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魔道譚 ヤツザキの魔女と炎の騎士 ーTales of the Mystic Path ― The Witch of Yatsuzaki and the Knight of Flame―  作者: 夏乃緒玻璃


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蜃気楼の街と壊された乙女⑤

【Allegorical fantasy】


The Mirage City and the Broken Maiden

「あんた、亜瑠花に何をした!」


 レイが叫ぶ。


 ミカエラは慈愛の眼差しで亜瑠花の肩を、ぽん、ぽんと叩く。


「それは、こちらの言う事だ。君は、このお嬢さんに何をしたのか自覚が無いのかな」


「それに、乱入してセミナーをぶち壊したのも君、放火したのも、警備員を昏倒させたのも、全て君たち」


 返す言葉が一つもない。


 誰がどうみても、一方的に悪いのは、レイ達だ。


 しかしアルカは怯まない。


「ふん、真昼間からこんな魔窟で、堂々とミサを行うお前たちが何を言っている」


「ミサだって?」



「ああ、こいつらは唯の霊感商法の詐欺師ではない、高度な魔的結界を張っているーーそら、あなたが三人倒してから何分かたつが、追加の警備員も警官も来ないだろう? やっぱりこいつらは、コウモリ男やクモ男の管轄するべき相手だ」


「私が聞きたいのはーー」


 ミカエラが顔を上げ、初めて威圧的なーーいや、威厳ある声を出した。


「これ以上我々の企業の邪魔をする気があるかどうかだ。そちらに魔女とベリアルがいる以上、本気でやり合えば我々もそれなりの損失を被るのは必至」


 アルカはミカエラを睨んだままだ。


 しかし、レイには分かっていたーーあれは、余裕が無い時のアルカだ。

 焦ったり、怯えたりしているのを隠して笑っている時の表情だ。


 そしてもう一人の亜瑠花。


 先ほどから目を見開き、震えている。


「レイくん」と叫んだ直後、続けて何かを言おうとした時、ミカエラが肩に手を乗せた。


 その直後に硬直し、一言も発していない。

 明らかにミカエラが何かの圧をかけている。


「企業ーー」


「そうだ。簡単に、君たちに分かる言葉を使ってあげよう。端的にいえばーーエンゼラグループはこのイリュージョンシティ全てを、地上げする。なあ、別におかしくも、倫理に反しもしないだろう?」


 ミカエラは楽しそうに続ける。


「ただね、まあこれだけの土地、これだけの上物うわものだと、少しばかり採算が合わないのさ。なにせ愚かな当時の日本人が、贅をつくして作ったものだから、小さなーー例えばエレベーターの部品だの空調のパーツだの、そういうもの一つ一つが特注品でね」


 ミカエラが亜瑠花の肩の手に力を込める。


「あっ、い、いたい」


 苦悶の表情の亜瑠花。


「亜瑠花!」


 レイがたまらず、飛び掛かろうとするのを見て、わざとらしく手を緩めるミカエラ。


「おっと、失礼ーーまあ、そんなわけで、エンゼラグループとしては、上物うわものーー半端に老朽化した建物部分はいらないのだ。何か壊滅的な事故で吹っ飛んだり、あるいはまた、多数の死亡事故でも偶然おきて、取り壊すなり地価が下がるなりすれば、ありがたいがね」


「まあ、どちらにせよ、まだ法改正なり財界への根回しなり時間はかかるから、気長なプロジェクトなのだよ、こちらは」


 いまや滝のような汗を流して、しかしなおミカエラを睨みつけるアルカ。


「レイ、あまり間に受けるな。その何たらいう企業はともかく、()()()()はこの場所が欲しいだけだーー瘴気に満ち、人間達の夢、希望、絶望を吸い込んだこの地は、さしずめこの国の巨大ストーンサークルだ。どんな大魔法でも、この地なら成せるだろう」


「彷徨える妖精の騎士と同衾しているうちに、正義感にでも目覚めたのかい? 魔女ーーああ、そうか、亡霊の騎士は昔から市場フェアーが大好きだったね、だから守りたいのかい?」


「Scarborough Fairrrーー」


 酷く音程を外し、ミカエラが歌う。亡霊が市場へ向かう旅人に頼み事をする、その歌そのものを侮蔑するかのように。


 レイはミカエラの真意が測りきれなかった。

 だがーー。


 アルカの消耗が尋常ではない。

 亜瑠花も、苦しみに悶絶し涙目になっている。


 とにかく、ここを脱しなければ。

 レイの合理的判断は、ミカエラとの取引を選ぶ。



「わかった。そんな物は勝手にしろーーとりあえず邪魔はしない。だから、亜瑠花をこっちへ」


 ミカエラはまた、静かに笑う。


「離すのはいいが、この子は君のところへ走っていくかなあ。この子は、君とその魔女の事は全て知っているんだよ。君がどれだけ屑か、よく知っているんだよ」


「!」

「ふん」


 レイとアルカそれぞれに、電撃が走る。

 だが、それでもーー


「あんたには関係ない。離せーー」


「いーや、関係あるね」


 ミカエラの目が見開かれる。右手を高く掲げている。


 いつのまにか、ミカエラの手に、赤い何かが蠢いている。その形はーー心臓。


「ーー!」


 亜瑠花の目が恐怖に見開かれる。大きくかぶりを振る。震えーー絶望。


ハッケイ(hackway in)


 アルカの魔法。しかし、見えないバリアのようなものに弾かれる。


 タイミングを合わせて飛び掛かかるレイ。

 火花を帯びた突き、そして回し蹴りのコンビネーション。

 しかし当たらない。


 しかも亜瑠花を盾にされて、次が放てない。


「エンゼラが培養した天使の心臓。欲したのは君だろう?さあ、呑みなさい」


 それは、心臓というにはあまりにも醜悪な、蠢く塊だった。

 血管のような管が、いくつも、まるで触手のように蠢き、脈打つ度に粘つく液体がぼたぼたと垂れた。


 亜瑠花の目から絶望の涙が溢れる。


 口をこじ開けられたアルカが、今まさに「天使の心臓」を飲まされる寸前ーーミカエラの後頭部から、ガコッという鈍い音が響いた。


 警備員が持っていた特殊警棒ーーそれを拾ったサラリーマン鏑木進一郎の一撃だった。


 その隙を逃さないーーレイの炎を帯びた回し蹴りがミカエラの脇に食い込み、更にフックが顔面をとらえてる。


「ノー!」


 ミカエラが思わず亜瑠花から手を離した隙に、鏑木は亜瑠花を抱えて奪いとる。


 だがミカエラも素早い。


 レイの攻撃をくぐり抜け、肉食獣のような素早さで鏑木にタックルを仕掛ける。


 土壇場にだけは強い男、鏑木は間一髪、反射的にポケットにあった金属片をミカエラの顔面に突き出した。

 朝方、亜瑠花から渡されたタリスマンだった。


 眉間へのカウンターのような形になり、ミカエラは一瞬よろける。

 レイがその側頭部にハイキックを入れる。常人なら頭蓋骨が割れる程の力を込めた、本気の蹴り。

 更にーー


ヤツザキ(Yuck The)コウ(QueenCore )リン(Line)


 杖代わりのペンが、掲げた手から振り下ろされる。

 アルカの切断魔法が、ミカエラの左手を吹き飛ばした。

 ミカエラはその手を拾って、背を向けて走り去る。


 レイは一瞬、追うかどうか迷ったがアルカが止める。



「行ったら死ぬ。追わないでーーあいつは天使だ。私でもあなたでも敵わない。この人間が乱入したおかげで助かった」


 アルカが指差す先には、柚木亜瑠花を抱き抱えながら床に転がるサラリーマンの姿があった。



「あ、あの、おじさん、ありがとうございます」 


「いや」



「あ、ちょっと、もう大丈夫ですので、離してください。あ、すみません、すごく動揺してーー変な事聞いちゃいますけど、おじさんあれですか、負けヒロインとくっつけられる為に終わりの頃に出てくる新キャラですか? 私ああいうの反対なんですよーー余計ミジメじゃないですかーーなんなんですか因幡くんとかー」


「おーい君たち、ちょっとこの子、何言ってるのかわからない。来てくれ」


 とん。


 抱えていた亜瑠花を床に下ろす。



 ようやくパニックから落ち着いた亜瑠花は、あらためて鏑木に深々と頭を下げて「ありがとうございます」と礼を行った。


 そして駆け寄るレイに向き直り「ごめんなさい、今、来ないで」と制した。


 数歩後方から、アルカが冷ややかな目で、ゆっくりと歩いてくる。


(あれ。もしかして双子? あっちゃー、これ修羅場だなあ。逃げそびれた。まあいい、それよりーー)


 鏑木はへたり込んだまま、上を向いて息を整え、呟いた。


「明美、ビンゴだったぞ。あいつ(ミカエラ)はガブリエラだ」


名曲Scarborough Fairは、市場へ向かう旅人の前に現れた亡霊の騎士が、昔の恋人に伝えてくれ、と「針を使わずに服を縫え」などの不気味な無理難題を伝え、旅人は返事をすると取り憑かれるので「パセリ、セージーーローズマリー」と、魔除けの言葉を繰り返すだけーーみたいな曲なのです♪


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