竜と英雄と姫ーー或いは悪魔としての竜①
国会議事堂駅地下には核シェルターと、権力者たちのみが知る秘密の避難通路があるーーなどという都市伝説がある。
「都市伝説じゃなくて本当だったんだねーーあ、レイくんその先、14番口のワキの鉄扉、そうそれ。ダイヤル37564で開くって」
「いいのか、そんな思いっきり盗作の語呂合わせみたいな番号で」
「いいよ、連載再開しないんだもん」
扉の奥には通路。
工事中の張り紙と、カラーコーンが無造作に並ぶ。
「なあ。この、ご迷惑おかけして申し訳ありませんって張り紙の男、何故上目遣いなのだ? これは本当に申し訳ないと思っている顔ではないだろう。これを描いた奴はヤツザキにするべきだ」
歩き詰めで、ふきげん魔女となっているアルカが、伸縮ペンで張り紙をペシペシと叩く。
「本当に申し訳ないとはそりゃ思ってないよ? 絵師もまさかそんな事でヤツザキにされるとは思ってないからね?」
コーンをどけて通路を確保するレイ。
「だいたい俺たちは他人の表情についてどうこう言えないだろう」
「いや、表情がつくれないあなたと私は違う。私は高貴な者として常に平素な表情を心掛けているだけだ」
それは嘘ではなかった。
アルカはその気になれば妖艶な笑顔も、憤怒の表情も作れるし、なんなら部屋で動画を見ている時もレイがよそ見をしていると、大欠伸をしたり、ヨダレを垂らして寝落ちしている事もしばしばだった。
もちろん亜瑠花もいる今、そんな地雷は踏まずに流す。
「あっ、レイくん。その奥を左。地下電気室立ち入り禁止のパネルの奥の階段」
メモを見ながら亜瑠花がナビをする。
確かに、パネルの奥には下り階段があった。
ごく普通の、なんら凶々しくもない唯の階段。
「本当にこんな階段が地下迷宮の入り口なのか?ーー東京って、本当になんでもありだな」
「東京だけではないさーーその荷物持ち娘が迷い込んだ我が故郷のように、異界への扉は身近にあるものさ」
いざという時に呪文を使えるように、手を自由にしておく関係で、アルカは荷物を持っていない。
荷物持ち娘と言われた亜瑠花が、無言で手裏剣を魔女に投げつけた。
「痛っ、それ微妙に痛いからやめなさい」
亜瑠花は手裏剣を拾いながら「サンドイッチ泥棒」とポツリと呟いた。
本当はもっと沢山のモノを盗まれた筈だったが、敢えてそれは言わなかった。
◇◇
時系列は少し戻る。バー「Alraune」
「ドラゴンを殺せとは?」
レイは表情こそ変えないが、明らかに苛立っていた。
「曖昧な言い方で遊んでないで、はっきりーー要点を言ってくれませんかね、新堂さん」
たん、とテーブルに手をつき、音を立てる。
その腕を、亜瑠花が、んっんっと引っ張る。
「はっきりーーとお断りして帰ろうレイくん。ドラゴンだよ?ロトの勇者じゃないレイくんが戦う相手じゃないからね? 勇者も最近はボスドラゴンと戦わないからね?」
「いや、まて」
アルカが止める。
「それなら悪い条件じゃない。ドラゴン一匹程度でベリアルの心臓の制御方法ーーということはつまりあなたの延命方法ーーが知れるなら、安い。裏がないならだがーーもう少し話を聞こう」
一瞬、唖然となるレイと亜瑠花。
「アルカ、割といつも、天使とは戦うなとかーー」
「強い相手には跪くのがポリシーの魔女の癖にーー痛っ」
憤慨して伸縮ペンで二人をつつく魔女。
「無知な奴らめーー。西洋絵画とか見た事無いのか。ドラゴンってのは天使や聖者より全然弱いんだぞ。せいぜい野犬とか狼くらいの危険度の雑魚だろうが」
「そうなのか?」
「えー、世界の半分をくれてやろう!とか言ってるのに?」
カラン。
グラスを揺らして、無駄話を遮る新堂優士。
「まあーーそういう本物の『神より古い竜』も、人跡未踏の地には実在するけれどーー、一般的にはそちらの彼女の言う通りだ。聖者が槍で殺せるようなレベルの獣だなーー君らでも殺せるだろう。特にその魔女がいるなら楽勝だろう」
優士はアルカを興味深そうに見た。
「なんだ。じろじろと見るな、半悪魔」
腕組みして睨み返す魔女。
「いや、一つ質問していいか?」
「駄目だね。はい終わり。こっち見るな」
シッシッというポーズで手のひらを振るアルカ。
気品も何もあったものではない。
しかし優士は取り合わず、お構い無しに続ける。
「君が知る中で一番古いドラゴンは、ウェールズの赤い竜か? それともベオウルフあたりか」
「‥‥」
レイが、優士とアルカの間に割り込む。
「あなたが受けている依頼ですか? あなたが自分でやらないのは、護衛がいないから?」
「倒すだけなら簡単なのだがね、依頼には「調査」も含まれるのだ。だから懶な僕一人では手に余るのさ」
「わかった」
レイは新堂の横の椅子に腰掛けた。
「詳細を聞きましょう」
優士は「うむ」と頷くーー当然だと言わんばかりの態度で。
「おいーー飲むか? 二十歳は過ぎているんだろ?」
「えっとーーノンアルコールビールがあれば‥‥」
ふう、ガキめーー薄く閉じた目がそう語っていた。
煙で輪を作りながら、優士は奥の冷蔵庫を指し示す。
「ノンアルコールを置いているバーがあるかどうかは知らないが、冷蔵庫に入っている物は好きに飲んでいいとオーナーに言われているーーお嬢さん達のもーーうん?」
言い終わる前に「では」「あ、失礼します」と二人の女は奥に入って行った。
「あーっ、本当に業務スーパーの出してるんだー!ちょっとショック!!」
「おお、ハーシーのチョコシロップがあるではないか。これを冷たいミルクに入れて飲むと魔力が一割回復するのだーー」
カウンターの男二人の間には、気まずい空気が流れていた。
やがて、優士は横のグラスを一つ無造作に取り、フォア・ローゼス「黒」を少しだけ注ぎ、ボックスの氷を放り込み、レイの前に置いた。
「水は好きに入れろ。これから協力し合うにしろ、決裂して殺し合うにせよーー酒くらいは楽しんでからにするべきだ」
仮面が、微かに笑った。




