蜃気楼の街と壊された乙女④
【Allegorical fantasy】
The Mirage City and the Broken Maiden
イリュージョンタワー 26F 小ホール
AM11.00
会場には約八十人の観客ーーセミナー受講者。
「まずいな。数が多すぎる」
目立ちすぎる美貌を、サングラスで隠し、若き実業家に扮したつもりのレイ。
その横に、やはり百均のサングラスでなぜか変装したつもりのアルカ。
「大丈夫だ。一人やるのも、八十人やるのも同じだ。安心して」
「一人もやらないよ!安心どころか乱心だよ!」
「レイの癖にうまいことをいう。この前、知恵熱が出てからレベルが上がった?」
「のび太みたいに言うな。だいたい知恵熱って、あの金魚事件で心臓の力を使った反動で寝込んだだけだ」
「怒らないで。ずっと添い寝してやったろ?」
「添い寝も何も、いつもと同じベッドで寝てただけだろう」
「だから、いつも添い寝してやってるという事だろう。やる事はやるくせにーーいやらしい男」
「はいはいーーほら、始まってしまう。準備は?」
アルカはシルバーグレーのハーブをとりだす。
「じゃーん!スイートマジョラムーこれはね、眠りの呪文につかうんだよ」
「因みに和名は、マヨラナな。ドラえもんネタを引っ張るな」
アルカは最近、アパートにレイがいない間、色々と退屈凌ぎにおかしな動画を見ているようだ。
「じゃあ、開始10分後。会社説明で、みんな少し眠くなってるタイミングで」
ラララララララーーシャーン!!
エンゼラグループ!!
派手なテーマ音楽とともに、マスコットが踊り出すアニメーションがステージ後方のスクリーンに映され、来場感謝の挨拶と、主催のエンゼラグループの企業PRが始まる。
予定では、10分後には観客全員、アルカの魔法で眠ってもらう。
「このように、当エンゼラグループは、ベネルクス三国の王立企業群を母体としており、いまや世界各国で親しまれ、赤ちゃんから老人までがなんらかの形で当グループと関わっており、もちろん、ここ日本においてもーー」
「はっ!」
いけない。
あまりの退屈さに、素で居眠りしかけていたレイが、アルカを肘でつつく。
危なかった、サングラスをしていてよかった。
「むに?」
アルカもまた、ヨダレを垂らさんばかりに口を半開きにして頭をぐらぐらさせている。
「こら。寝るな」
「おう、合図が来ないから、中止かと思ったーー今でいいのか?」
「頼む」
観客席の全員が爆睡すれば、このインチキ霊感商法セミナーもお開きだろう。
「よし」
先ほどのスイートマジョラムを取り出すアルカ。
ほんのりと甘いなかに微かな、レモンのような酸味が、温かい香りが会場に満ちる。
"Sweet marjoram, sweet marjoram,
All pain, all stain, all suffering,
Now yield to comforting hands divine,
Forget it all and fall to sleep,
Like infant pure, forget and sleep."
スイートマジョラム スイートマジョラム
痛みも汚れも苦しみも いま慰めの手にゆだね
全てわすれて 皆眠れ
幼な子のように 忘れて眠れ
会場の空気が、変わった。
人々の瞼が、重くなっていく――。
しかしーー
突然鳴り響く非常ベル。
けたたましい音に、全員が飛び起きる。
「なっ」
「気をつけろレイ『くん』、呪文が破られた」
アルカの額に微かに汗が滲む。
レイはそれをハンカチで拭いてやりながら、「偶然じゃないんだな」と確認した。
「皆様、いまのは、非常ベルの誤作動とのことです。どうかご安心の上、引き続きセミナーをお楽しみ下さい」
「ふん、お楽しみはこれからだ。もう仕方ない。暴れるよーー止めはしないな?」
「物損だけにしておいてくれ」
立ち上がる二人。レイが叫ぶ。
「皆さん、今のは、誤作動ではありません。これから火事が発生します、避難して下さい」
アルカが、胸ポケットから杖代わりの伸縮ペンを取り出す。
「マグマカエカエンリュウ」ーー魔力聖地たるブルゴーニュ王の祝炎!」
ステージのスクリーンが発火する。
再びけたたましいベルの音。
「皆さん、出口。非常階段はそこです。誘導するからこちらへ!」
レイが誘導しながら叫ぶ。
「アルカ!スプリンクラーが作動するぞ。気をつけろ」
「へ?」
きょとんとするアルカに大量の水がぶちまけられた。
呆然とするアルカの手を引き、レイが渡り廊下まで走る。火はスプリンクラーで消え、あとは逃げれば依頼完了、なのだがーー。
「警備員さん、放火犯が逃げます!」
背後から男の声。
前方からは三人、制服の警備員が走ってくる。
「ごめんなさいっ」
正面の警備員に飛びつく。
首と片腕を両足で挟み、自身の太ももと肩で頚動脈を挟み、締め落とす。
「なっ」
唖然とする、横の警備員。
その片腕を捉え、両手で首を絞めて、また落とす。
「わっわっ、来るなっ」
後退る三人目に飛び付き、左右の指で頚動脈を強く押す。
特殊警棒がだらりとした手から落ち、転がってゆく。
全員が、落ちるまで十数秒。
「さあ、アルカ」
振り向いた時、目が合った。
アルカが、仁王立ちして、男を睨んでいる。
190cmはあるだろう金髪の巨漢。写真にあったMr.ミカエラ。
その横に、銀色のアシスタント用セパレーツに、着替えた少女が立っている。少女の肩にはミカエラの手が添えられていた。
柚木亜瑠花と、目が合った。
「レイくん‥‥」
ラララララララーーシャーン!!
エンゼラグループ!!
企業PRのBGMって、なんかこういう間の抜けた響きが多いような気がします。




