蜃気楼の街と壊された乙女⑥
【Allegorical fantasy】
The Mirage City and the Broken Maiden
来るなと言われ、硬直したレイをアルカがぐい、と脇に押しのけて前に出る。
ビルの渡り廊下で出くわした、同じ姿をした、全く異質な二人の女が向かい合う。
亜瑠花は、アルカを睨みながらレイを問い詰める
「レイくん、私のフリした女と一緒に出歩いて、もし私と鉢合わせたらどう言い訳する気だった?ーーもし知り合いに合ったら、その女の事を柚木亜瑠花だって紹介する気だった?」
レイは答えないーー答えられない。
アルカはただ、フンと鼻を鳴らした。
「答えてよレイくん!私よりその女を選ぶのは別にいいよ!何もできない私は役立たずだよ。でもーー」
「黙れ小娘」
アルカが、ピシャリと言う。
「小娘!私と同じ顔でピィピィ泣くだけの小娘。お前は、相手から男を奪いとる覚悟もなくーー」
胸を挑発的に反らし、レイをぐいと引き寄せ、押し当てる
「お前、私のこの男が欲しいのか?くれてやろうか?乞うてみたらどうだ?」
「ふざけないで!」
「ほらな、相手が捨てた男を拾うのは残飯漁りのようだと思い、プライドが受け付けないーーそうだな?」
「ーーなにを!」
見下ろすーー見下すアルカの赤い瞳
見上げ、真っ向から受けとめる亜瑠花のヘイゼルの瞳。
「とにかく、私の姿をとるのをやめて」
「無理だ。この世界ではこの姿で固定されているし、一度解いて再構築するには、魔力がたりない。レイに奪われたからな」
その言葉が亜瑠花をえぐるナイフになるのを承知で、意地悪く笑う。
「なに、大丈夫だ。お前と私の姿形は基本的には同じだが、並んでも全く同じに見えまい」
たしかに、しなやかな動き、妖艶な表情の魔女は、亜瑠花よりずっと大人びて、別人に見えた。
ただ、それは逆にいえば亜瑠花は彼女なりの、歳相応の可愛らしい魅力を持っているという事なのだが、彼女はそれに気付く余裕がない。
アルカはさらに強く、横の美貌の男の腕を抱き、胸を押し付ける。
普段そんな事は一度もしないのに、わさど亜瑠花を挑発する。
「レイ『くん』。さあ、そろそろこの始末をつけてくれ」
微笑みながら言うがーーその瞳は笑っていない。
「亜瑠花、俺はーー」
「そいつを、振り払わないんだね、レイくん」
「ーー」
アルカを睨むレイ。しかしアルカも睨み返す。
「私を振り払うかーーレイ。構わないぞーーあなたが本当にそれを望むなら、私は構わない。私は永遠に消えて、そして二度と還らない。あの時の逆に私が問おう。選べ、騎士」
レイは目を閉じた。そして見開き、意を決したようにアルカを見る。
「まず一つ」
レイは、絡みつくアルカを引き剥がし、両手でウェストの辺りを押さえて、持ち上げる。
「ひあっ、なにをする!」
慌てるアルカ。
すぐに、しまった、という顔をするが、もう遅かった。
アルカを脇に置き、亜瑠花を振り返るレイ。
「この通り、この魔女はいつもこんな事をしてはいない。俺が触れた時の反応でわかってくれたね」
「でもーーその女と一緒に暮らしてるんだよねーーそういう事も、してるんだよね」
「暮らしてるし、してる」
アルカは、腕組みをして拗ねたような仕草をしながらも、レイがなにを言い出すのか、チラチラと横目で見る。
「それについては、言い訳しない。聞かれる前に言うけど、流されてるのも認めるーーだけど一つだけ誓える」
無言で次の一言を待つ女二人。
「俺は、このアルカを柚木亜瑠花だと思って接した事は、一度もない」
「なんだそれは」
「言った通りだ。恋愛感情はともかく、俺にとっては魔女アルカは魔女アルカで、柚木亜瑠花は目の前にいる柚木亜瑠花だけだ。顔が同じとか、そういうのはーー実際俺には全然違う顔に見えていた。俺には、顔の作りは、ただパーツの配置にしか見えない。表情でしかわからない。俺自身が人形だから。だから、全然違う表情をする二人が、似てるとすら感じないーー」
アルカは意味がわからないと鼻白らむが、亜瑠花にとってそれはーー小さな救いではあった。
魔女に自分の代わりをさせたのではない。
魔女がいようがいまいが、どんな姿をしていようが、レイには関係なかったーーなぜなら、最初から柚木亜瑠花という人間は、レイにとってただの幼馴染でしかなかったから。
失恋どころか、眼中になかったーーそれは本来なら残酷な事実だが、今は、マイナスからゼロに戻ったような感覚があった。
「何を言っているのかわからんーー屑の言い分だ。詭弁だーー」
「今度は私が教えてあげる、魔女さん」
亜瑠花が遮る。
「レイくんはーー神木玲也は、あんたとのゆきずりの関係は認めた上で、あんたの顔はたまたま、幼馴染な私の顔に似てただけで、意識なんてしてなかったって言ってるの!」
「それは小娘、お前が意識されていなかったと言われているのも同然ーー」
「いいの! 私が誰かの代わりだったり、誰かが私の代わりだったりするようなのより、ずっといいの!それなら、あんたがレイくんに捨てられてから、ザマアミロって笑いながら、私はレイくんにまたアプローチすればいいだけだもん」
「また振られてもか」
「何回振られてもよ」
話が変な方向になっていき、流石にレイは焦った。
「あの、二人とも、とりあえずそういう事で、続きはまたにしないか。今はまずこのビルから出てーー」
「一つ聞く!あなたは、全く愛情を持たない女と、何日も暮らせる男か? 私にはそういう感情は、今も全く無いと、言い切るのか、それだけを答えなさい」
「おい、何をーー」
助けを求めるように亜瑠花を見る。しかしこれは当然、全く筋違いだ。
「レイくん、私もそこは聞いておきたいかも」
同じ顔をした二人の女が、屑を睨む。
レイは、鎮痛な顔で呻くように言う。
「卑怯な言い方だが、わからない」
「俺は全く、わからないんだ。愛とか恋とかわからない。魔女のアルカに魅力を感じたーーだから拒否しなかった。それは認める。だがそれが愛か、わからない。柚木亜瑠花は大事に思う。それは広義の愛なんじゃないかって俺は思う。でも確証は持てない」
「そもそも、俺が今までにはっきり、恋したと自覚している相手は、瑠璃川エリカだけなんだ」
一瞬の沈黙。
「は?」
「え?」
二人の女が呆然とする。
その時、後ろの物陰でドタドタっ、と人が転がる音がした。
頭を掻いて立ち上がる、サラリーマン鏑木進一郎。
「おじさん?」
驚いてぽかんと口を開けて、慌てて手で口を押さえる亜瑠花。
ボリボリと頭をかきむしる鏑木。
「三角関係の修羅場を回避する為に、四人目の別な女の名前を出す男は初めて見たよ。すごいな君」
「い、いやそんなつもりはーー俺、間違ってますかサラリーマンの人!」
「まあ、とにかく今は外に出よう。ガブリーーミカエラはもういない。警備員達がくると厄介だ」
◇◇
昼下がりのデッキ。
奇妙な四人。
ベンチに座り、缶のブラックコーヒーを飲む、スーツの鏑木。
一人分のスペースを開けて、俯きながらイチゴミルクの缶をポンポンと玩ぶ柚木亜瑠花。
朝と同様、壁によりかかり長い足を投げ出して、コンビニブランドの110円缶コーヒーを飲むレイ。
その横で、真似するように壁に寄りかかり、野菜生活をストローで飲むアルカ。
沈黙。
不思議な連帯感と気まずさの四人。
「えーと」
まず年長者の自分が地雷を踏むかと覚悟したのが鏑木。
「あのミカエラって奴は、三年前まではガブリエラと名乗って、グラスゴーを中心に活動していた霊媒師だ」
「ガブリエラだって!」
レイが声を出す。
「お、おう、何か知ってるのか」
「それは、瑠璃川ーーぇりかーーの血縁上の父、で」
瑠璃川、と発した途端、二人の女から「キッ」と睨まれ、つい小声になってしまう。
「まあ、それじゃその線は、後で情報を共有しよう。いいね神木くん」
「はい」
「で、そちらのお嬢さん。あいつの事をなにか?」
アルカは紙パックの残りをチューっと吸い上げながら「知らない」と答えた。
「やつ個人については、知らない。ただ、奴は天使だ。天使そのものか、あの奇妙な心臓で天使になったのかは、わからない」
「捕まえて締め上げたかったね」
鏑木が言うと、アルカは横に首を振る。
「無理だ、カブラギーー天使は手強い。あなた、戦ってわかった?」
レイを見る。
「ああ、とんでもない。だけどアルカだって妖精王女なら、格としてはーー」
「全然違うーー最下級の天使が十人もいれば、数時間で東京の人間を全部殺せる」
「なんだって」
レイと鏑木が同時に叫ぶ。亜瑠花は、さっきの心臓のうねうねを思い出したのか、下をむいて気持ち悪そうにしている。
「いや、だって天使とか、ゲームなんかだとせいぜい初期の雑魚だったり、なあ」
鏑木は意外とオタクなようだ。
「ギリシャ神話、知ってる?ローマ神話でも同じだからいいけど」
「うん?あの、ゼウスとかポセイドンとかーー」
「そう。オリンポスの神々。雷神ゼウス。太陽神アポロン。戦女神アテナーー凄い連中」
「それが?」
「それで、ギリシャ正教がキリスト教にとって代わられた後、どうなったと思う?」
「どうなったって?」
「あなたたちの聖書や魔道書にも書いてあるよーーオリンポスの霊。オリンポスに住む古き霊たちは、天使ほどの力は持たないが、人間にとっては充分役にたつ存在だーーて。ギリシャの最高神すら、最下級の天使以下なんだ」
アルカは、さっきのレイの真似をして、屑籠に空のパックをポイッと放った。大きく外れて、無言でいそいそと拾いにいき、手で捨てる。
「まあ、神性を失って零落したものと、全盛期を比較するのもどうかと思うけど、とりあえず荒事は避けたい、と言う事だ」
「でも、ならば、どうしたら」
「内部告発とか、悪事の証拠を集めてリークするとか、大人の戦い方はいくらでもあるさ」
鏑木は、空を見上げる。
「そうさ。やっと尻尾を掴んだんだ。戦い方は、いくらでもある」
その声は、どこか寂しげだった。
「おじさん」
ずっと黙っていた柚木亜瑠花が、静かに問う。
「奥さんも、そうやって戦ってたの?」
え、と鏑木を見るレイとアルカ。
鏑木はスマホの妻の写真を眺めていた。
「気付いてたの?柚木ちゃん」
「さっき?あの、ミカエラが飛びかかってきた時、見えたの。ずっとおじさんを、守ってた」
亜瑠花は、ぽそっと呟いた。
「妻の明美はねーー」
鏑木は天を仰ぐ。
表情は見えない。
「ルポライターでね、三年前、グラスゴーでガブリエラを追っていた時、交通事故でね。以来、エンゼラ生保に転職して、ずっと奴を追っていたんだよ、私は」
「‥‥」
「柚木ちゃん」
「はい」
「あいつ、今はもういない?」
「すみません。今はもう見えませんーーたぶん」
「行っちゃったかーーまあ、その方がいいんだ。残った事は残った者がやればいいのさ」
愛妻家 鏑木進一郎は、残ったコーヒーを一気に飲み干した。
The Mirage City and the Broken Maiden 完
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