雪の中にいる②
【Picaresque Fantasy】
雪の中にいる
「では豚娘とトリュフを探すツアーを開始する。報酬は一人33万。残った一万でカブラギに1000円以下の土産を買い、残りは打ち上げに使うーーいいか?」
打ち上げ、という言葉を最近覚え得意気に話すアルカの頭をレイが叩き、亜瑠花が手裏剣を投げる。
「亜瑠花は豚娘ではない。体重増加を気にしてジョギングしている者に対して酷い言い方はするな」
諭すレイの頭にも枝十字の手裏剣が飛ぶ。
「一番酷い言い方だよ、それ」
「え、なぜだ。俺はちゃんと否定したのに」
「な、レイは案外アホだろ?小娘」
「あんたのアホが移ったんでしょ」
「いやそもそも俺はそんなにアホなのか?」
そんなやり取りをしているうちに、新幹線は長野駅に到着した。
失踪した『霊媒士』新堂優士と「護衛」御厨凉子が向かっていた山岳地帯へは更にバスで約二時間。
状況はーー。
マオの依頼で、乗鞍岳の怪異事件の解決に向かった「霊媒士」が消息を絶った。
一週間前に「解決」と言う報告メールと、おそらく凉子が作成したと思われるレポートが送られてきた。
メールの最後に、美術館でも観てから帰る、と記されていた。
その後、ビーナスラインを通って美ヶ原光源に移動ーーしたところまでが分かっている全てだ。
マオーーは横浜中華街の中心、パワースポットとしても有名な関帝廟の近くに店を持つ華僑の娘で、根津とは大学時代の同学部らしかった。
中華街や華僑といえば、占いの館が立ち並ぶ彼の地ではオカルトの面でも経済の面でも「怪異」との関わりが深く、マオはそのエージェント的な立場ーーつまり根津ミコトの同僚という事だ。
「マオ・ゼードン。マオちゃんでもマオさんでも、好きに呼んでね」
彼女はそう自己紹介したーーが、これは当然偽名だろうし、これほど堂々と偽名ですよとわかる名を使っていると言うことは、本名を教える気はないという宣言だろう。
魔女の真の名のように、あるいは知られてはいけない縛りがあるのかもしれない。
「猫のマオさんではないんですね?」
レイは一応聞いてみる。
「うん、あなたが想像した通りの漢字でokよ、レイくん。さすが大学生ね」
マオは少し釣り上がった、正に猫のような美しい目を細め、笑った。
マオ・ゼードン。
それは「毛沢東」の英語読みだ。
「彼女はボクの大学時代のバディなのさ」
根津が珍しく、少し得意げに言う。
「ネズミ男と猫娘、とか言われてたよね?あんたはあの頃から胡散臭かったし」
マオは肩をすくめて呆れたように笑うが、根津はヘラヘラといつもの態度を崩さなかった。
「おかげで横浜方面に行く時は本格中華が堪能できて、みなに羨ましがられたものだよ」
そこが自慢のポイントらしい。
「上海風が彼女の店の特徴でねーーその新堂優士も、その頃は金がなくてね、よくマオさんに奢られてたんだ。ひどいよね?ボクからは金を取るのに」
「優さんは男前だからね。レイくんと少し似てるんだよ。捜査に必要だから、写真も渡しておくね。昔のだけれど、彼の顔はほとんど変わっていないわ。現在もまだ、レイくんと同じ歳くらいに見えると思う」
マオが取り出したプリント写真には、黒い目が印象的な若い男が、マオと根津と並んで写っていた。
確かに二枚目ではあるがーーレイは、その男もまた自分と同じような、作り物めいたものを感じ、かつての甘い硝子の棘ーーエリカとの会話を思い出さずにはいられなかった。
「仮面のような顔だ」
横から覗き込んだアルカが呟く。
「人形とは全く似ていない」
魔女がどんなつもりで言ったのかはわからない。
だがその言葉は、レイの心を少しだけ軽くした。
「レイちゃん、今回の事件が君に回った経緯はわかるよね?例のダウジングの魔法使いちゃんの新聞記事が発端だよ。探索が必要だからねーー上手く誘ってくれたようだけど、しっかり守ってね?」
多摩川で、亜瑠花は犬の死体、化石化した亀の甲羅、そして古いーーおそらく江戸時代辺りの人骨を発見した。
事件性はないものの、いくつかの報道機関で顛末が報じられ、亜瑠花はローカルながらちょっとした有名人になっていたのだった。
もちろん、本人は取材などは一切断わり、事件性もなく未成年でもあるという事で、特定まではされなかった。続報が無ければ、やがて忘れ去られるだろう。
「根津さん、俺は本当は亜瑠花を巻き込むつもりはーー」
いつものようにその台詞を言うレイを、後ろからアルカが蹴る。
「まだ言ってる。小娘の能力の特性を見極める必要があるーー死体や骨に行き当たるのは偶然なのか、それともそういうモノに呼ばれる性質なのか、検証の意味で連れて行く、と散々話して、本人納得しただろうが。過保護め」
「まあ、そうなんだがーーあんたがそれなりに亜瑠花の事を気にかけたのは意外だったけど、確かにその通りだーーすまなかった。しっかり守る事に専念するーーもうその話はしない」
レイは自分を納得させるように、念を押した。
アルカはウンウンと頷く。
「おう。小娘には100万がかかっているのだ。しっかりしろ」
◇◇
雪洞を、風が舞う。
「凉子ーーまだ凉子でいるか」
(ええ、まだしばらくは大丈夫そう。そちらは、まだ生きていられる?)
「煙草が吸えないのが辛くて仕方ない。だがどうやらまだ生きているようだ。案外寒くないのかーー凍死する気配はないな」
(敵の心当たりがあるなら、私が最後に道連れにしてゆくけれどーーそいつがここにくればだけどーーあの雪山の山姫かしら?)
「おそらくそうかも知れないが、心当たりは多すぎてわからない。僕を殺したい連中は多いしね。だが、待っていれば来てくれるだろう。それまではなるべく、怨霊になるな。無理ならば仕方ないが、その時は言え。消してやる」
(ありがとう)
ピクリ。
それまで全く動かなかった優士の指が微かに動いた。
「しめた」
優士の第二の能力、緩やかな超再生が始まったようだ。
優士は仮面の顔の下でほくそ笑む。
もうじき吸えるようになりそうだ。
問題はーー煙草に火がつくかどうかだった。




