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魔道譚 ヤツザキの魔女と炎の騎士 ーTales of the Mystic Path ― The Witch of Yatsuzaki and the Knight of Flame―  作者: 夏乃緒玻璃


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逢魔が時に楡の木は揺れる②黄昏の結界

【Horror stories】

Episode

ーWhen the Elm Tree Sways at Twilight Hour―

 午後五時。


 レイは廃校の門の前に立った。

 冬の日は短い。

 もう一時間もすれば、日が沈む。


 本当は、昼間に来たかった。

 しかし、この廃校には放課後になると近所の子供たちが忍び込んで遊んでいる。

 巻き込むわけにはいかなかった。


 だから、夕方を選んだ。

 夕日が、廃校の校舎を赤く染めている。


「最悪のタイミングだな」


 レイは自嘲気味に呟いた。

 逢魔が時は、怪異が最も力を増す時間帯だという。

 それを知っていて、この時間を選んだ。


 それでも。

 誰も巻き込まないためなら、仕方ない。


 レイは、門をくぐった。

 静まり返っていた。

 子供たちの笑い声も、遠くの車の音も、ここには届かない。


 夕日が長い影を作り、校舎の窓ガラスが赤く染まっている。


 レイはバッグから護符を取り出した。

 七枚。

 一枚一枚、丁寧に確認する。


 黄ばんだ和紙に、墨で書かれた文字。読めない古い字体だが、確かに力を感じる。


 七つの点。そして中央に、バツ印。

 図の通りに、護符を配置していく。


「まず、校門だ」


 レイは最初の護符を、校門の柱に貼り付けた。

 一瞬、護符が淡く光ったように見えた。


 次は、校舎の四隅。


 東側の角へ駆けた。壁に蔦が這い、窓ガラスは割れている。二枚目の護符を貼る瞬間、指先に微かな熱。淡い光が走った。


 南側。三枚目。

 西側。四枚目。

 北側。五枚目。


 一枚ごとに、背筋を這い上がる視線。空気が重くなる。

 額に、汗が滲んだ。


 日が、傾いていく。

 急がなければ。


 逢魔が時が、深まっていく。

 空が、赤から紫へと変わり始めている。


 ――おいおい、とうとう――

 ――あいつ、観念したのか――

 ――自分を結界に閉じ込めて、狂ったか――


「声」たちが、ざわめいている。

 気づかれている。


 いそがねば。


 体育館。

 錆びた扉を開けると、中は暗く、黴臭い匂いがした。

 床には落ち葉が積もり、天井から光が漏れている。


 六枚目の護符を、体育館の入口に貼る。


 残り一枚。


 急ぎ中庭へ向かう。

 中庭には、一本の楡の木が立っていた。

 見上げるほど大きく、古い木だ。


 枝は四方に伸び、夕暮れの風に揺れている。葉擦れの音が、まるで囁きのように聞こえる。


 楡の木の幹に、最後の護符を貼った。


 その瞬間。


 空気が、変わった。

 校門、校舎の四隅、体育館、そして中庭の楡の木。


 七つの護符が、目に見えない糸で繋がったように、空間が歪んだ。


 内側にいる邪気を実体化する破邪結界が、完成した。

 その中心にいる生贄こそが、自分だ。


 レイは深く息を吸った。


「来い」


 レイは低く呟いた。

 胸の、心臓のアザが熱い。

 炎のように、燃えている。


 ――やつが呼んでる――

 ――結界が完成した――

 ――ついに――

 ――ついに食える――


「声」たちが、歓喜している。影が、蠢き始めた。


 校門の外から。

 校舎の窓から。

 体育館の屋根の上から。

 黒い影たちが、這い寄ってくる。


 一体、二体、三体……

 数え切れない。


 レイは短剣を抜いた。


「この結界の中なら、誰も巻き込まない。影どもも逃がさない」


 レイは構えた。


「来い。全員まとめて相手してやる」


 影たちが、笑っている。

 そして、レイに向かって、殺到した。


「臨!」


 空を斬る。火花が散り、影が怯む――一瞬だけ。


「兵!」


 短剣を振るう。影が霧散する。

 しかしすぐに別の影が這い寄ってくる。きりがない。


 背後から、別の気配。

 振り向くと、這いずる影。


 人のような、それでいて人ではない形をした何か。

 短剣を振るう。

 刃が、影を斬る。


 影が悲鳴を上げ、黒い霧となって消えていく。

 でも、すぐに別の影が這い寄ってくる。


 息が上がる。

 腕が重い。


 短剣を握る手が、震えている。

 思い違いをしていた。せいぜい敵は数匹だと思っていた。

 実際は何匹いる?


 わからない。

 こんなに沢山の怪異に囲まれて生きてきたとは。


「くそ……」


 レイの足が、もつれた。

 怪異たちが、じりじりと距離を詰めてくる。

 包囲されている。


 ――心臓が燃えている――

 ――あの力ある心臓を――

 ――食わせろ――


 レイの計画は、完全に失敗した。


 怪異たちは、レイが思っていたよりも遥かに強かった。

 護符も、短剣も、九字も、全てが、力不足だった。


 自嘲の笑みが浮かぶ。

 その時、胸の心臓のアザが、激しく熱くなった。

 まるで、燃えているように。


 ――まだだ――

 ――まだあらがえ――

 ――器よ、死は許さぬ、生きろ――


 違う「声」だった。

 今までの、怪異たちの声ではない。

 もっと深い、自分自身の奥底から響く声。


 心臓が、レイに囁いている。

 レイは歯を食いしばった。


「うるさい。臓器が俺に命令するなっ」


 畜生。

 こんなところで、心臓の入れ物のまま、終われない。


 レイは走った。

 足が、もつれる。

 でも、止まれない。


 校門へ。


 札は、いつの間にか剥がれていた。

 結界が、崩壊している。


「くそっ――!」


 レイは校門を抜けた。

 背後から、無数の気配。

 怪異たちが、追ってくる。


 歩道橋へ。


 階段を駆け上がる。

 心臓が、激しく脈打つ。


 その時。

 階段を降りてくる、誰かの気配。 


「危ない!」


 避けようとしたが、間に合わなかった。

 衝撃。

 黒いローブをまとった誰かと、ぶつかった。

 相手が、バランスを崩す。


「あっ――」


 女性の声。

 レイは咄嗟に手を伸ばす――しかし、届かない。


 女性は階段を転がり落ち、階段下の茂みへ消えた。


「ああっ!」


 レイは叫んだ。

 誰も巻き込みたくなかったのに、最悪の形で通行人を巻き添えにした。


 更に、背後から怪異が迫る。


「大丈夫ですか!?」


 レイは茂みを掻き分けた。


「痛いな」 


 声がした。

 茂みの中から、女性が立ち上がった。


 黒いローブをまとった少女。

 頭や腰を、淡々とパタパタと叩いている。


 茂みの草の匂いに混じって、微かなハーブのような匂いがした。


 手には、曲がりくねった木の杖。

 ヘイゼル色の瞳が、レイを見つめている。

 見覚えのある顔。


「アルカ……?」


 レイは、呆然と呟いた。


 魔女の衣装。帽子は、飛んでいってしまったようだ。

 だが、雰囲気が、違う。


 手紙の文面から想像していた、明るくて天然な少女の面影がない。


 目の前の少女は、静かに、冷たく、レイを見ていた。


「アルカ、大丈夫か?怪我は?」

「大丈夫」


 短く答える。


 そして、レイの体を見た。


「あなたこそ。血だらけだけど」


 レイは自分の腕を見た。

 いつの間にか、怪異との戦いで傷だらけになっていた。


「これは……」


 しかし、背後から、怪異たちの気配が迫る。


「アルカ、逃げろ。ここは危険だ」


 少女は動かなかった。


「とにかく、俺から離れろ。巻き込みたくない」


 しかし、少女はレイの腕をとり、その傷を見つめ、無表情で自分のハンカチを巻きつけて血止めをした。

 そして、冷たい目でレイを見た。


「巻き込みたくない?そんな事言っていると、死んでしまうよ、あなた」


「ああ、すまない。ありがとう。でも」


 レイは胸に手を当てた。


「俺なんかにもう触らない方がいい。血で汚れる」


 レイは自嘲気味に笑った。


「俺はもう、誰も汚したくないんだ。いつだって俺は空っぽだから」


 アルカは無言で、じっとレイを見ていた。


「せめて決戦の今日は、遠くから、少しだけ。本当に綺麗なものを見たかった。夕日も見た。成長したアルカも見た。それで、満足した」


 レイは短剣を握り直した。


「だから、もういい。さあ、逃げて。俺はここで奴らと決着をつける」


 少女は、じっとレイを見ていた。

 そして、口を開いた。


「遠くから見るのが好きなんだ? でも私は遠くから見られるのって気持ち悪いから、やめてほしい。近いのはもっと嫌だけど」


「何を言っている。早く走って逃げてくれ、頼む」


「綺麗なものというのが私の事ならば、それはありがとう。あなたも血だらけだけど綺麗な顔をしてる。綺麗な人に綺麗と言われるのは嬉しい。だから見ていたいなら、近くで見ていて構わない」


 少女は一歩、レイに近づいた。


「それから、もう一つ。汚れているのは自分だけだと思うのは傲慢な思い上がりだから、あらためなさい」


 レイは、呆然と少女を見た。

 この少女は、本当にアルカなのだろうか。


「本当に君はアルカ……なのか?」


「私はアルカ。柚木亜瑠花ゆずき あるか。あなたを守るために、帰ってきた」


 その瞬間。


 背後から、怪異が飛びかかってきた。

 細長い腕。裂けた口。ぬめった肌。


「危ない!」


 レイは叫んだ。

 でも、アルカは動じなかった。


 ただ、右手を上げる。

 杖を、怪異に並行に向け、突き出す。


ハッケイ(hackway in)


 短く、冷たく、呟いた。

 次の瞬間。

 影が爆発した。


 まるで内部から破裂するかのように、怪異は悲鳴を上げる暇もなく、塵になった。


 レイは、呆然と立ち尽くした。


「な……発勁はっけい?」

「は? Hack Way In。内側から破壊せよ、と命じた」


「まだいる」


 アルカは、冷静に周囲を見回した。

 校舎の影から、体育館の屋根から、怪異たちが這い出てくる。


 レイが、必死に戦って、やっと一体ずつ倒していた怪異たち。


 アルカは杖を高く掲げた。

 そして、無表情のまま、縦に振り下ろした。


ヤツザキ(Yuck The)コウ(QueenCore )リン(Line)


 冷たく、呟く。


 次の瞬間、光の刃が空間を切り裂いた。

 光の輪が、怪異たちを次々と斬り裂いていく。


 怪異は断末魔の声も上げず、切断され、霧散していく。


「……今、なんて?」


 レイは呆然と尋ねた。


「Yuck The Queen Core Line」


 アルカは淡々と答えた。


「唾棄すべき女王の切断線――という意味」

「いや、どう聞いても……」


 さらに別の影が現れる。


 アルカは相変わらず無表情のまま、杖を水平にぶんぶんと振り回してから、陰に向ける。


マグマ(Magi)カエ(Makka)カエン(aine Rey )リュウ(Woo)


 炎が、奔流となって放たれた。

 影が燃え尽きる。


「魔術は言霊。正確な発音が重要」


「いや、でも……」


 レイは言葉に詰まった。

 真面目に魔術を語るアルカの顔は、まったく無表情だった。


 一瞬だった。

 レイが何時間もかけて戦い続けた怪異たちが、一瞬で、消え去った。


 静寂。

 逢魔が時の、赤い血のような空。

 揺れる楡の木。


 そして、杖を持って立つ、黒いローブの少女。

 レイは呆然と、アルカを見ていた。


 魔女。

 本物の、魔女。


「アルカ……お前、こんなに……」

「ねえ、レイくん」


 初めて、「レイくん」と呼んだ。


「あなたは、どのくらい前から、夕暮れの中に閉じ込められているの?」


 レイは、その言葉の意味を理解できなかった。

 夕暮れの中に、閉じ込められている?


 レイは空を見上げた。


 夕日の位置が、全く変わっていない。

 戦いが始まってから、どのくらい経ったのだろう。


 三十分?一時間?

 なのに、夕日は、同じ位置にある。


「まさか……」


 結界を張ったつもりが、閉じ込められたのはレイの方だった――永遠の夕暮れに。


逢魔が時(おうまがとき)って言ってね」


 アルカは、詠うように呟いた。


「夜の闇よりもずっと、魔物の力が高まる時間。そして、時間が歪む境界さかい

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― 新着の感想 ―
マン兄さんッ(2回目)! こっちでも連載してくれて助かります。垢なしサイレント読者だとポチッと押すに押せませんからね。また読んでいきます。
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