雪の中にいる④
パキーーパキ。
微かな音が聞こえた。
優士の複雑に折れ曲がった骨が、少しずつ癒着し再生していく音。
「凉子、お客様が来るようだ。それも二組ーー先の方は、おそらくずっと乗鞍からついてきてる、僕らを殺した魔物だね。既知の魔物で良かったーー神木麗子の式神あたりだったら一巻の終わりだったがーーあの気配はやはり山の女怪だね」
魔王岳の怪異を退治した帰路、千町ヶ原を抜けた辺りから、何かが着いてくるのを感じた。
その辺りもまた、異界へ通じるとされる地域ーーおそらく山怪の残党でも来ているのかと、甘く見て、この雪原に誘った。
しかし、油断があった。
まんまと雪洞に落とされ、凉子は死に、優士は瀕死となった。
そして、今ーーその怪異達は止めを刺しに、やってくる。
コゥ、コゥと響いていた風の音が、突如ーーゴウという吹雪に変わった。
雪風と共に舞い込んできた幽鬼達は、動かぬ護衛を素通りして、真っ直ぐに優士に向かう。
「あと5分早く、来るべきだったね」
既に優士の左手は再生していた。
「シュバレ」
呪言と共に微かに空間が閉じ、幽鬼の一体が裂けた空間に消える。
だが、優士の動きはまだ鈍い。
もう一体の幽鬼は、その隙に完全に優士の体に覆い被さり、その残り少ない生命を吸った。
「どうにも、駄目なようだーー。凉子、お別れだーー君を、死人に戻す」
(ええ、ありがとうーー三年間、人間として生きられて、楽しかったわ。素敵な身体も用意してくれてーー感謝しているーーさようなら)
首の曲がった御厨凉子の遺体から離れた怨霊は、優士にのしかかる幽鬼に向かい、引き剥がす。
そのタイミングを逃さず、扇が閃く。
「シュバレ」
御厨凉子だったものと幽鬼は、共に裂けた空間に消える。
ゴウ、ゴウーー。
後に残るのは風の音ばかり。
シュボッ。
ジッポーの炎がゆらめき、ようやく新堂優士は念願の煙草を吸えた。
「さてーーもう一体いるな? 襲う気はないのか。異界の番人の雪妖ーー精霊といった所か」
凉子の遺体の脇に、自分のしでかした事の結果に慄くように佇む、小さなーー少女サイズの影。
雪を纏うそれはーーおそらく地域によって「雪女」や「雪ん子」などと呼ばれる類の雪の精霊のようだった。
「凉子を駄目にした責任を感じているようかね?ーーならば都合が良い。新たな「護衛」はお前にしようーーオン、キリ」
扇を今度は、魂を招き、手繰り寄せるような動き。
「ヤダーーイヤダーーイヤダ」
抵抗に構わず、雪妖は凉子の遺体に封じられた。
「ヤダーーイヤダーーダシテーーオネガイ」
魂が叫ぶ。
優士はそれを冷ややかに見下して、静かに云う。
「なに、街に戻ったらちゃんと動く体をーー魂が死に肉体だけが生きている人間を探してやる。きちんと働けば、数年で開放してやるさ。凉子のようにね」
ふう。と煙をふかす。
煙草のトゲトゲしい匂いが雪洞に広がる。
ゲホッ、ゲホッ。
幽鬼達が侵入した際に開いた穴の入り口で、女がむせ込み、咳をする。
「煙草の匂いが充満した雪洞などというものはーー生涯で未体験だ。用心しろ騎士。外法を使う外道がいるぞ」
不快感あらわに吐き捨てるアルカ。
「イケメンさん、生きてますね?いま、何か変な事してましたね?」
ダウジングを片手に持ったまま、ライトで照らす亜瑠花。
佇みーー優士を見つめるレイ。
「あなたは今、何かをその女性にしましたね? マオ・ゼードンさんの依頼で救助に来た者ですがーー説明をしていただいていいですか?」
「ふむ」
優士はようやく動くようになった首をゆっくりと動かし、三人を見る。
「ダウジング使いに、精霊ーーいや妖精かーーの魔女。それを率いるのは悪魔の卵ーーいや器か」
アルカがレイに囁く。
「気をつけろ。コイツは「混じって」いる。悪魔の血が流れている。100万の件がなければーーここで消し飛ばした方が、たぶんあなたの為になる」
アルカは笑っていなかった。
しかし優士は、その魔女を見て笑った。
「僕は君たちの中で一番人間に近いだろうにーーさあ、もう一本吸うから、その間にその御厨凉子の遺体を運んでくれ。彼女は残念だったが、まだ雪妖の魂の移送用の棺桶代わりにマオの所までは使わせて貰う。僕の方はーーできれはそこのダウジングのお嬢さんにでも肩を貸して貰えると嬉しいのだがね」
仮面の顔が見上げ、人形の顔が視線を受け止めた。
「アルカ」
レイは呟く。
「依頼人には悪いけれど、俺はこの人が、好きになれないと思う」
魔女はフン、と鼻で笑った。
「珍しく気が合うな、私もだ」
立ち尽くす三人。
座り込み煙を燻らす一人。
雪洞に、ヒュウヒュウと雪と風が舞っていた。
雪の中にいる 完




