鬼の首と糸の魔法使い⑥
【folktale fantasy】
鬼の首と糸の魔法使い
聖堂までの道すがら、亜瑠花は地面にいくつかのトリケトラを撒き、通り過ぎた柱に赤い糸の攻撃的結界を張った。
地雷や罠のように、少しでも敵の数を減らせれば、と思っての事だった。
聖堂に入り、関をかける。
だが、これでよかったのだろうか。
逃げ場のない行き止まりに来てしまったのでは。
正面に知ろし召す大天使像を見ながら、亜瑠花はふと思った。
だが、壁に貼ってある、子供達が書いたと思われるクレヨンの天使の絵ーーぐにゃぐにゃで、人の形すらおぼつかないが、しかしどれも優しい顔をした天使達の絵を見ると、どこか落ちついた。
(そうだよ。天使って、やっぱり優しくなくちゃ)
亜瑠花は、関に白と赤の残りの糸を使って、護りの結びを施していく。
ポゥ、と微かな光が結び目に宿るーーが、しかしそれはあまりにも小さく、心許ない輝きだった。
数少ない「悪霊よけ」ウィッチズ・ノットも括りつける。
青白い退魔の輝きーーあの数の化け物達を防ぐ力になるのだろうか。
せめてもっと作ってくればよかったーー少しの後悔。
みずからは片手に手裏剣結びを持ち、巻いていたストールはもう片手に巻きつけた。
ドン!ドン!
激しくドアが叩かれる。
おそらく門が破られ、影たちが押し寄せてきているのだろう。
「先生、みんな。天使の像の後ろにいてね。私が、やられても出てきちゃダメですよ?隙をみて逃げてね」
十字架に祈る八潮と七瀬。
亜瑠花の側に行くべきか、と一瞬迷ったが、しがみつく園児たちを置いて、前には出れなかった。
「きっと天使が守ってくれる」
七瀬は善意でそう言った。
だか亜瑠花は(本音いうと天使はまだちょっとニガテ)と、軽く舌を出して微笑んだ。
扉を叩く音が強くなる。
結んだ糸が弾け飛ぶ。
扉が破られるーーそう思った瞬間
ガシャン!
音がしたのは上からだった。
ステンドグラスが破られて、そこから無数の火の玉が入り込んできた。
同時にーー
「アアアアアアアア」
「うわぁぁぁん うわぁぁん」
風とともに、生臭い臭いが入り込んでくる。
呪詛の言葉を撒き散らしながら、扉から影達が押し寄せてきた。
「えいっ、こいつっ!」
十字枝の手裏剣を投げる。
当たった影は弾け飛ぶ。
しかしーーすぐ次が押し寄せる。
正面からは影たちがなだれ込む。
「あるかちゃん、にげてー」
誰かが叫んでいる。
拓ちゃんか、先生かーーみんなか。
「このっ!このっ!」
魔除けのストールを闇雲に振り回す。
影の手に触れられた部分は、まるで凍傷のように疼き、身体のあちこちが悲鳴をあげていた。
勝てないけれど、なんとか子供達を逃す時間は稼がないと。
正面の扉は開いている。
早くあそこから逃げてーーそう思って、じたばた暴れる亜瑠花の頭上から、火の玉が襲いかかる。
「あ、ダメだ。死んだ」
そう思った時ーー
天使像の方から、一瞬の閃光。
亜瑠花に纏わりついていた影や火の玉が弾け飛ぶ。
子供たちが叫んでいる。
「あるかちゃん!」
「こっち!こっちに!走って!」
だが、顔を上げて見やれば、まさにその子供達に巨大な影が襲いかかろうとしていた。
それは、とても古くとても禍々しい、鬼の顔を持つモノに見えた。
「ああ、ダメっ」
巨大な影が子供達に覆い被さろうとしていた。
亜瑠花が絶望に目を背けたーーその時。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!ーーよし、九文字いけたぞ」
懐かしいレイの声。
巨大な影は弾け飛んだ。
ああ、もう大丈夫だ。大丈夫なんだ。
安堵で気が遠のくーーしかし、まだここで、任せて気絶するわけにはいかない。
「えいっ」
気合いを入れて立ち上がり、ストールを広げて影達の前に突き出す。
微かな光と共に、亜瑠花の身体から立ち上るカモミールの香りが影たちの生臭さを上書きしていく。
小さな光の蝶のような羽ばたきが集まり、幾何学模様はそれぞれ、透明な糸となり結びつく。
いま、亜瑠花と子供達を護るハベトロットの魔法結界が完成した。
「レイくん、ここは私が守るから、やっつけてきて!」
レイは亜瑠花を見ていた。
相変わらず無表情ーーしかし、彼を「無表情だと思った事なんかない」と言い切った亜瑠花には、瞬時にわかった。
レイの表情は確かに人形のように、微かにしか動かない。
だが、その青い瞳の光の微かな変化が、亜瑠花には雄弁な言葉となって伝わるのだ。
昔からそうだったーービデオレターでも、よくわかった。
(この人は感情が薄いんじゃないーーそれを表現するのが下手なだけなんだーーみんな、それをわかっていない)
そして、その瞳は今、確かにこう言っていた。
(すごいね、よく頑張ったね。あとは任せてくれーー強くなったんだな、亜瑠花)
レイは走り出す。
聖堂に残る火の玉に「臨!」と九字を飛ばし、霧散させる。
正面から向かってくる影たち。
右手を一本突き出して、手刀回し受けの形をとる。
炎を帯びた手に触れた影は、うめきながら消えてゆく。
更に、長い脚を頭上に掲げて、踵落としの要領で一体を消す。
下ろした足が円を描き、回し蹴りが影たちを粉砕する。
頭上から襲う火の玉を、その火を上回る熱を纏うバックハンド・ブローで撃墜する。
まるで太極拳の体操のように、流れる動き。
影も火の玉も、次々と消されていった。
「あのにいちゃん、スゲー」
「イケメンライダーみたいな顔してる」
「あるかちゃんの彼氏?」
子供らの問いに、亜瑠花は一瞬どう答えるべきか迷い、レイの動きをただ見ていたーーそれは昔のような、盲目的な憧れだけの目ではなかった。
そして、しばらくしてから、自分の心を確かめるように頷いた。
「むふー。うん、そだよー」
なんとも締まらない顔で、亜瑠花は子供達に微笑んだ。
◇◇
全ての百鬼を退治して、レイが戻ってくる。
「レイくん、どうしてこんなに早く?」
「もともと、ここの塚を調べに来てたんだ。鏑木さんの情報で、ここの鬼首塚にエンゼラの連中が何かを移管した形跡があるって聞いてーーそれが満月の日ごとに何かやばい気を発してるという話で」
レイは話を続ける。
しかし、どこかに違和感があった。あれ?
「岩をアルカが破壊して、塚に行ったら壊されていてーーこっちに瘴気が集まってるとアルカーー魔女のな、が言うので急いできたんだ」
そうだ。
奴がいない。
あの邪魔なニセ胸魔女は?
「レイくん、その魔女は?」
「ああーー」
レイはまた無表情ーーだが少し困った様な瞳なのが、亜瑠花にはわかったがーーで園庭を指差した。
「魔物封じのトラップ結界に引っかかって、すごいカッコでジタバタしてるーー助けてくる」
亜瑠花は一瞬きょとんとしたが、それが自分のしかけた地雷トラップだと知って、ケラケラと笑った。
確かに「魔物」には効果があったようだ。
「いいよ、しばらくほっといて」
「たがなあーー」
レイはまた困った様子だ。
「あそこでパンツ丸出しで暴れてるのは、亜瑠花の姿をした女なんだけど、いいのか?」
「いいのかーーじゃなくて早く行ってッ!!」
本当に、女心もデリカシーも全くわからない、全くかわらないーー最低の、騎士だ。
柚木亜瑠花はクスッと笑った。
それにしてもーー「さっき私の周りの敵を吹き飛ばした光は、レイくんでも魔女でもないよね。あれはーー天使?」
佇む天使像を、複雑な表情で亜瑠花は見上げた。
天使像の陰の子供達と教師が、駆け寄ってくる。
「あるかちゃん、ありがとう」
「助かったよ、君は凄いな」
「あるかちゃん!あるかちゃん!」
子ども達と八潮に、もみくちゃにされて「でへへ」と照れまくる亜瑠花だった。
七瀬は、少し離れて大天使像に感謝の祈りを捧げていた。
「ありがとうございます。あの子達をお守りくださって」
その手には銀のロザリオが光る。
「一瞬だけど昔のような力が出せた。天使さまのおかげね」
はるちゃん先生ーー七瀬はるか。
エリカの母、元、瑠璃川はるかは、もう一度、深く礼をした。
鬼の首と糸の魔法使い 完
next episode
雪の中にいる




