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魔道譚 ヤツザキの魔女と炎の騎士 ーTales of the Mystic Path ― The Witch of Yatsuzaki and the Knight of Flame―  作者: 夏乃緒玻璃


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蜃気楼の街と壊された乙女②

【Allegorical fantasy】


The Mirage City and the Broken Maiden

 鏑木進一郎は、大きく溜息をつく。


 地下鉄出口から、また更に地上の歩道橋を上り広いデッキに。

 この動線の悪さも、この街が寂れた原因の一つだろう。


 広いデッキは、日曜日だと言うのに人がまばらだ。

 みな、近隣の大型スーパーのある街に行ってしまう。


 前方にはイリュージョンシティという名の、団地と商業施設が一体化、いや混在した奇妙でちぐはぐなビル群が見える。

 目的地のイリュージョンタワーは、その東端の塔だ。


「新港都市」は都市ではない。


 駅から少し離れれば、閑散とした住宅地や、小さな山、細い川などがあるだけの僻地だ。


 ではなぜ新港都市なのか。

 それはイリュージョンシティができたからだ。


 霧の多いこの土地で、駅前から霞むように見える、高層のいくつかのビルは、摩天楼の楼閣のように幻想的だ。

 まるで、幻の世界の人々が住む幻影の都が、あたかもそこにあるかのように思わせる。


 しかし現実は、開発に失敗した大型ショッピングモールの空きテナントだらけの残骸と、ビルを改造したマンションが数棟あるだけだ。


 その手前も、その先も、寂れた僻地があるだけだ。

 なまじイリュージョンシティが近未来的で美しいから、なおさら周囲から浮いて見えるーー浮世離れして見える。


 バブルが弾け、経済大国と呼ばれた栄華も今はなく、落日を迎えた国。


 外資に勤める鏑木には痛いほどわかる。


 日本の会社員は知らない。

 外国の経営者達が、どれほど日本を狙い、奪い、切り崩す事に熱心だったか。


 彼らは日本人の義理人情を嘲笑い、これほど人材や技術が流出しているのに、目先の享楽にうつつを抜かす日本人経営者や創業者を、愚か者の豚と軽蔑した。


 我々は日本に経済戦争を仕掛けたのに、日本人は手土産を持って出迎えた、と大笑いした。


 鏑木の上司はダラスの出身で、口癖は「日本人はステラーカイギュウだ」だった。


 ステラーカイギュウは絶滅した大型哺乳類で、仲間が傷つくと攻撃手段もないくせに皆で集まってきて助けようとするので、船乗り達に殺しつくされ、種が発見されてから僅か27年後、絶滅した。


 そんな日本が、世界でもっとも輝いていた時代。


 真面目でありさえすれば、だれもが飢えなかった時代に、まるでバベルの塔のように、贅沢にコストをふんだんにかけて作られた高級ショッピングモールの、幽霊。

 幻影都市は今日も儚く見える。


 さて、まだ時間はある。


 何か食べてから、そんな風に思って、ファストフードの店を探しながら歩いていたら、天使が衝突してきた。


「あいたあっ!あっ、あっごめんなさいっ!」


 見れば、女の子が転倒して、手足をばたばたさせている。


 腰の形が浮きすぎているパンツルックに、ピンクのカーディガン。

 紐を小さく結びすぎて見た目のバランスが悪いスニーカー。長い髪を、とりあえずまとめて帽子に突っ込みましたといった頭。


 明らかにダサい。


 まるで、普段はドレスルックの女の子が、むりやり行動的に見せたくて慣れないパンツルックにしているかのようだ、と鏑木は思った。


 だがーー顔立ちはかなり可愛らしい。

 くりっとしたヘイゼルの瞳が印象的な少女だ。



 少女は立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。


「ごめんなさい、私、デッキとか歩道橋とか、だめなんです。すぐ人にぶつかってしまって」


 ならば下を歩けばいいのに。

 変わった子だ。鏑木は思った。


 しかし可愛い。

 愛妻家でなかったら、少しときめいてしまいそうだ。


 まあ、妻の方が少しーーかなり美人ではあるが、この若さが少女の魅力を何倍にもしているのは、間違いない。


(おっと、つい見てしまった。変なおじさんと思われないうちに退散しよう)


「怪我はないみたいだね、じゃ、私はいくけど、気をつけてね」


 最後に「お嬢さん」と付けそうになって、流石に変だろうと思いとどまった。


「あ、待ってください。少しだけ」


 振り返る鏑木進一郎。


「おじさんーー憑いてますね、色々」


「はい?」


 やばい娘だったか。早く逃げないと。


「金縛りとか、予知夢とか多くないですか。いろんな影が集まってますよ。そんな悪いものばかりじゃなく、守護霊みたいなのもいるみたいだけど」


「いや、金縛りとかーーまあ、あるし、なんなら勘も強いけど」


 いつもノルマギリギリでも、踏み止まっているのは、実はこの勘によるところも大きかった。


 本当のピンチの時にしか働かない勘なのだが、どこに行けば契約が取れるとか、ふっと頭に浮かんでくる時がある。

 霊感は子供の頃から強かった。

 しかしーー


「ぶつかったお詫びに、これあげます。私、こういうの作る、カルチャースクールみたいな所に通って、資格も取ってーー」


 笑顔が翳る。

 魔女の学校、と言えなかったのは、少女 柚木亜瑠花の自我と自信が消失していたからだった。


「お金とかいりませんから。では、失礼します!」


 鏑木の手に何かを押し付け、走り去る。


「あ、おーい」


 転ぶなよ、と叫ぼうとした矢先、また亜瑠花は一度派手に転び、すぐに立ち上がり肩をおとして、とぼとぼと歩き去っていった。


「なんだか変わった子だったな」


 自分の手に残されたのは、お守り(タリスマン)だろうか。


 鎖はないが、通す穴がついた小さな五芒星の中央にガラス玉のような安宝石がはめられている。


 手作りと言っていた。


 確かに、金属部分の枠は少し曲がっているし、石も中央から数ミリずれている。


 少し不器用な手作り。


 セミナーで学んだと言っていた。


 千羽鶴みたいなものだろうか。

 きっと、たくさんの人に少しずつ幸運を分けてあげたくて、一つ一つ作ったのだろう。


 握ると、少し暖かく感じる。

 微かに、やさしいカモミールの香りがした。


「変わってるけど、いい子だな。あんなに急いでデートだろうか。ああいう子の彼氏って、どんな男なんだろうな」


 鏑木は、もう見えない亜瑠花の後ろ姿が消えていった方角を、少し眩しげに見つめていた。




 ◇◇


「こいつは凄い。都内にこんな魔窟があるなんて。瘴気まで感じるぞ」


 どこか楽しそうにアルカが伸縮ペンを伸ばしたり引っ込めたり、片足立ちして中空でクルクル回したりしついる。


 昨夜、新体操の動画を見せてから、密かにハマっているらしい。

 ペンはリボンのつもりのようだ。


「開発失敗した未来都市か。この前のアンデルセンーー絵のない絵本の話にもあったな。都市の幽霊ーーだったか」


 空中楼閣ーーそんな言葉が頭に浮かぶ。

 空中に楼閣を築くような、土台のない事柄。

 架空の物事。


 まさに蜃気楼だ。


 繁栄期の人々が夢見た未来の残骸は、神魔様々な霊たちの寄りつく墓碑として、相応ふさわしいのかもしれない。


「この国の皇帝エンペラーは確か司祭なのだろう?」


 デッキ上のベンチで、ブリックパックをチュウチュウと吸いながらアルカが言う。


「主城を守りたければ、早めに首都圏に霊的結界を張るように進言しておくといいよーーこれは、じきに食いつくされる」


 コンビニ袋をガサゴソと、今度はサンドイッチを探している。

 やがてお目当てのタマゴサンド(アルカ・フェバリット)を探り当て、ぱあっと目を輝かせた。


「仮にそういう事が宮内庁にできたとしても、進言する前に取り押さえられて留置場か病院行きだろうなあ」


 デッキの壁に寄りかかって、缶コーヒーを飲むレイ。


 絵面だけ見ると、コマーシャルアートのように絵になるが、自販機の140円のコーヒーを買うかどうかで散々悩み、連れのアルカに蹴られてようやく決断できた男である。


「それに、そういうのは、バットマンとかスパイダーマンに任せるべきで、俺たちバイトが、どうこうできる話じゃないさ。今日は、バイト代分働けばいい」


 飲み終えた缶を、数メートル先のボックスに投げ入れるレイ。

 心臓のアザの広がりとともに、全ての反射神経が増している。


「コウモリ男にクモ男か、聞いた事はないが、なんとか捕らえて、使い魔にできないものかな」


「‥‥日本語で呼ぶなよ」


「んーー?なんで?」


「ジャンルが違う。それより、確認するよーー」


 レイはジーンズポケットから、チラシを取り出す。


「今世紀最大の魔術師 Mr.ミカエラ氏による、霊媒実験と未来予知セミナー」


「イリュージョンタワー E棟26階」


「この、悪徳霊感商法のセミナーに行って、インチキ霊媒実験をぶちこわす」


「おう、セミナーの妨害だな。私も頑張ってカスハラしまくろう」


 アルカは、変な言葉だけはすぐ覚える。


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