう。
或いは内臓ーー場合よっては「心臓」などもそうかもしれない。
⚪︎だが、大事なのはそこではない。
これは竜、英雄、姫が三位一体で成す、円環構造の儀式だという点に、注目すべきだろう。
ーーつまり、東京ダンジョンのドラゴンは何かの儀式の為に召喚され、何かを守るか、或いはドラゴン自体がなんらかの価値を持つ。
そしてーー我々が「英雄」としてドラゴンを倒す事で、その儀式は、完了する。
「倒していいと思うか、アルカ!」
「倒すしかない。嵌められたにせよ何にせよ、我らが儀式の円環に組み込まれた以上、遂行しなければ抜け出せないだろう!」
戦闘準備をして進む二人の阿吽の呼吸を、亜瑠花だけは寂しげに見てーーしかし小走りでついてゆく。
◇◇
「これはなんだーーふざけている」
咆哮を頼りに奥に進む。その最奥にあったもの。
それはーー。
「檻ーーいや、竹? 笹ーーレイ、なんだこれは」
面積こそ広大だが、いかにもといった洞穴から突入した先に広がる光景はーー
「地鎮祭?」
広さこそ桁違いだが、四隅に植えられた竹や笹は、斎竹、張られた縄は注連縄、ご丁寧に盛り砂まである。
そして、祭壇の在るべき場所に、いくつもの縄で縛られ、もがき苦しむ仔馬サイズほどの人面の獣。
その吐く息は腐った魚の様に生臭く、その咆哮は死にかけた鷹のように悲壮で、その丸い魚の様な目には瞼もなく常に見開かれていた。
威風堂々としたフィクションのドラゴンとはまるで違い、強いて言えばルーベンスが描いたーー聖ゲオルギウスに剣で斬られ、その騎乗する馬にさえ蹴られ絶命しかけている、小さなドラゴンに似ていた。
「財宝ーー或いは姫を連れ帰れと新堂はいったが」
それらしきものは、と目で探すレイ。
「ヤツは、連れ帰れじゃなくて回収しろと言った。知っていて言い換えたのだろうがーーそういう優しさは今はいらない。さあそいつをーー」
アルカは、殺せ、と言うつもりだった。
しかし、何かがその言葉を止めた。
ーー違和感。
何か見落としている気がする。
あの新堂という男は、もっと何か仕掛けているような気がする。
ならばここは一旦ーー退こう、そう考えた時、亜瑠花のリュックに、張り付いていた小さな式神が、飛んだ。
獣を縛っていた縄が全て切られ、弾け飛んだ。
四肢の自由を得た竜が、悲しい咆哮とともにレイに向かう。
「!」
レイは身構えるが、鋭い爪の一撃を受け切れず、岩壁に激突する。
衝撃音が響く。
ガラガラと岩が崩れ、埃が舞う。
土煙を上げ更に突進する竜。
その丸い目に赤い糸を結んだ枝が刺さる。
「亜瑠花!バカ、逃げろ」
魔女が叫ぶ。
竜の標的が変わった。
くるり、と亜瑠花に向き直る「人間のような」顔。
同時に、レイが立ち上がる。
アルカは意を決して、呪文を唱え、そしてレイの元へ走る。
「ヒカリノケンーー粗暴かつ最短に終わらせよ」
手にしたコンウォールの杖が、光り輝く剣の形に変形する。
「そら。ドラゴンはザコでも魔法の武器以外は通りにくい。使え!」
駆け寄り、手渡しし、見つめる。
レイが斬りかかる。
「違うーー槍の様に突くんだ。竜を退治するには心臓をーー心臓を、突き刺すーーえ、あ!」
「応っ!」
珍しいレイの雄叫び。
竜の四肢の攻撃をかわしながら、心臓に狙いをつける。
いけるーーそう思った時、アルカの叫び声が聞こえた。
「レイ、竜の財宝は、その血だ。小娘に絶対に浴びせるな。人間として死ねなくなるぞ」
「なんだって」
タイミングを失い、牙の攻撃をかわすも、よろける。
「あの新堂の奴に引っ掛けられた!赤い竜やベオウルフの名を出す事で、そちらに意識が向けられた!」
「くっ、臨!」
剣を持たない左手で九字を切り、牽制するが、決定打にならない。
「レイくん、魔女! こっちへ!」
亜瑠花が叫ぶ。
見れば、入り口付近の岩の突起と竹の間に白い糸が結ばれ、輝いている。
光の蝶がカモミールの香を纏い飛び回る、ハベトロットの結界が完成していた。
そこに、転がるように入っていく二人ーーしかし。
「ああっ」
結界に逃げ込めたのはレイだけだった。
魔物であるアルカは弾かれ、転倒する。
竜の牙がその肩口にくらいつき、鮮血が飛び散る。
「心臓。また体をくれてやる。力を寄越せ!」
玄室に、竜すらもたじろがす悪魔の哄笑が響き渡る。
レイの眼光に青い炎が宿り、全身を悪魔の高揚が支配する。
光の剣は、さらに螺旋状の炎に包まれる。
タンッ
狙いをつけ、飛びかかる。
レイは、炎と光の剣を竜の心臓の位置目がけ、思い切り突き刺した。
ベリアルの力の助けか、硬いはずの竜の皮膚はバターのようにあっさりと貫通し、竜は断末魔の呪わしい叫びを上げたーー瞬間、レイは見た。
竜の憐れな、悪魔とも人間ともつかぬものの表情がーー俺を殺すのか? と訴えていた。
剣を抜く。
おびただしい血液が、レイに降り注ぐ。
その時、アルカが飛びついてきた。
正面から、レイの体の約半分を、自分の体を盾にして、血が被らないようにしがみついた。
「アルカ?」
「浴びすぎるな。そいつは、シグルドが殺したファフニールという竜の同族だ。血を浴びると、死ねなくなるぞ。私たちは新堂優士に嵌められたんだーー円環の儀式は終わらない。竜を倒した英雄が、次の竜になるからだーー英雄とは、まだ倒されていない竜の事だったんだ」
「俺が、次の竜に」
「竜か、悪魔に。お前の場合、浴びた部分は悪魔に対する強い抵抗を得るだろう。だが、浴び過ぎたら人には戻れないぞ」
◇◇
負傷したアルカをレイが背負い、三人はドラゴンの棲家を後にした。
レイの左半身は竜の地に塗れていたが、右半身はアルカの傷から出た血がついたのみだった。
「英雄シグルドは、菩提樹の枯葉が背中にあったせいで、そこだけ不死身にならず、討たれて死んだ。それでよかったーー不死身の怪物になれば、それはすなわち次の竜になっていたはずだ」
「わかった。もう喋るな」
「なぜだ」
「傷は深いんだろ。すまない、俺のせいでーー」
必死なレイを、アルカがクスッと笑った。
横の亜瑠花も、グミをもぐもぐ食べて平然している。
「レイくん、「その子」元気だよ?」
「え?ーーえ? だって、噛まれてーーて亜瑠花いつの間に「その子」呼びにーーいや、いまはそれよりーー」
「さっき私のこと、ちゃんと「亜瑠花」って呼んで、助けてくれたから、一応ね。ねえ元気だよね、あなた」
「んー、あの時は死ぬかと思ったが、あの竜血を浴びたらすっかり治癒してしまってなーーほーら快適快適」
レイの背で、腕をぐるぐる回す。
「だ、だったら降りろよっ」
「やだ、疲れた。このまま運べ」
アルカはそう言って、目を閉じた。
グミを頬張りながら亜瑠花がレイに訊ねる。
「ねえ、その、シグルドって人、」
「うん?」
「背中の葉っぱの部分だけ血がかからなかったんだよね?ーー全裸で戦ってたの?」
エピソード 竜と英雄と姫ーー或いは悪魔としての竜
完




