竜と英雄と姫ーー或いは悪魔としての竜④
「そこの岩、もう少し削れたら、結ぶにはちょうどいいかもーー」
糸を持つ亜瑠花。
今のところ、複雑で迷う様な通路ではないが、迷宮という以上は、この先は変わって来るだろう。
「糸の魔法使い」がいるのだから、こうしてアリアドネの糸を結んでおくのは、悪くないやり方だ。
「いろんな種類の糸や結び方があるんだね。色には意味があるの?」
レイが尋ねる。
アルカは興味なさそうに装っているが、横目でチラチラ見ていた。
「んー、だいたい赤が攻撃、白が防御みたいな?かなあ」
亜瑠花らしい適当な回答。
「なら、今結んでるこの青は?」
「んー、いっぱい余ったから。安産祈願の色なんだって」
‥‥。
「なんでそんなもの持ってきてんだよ!」
「なんでそんなものを持ち歩いてるのだ!」
アルカとレイが同時に突っ込んだ。
◇◇
新堂優士への調査報告レポート(提出用)
記載者 神木玲也
竜についての考察②
確認事項 魔女アルカ(真名不詳につき仮名)による既存知識の確認。
⚪︎東京ダンジョン(仮称)におけるドラゴンの種類については、極めて矮小化した、後期創作型ドラゴンと思われる。ーー理由は明白。大型のドラゴンは、この狭い迷宮内を移動できない。
⚪︎そもそも、なぜドラゴンは迷宮にいるのか。
ーー逆に考えよう。地下や暗い場所に隠れ住む動物はなにか。ウサギ、モグラ、ヤマネズミ?
捕食者に怯えて身を隠す必要があるものがほとんどだ。もちろん虎などの猛獣も洞穴に住むが、彼らは迷宮の奥深くに隠れているわけではない。
⚪︎ならばなぜドラゴンは迷宮の奥にいるのか。
財宝があるから?
攫ってきた姫がいるから?
どちらにせよ、決定的な理由にはなるまい。
ドラゴンは、たいてい飛べる。
また無敵なら地上の城にでも堂々と住めばよい。
ーーつまり、ドラゴンが、迷宮にいる理由は一つだけだと思われる。
弱いからーー敵から身を守らないとならないから。
では敵とは何か。
もちろん、聖者であり、騎士であり、「英雄」だ。
「竜」と「英雄」は常に争う天敵であり、そこには「財宝 或いは 姫」の所有権が必ず絡んでいる。
‥‥
「こんな感じかな。なかなかよくないかこれ」
「レイくん凄い!」
「レイ『くん』すごいすごーい」
「すごい、は一度でいいからな、アルカ」
◇◇
ライトを手に、迷宮を進む三人。
「暗いね、狭いね、怖いね」
亜瑠花はそう言いながらも、どこかお化け屋敷を楽しむ女学生のような風情だ。
「そう言えば、なんで人間が暗闇を怖がるかって知ってる?」
「えー」
「変質者が出るからか?」
「妖精の癖に一番夢のない事言うのやめようね?ーーあのな、ディノフェリスっていう、トラとヒョウの合いの子みたいな生物が闇の中にいて、そいつは人間を食うのに特化した顎や牙を持つように進化した、天敵だったんだってさ。その恐怖が遺伝子に刻まれてるんだって説がある」
「ほう」
「えー、でもレイくん、そいつらネコ科でしょ?」
亜瑠花が小首を傾げる。
「そこまで遺伝子レベルのトラウマだったら、ネコとか見たら怖くならない?」
「うんうん、特に黒猫は使い魔としても優秀だし、かわいいぞ。その説は間違っているな?」
◇◇
新堂優士への調査報告レポート(提出用)
記載者 神木玲也
竜についての考察③
確認事項 魔女アルカ(真名不詳につき仮名)による既存知識の確認。
⚪︎なぜ英雄はドラゴンの天敵として現れるのか。
ドラゴンが姫を攫うから。
ドラゴンが生贄を要求するから。
ドラゴンがーー財宝を持っているから。
つまり桃太郎の鬼退治と同じだ。
ドラゴンは、持っているから奪われる。
⚪︎街を襲うドラゴンを、駆けつけた英雄がその場で倒すというドラゴンスレイヤー物語は、ほとんど存在しない。
ーーつまり、ドラゴンは、悪事を働いている現行犯としては退治されない。
必ず、英雄はドラゴンの巣へ赴き、そこで退治される。
それはどこか、儀式めいてはいないか。
⚪︎あるいは、巣の中でおとなしく暮らしていたドラゴンを英雄が襲い、財宝を奪っていた可能性はないか。
いや、またはドラゴンの血肉や皮自体が財宝かもしれない。
財宝ではなく姫の奪還譚の場合はどうだろう。
ドラゴンに攫われていた姫とされるのは、あるいはドラゴンの妻や娘の可能性だってあったのではないだろうか。
⚪︎何にせよ、ドラゴンは必ず負ける。
それがルールだとすると、ドラゴンとは何か。英雄とは何か。姫とは何か。
これらが見えてきはしないか。
「どう? どうかな」
「レイくん凄い。ーー『これらが見えてきはしないか、キリッ』!で締めてるところとか、大学生みたいでカッコいい!」
アルカは腹を抱えて笑っている。
本性を出すと無表情どころか笑い上戸のそこらの女学生のようだ。
「ーーキリッとか書いてないし、俺は一応、大学生なんだけどね?」
◇◇
洞窟の奥より、轟く咆哮。
獣というより、猛禽のそれに近い叫び。
マオの傭兵達が、聞いたのはこれか。
「ひっ」
すでに涙目の亜瑠花の肩を抱き「まだ遠い。大丈夫だ」と安心させるレイ。
この一画は、無数の玄室がつらなる、まさに魔物の巣に相応しい地形に見えた。
「なあ、アルカ」
「ん?」
「もしあんたが家主で、どこかに居を構えるとして、まあ地下なのは置いておいてもーーこういう場所に、住みたいと思うか?」
「なんだ? あなたと一緒ならどんな場所でもいいわ、とかいう回答を期待しているならヤツザキものだ。ふん、私を迎えるなら最低この広さと同じだけの庭と、この倍の広さのベッドルームと、キッチンとーーむぎゅ」
久々に、口を押さえて黙らせた。
「四畳半魔女に聞いた俺が馬鹿だった」
「四畳半なのはお前の稼ぎが悪いからだろう」
もがく魔女を引きずるように進みながら、レイは言う。
「これは、棲家というより、何か他の物に似ていないか?ーーこんな造りが実用的な場所ーー地下牢だ」
ジタバタしている魔女が亜瑠花には眩しく見えた。
(広さや待遇に文句は言うけど、一緒に住むこと自体は前提にしてるんだね‥)
亜瑠花の顔が翳るーーしかし、薄暗い迷宮の中、気付く者はいなかった。




