黄昏の復活ーRevival at Twilightー
【Light fantasy】
ーRevival at Twilightー
柚木亜瑠花が目を覚ましたのは、三日前のことだった。
あの日――永遠の黄昏で、魔女と契約を交わした日。
レイは取引に応じた魔女を連れ、すぐに歩道橋下の茂みへ向かった。
そこに、本物の亜瑠花が倒れているはずだった。
また、吹き飛んだ母の生き霊は、本体には致命的なダメージは行かず、せいぜい2、3日寝込むかもしれない程度だろうとの事で、ひとまず安心した。
母には後でそれとなくメールしておこう。
緊急なのは、亜瑠花の救助だ。
「もう一度確認するけど、あんた自身は亜瑠花の体をコピーしたイギリスの古魔女で、あの子の身体はあそこに倒れたままなんだな?」
「いや」
無表情に人差し指を立てて否定する魔女。
「お前たちは魔女と呼ぶが、私は元来、英国に住まう妖精の王女だ」
「妖精? エルフとかいう奴か」
レイは、アルカの耳を見ようと手を伸ばした。
パシッ!
魔女が、レイの手を叩いた。
「エルフだと! あの、ナックラビーやゴブリンと並んで、もっとも醜いものどもと一緒にされるとは生誕以来の屈辱!」
そういえば、もともとの伝承だと、エルフは耳が尖っていないどころか、かなり醜悪な怪物だとされる場合があるらしいと聞いた事があった。
たいがいは地獄に堕ちるほど邪悪ではないが、天国に住めるほど善良でもない存在が、妖精なのだと。
しかし、中には悪魔よりも邪悪な者もいるとも。
「人はシー、あるいはダーナと、我らを呼んだ」
「わかった。じゃあシーダーナ――」
「種族名で呼ばないで! しかも変に合体させないように!」
面倒くさい。
「ならなんと呼べばいい――むっ?」
名を問うた瞬間、魔女から圧倒的な魔力が迸った。
没薬の香りが、強くなる。
「あの時に屈服はしたが、真名を明かすまでには至っていない」
魔女は、レイを睨んだ。
「一度手篭めにしたからと言って、私の全てを支配したつもりになるな」
「人聞きの悪い事を言うな。手篭めとか――」
レイは言いかけて、しかしそもそもこの結界に人はいないのだと気付き、ため息をつく。
「魔女アルカ。またはただのアルカでいい」
魔女は、無表情に戻った。
「私も極力、レイ『くん』もしくは、あなたと呼ぼう。人の世界ではその方が都合が良いのだろう?」
「ああ、わかった」
レイは話を戻した。
「魔女アルカ。あんたは亜瑠花に魂だけでくっついてきて、あの子が倒れた時に肉体をコピーして、俺の前に現れた。だからあの子の本体はまだあそこに倒れている。そういう事だよな」
「そういうこと」
また無表情に戻り答える魔女アルカ。
「言っておくけれど、即死していたらどうしようもない。一応覚悟はしておいて」
相変わらずの無表情ではあったが、魔女アルカの語尾にごく僅かの、言い訳めいた媚びがあるのをレイは気付いた。
どうやら、きちんと約束を守り、亜瑠花を助けるつもりはあるらしい。
その上で、無理な場合は無理だから、自分に怒りを向けるなよ、という事だろう。
「あのくらいの高さなら、即死は無い。絶対助かる」
レイの声には妥協はなかった。
「はあ。突き落とした本人が言うなら、そうね」
意地悪い薄笑いを浮かべ、魔女は手をぱたぱたさせながら歩道橋を下りていく。
◇◇
「いた!」
魔女が茂みから、亜瑠花のぐったりした体を抱き起こす。
「良かったね。生きているよ――今、魔力で治癒する」
「頼む。あ、横とか向いていた方がいいか?」
「はあ? 小娘はちゃんと服を着ているぞ。剥ぎ取ったりはしていない」
魔女は、呆れたように言った。
「むしろいま、裸体なのは私だ。目眩しで魔女の衣装に見せているがな」
「なんだって」
どうりで、さっき密着した時の感覚が――。
「言わないで欲しかった。絶対にその幻術、解くなよ?」
バツが悪そうに背を向けるレイ。
「ふふん、案外紳士なのか? 本性は野獣の癖に」
せせら笑う魔女に、レイは呆れたように首を振りながら言った。
「誰が野獣だ――。俺は、さっきここであんたが、近くで見られるのは嫌いだって言ったから」
魔女は一瞬、驚いたように目を見開いた。
すぐにクスッと笑い、亜瑠花の額に手を当てる。
「そういう些細な気遣いができる男は、嫌いではない」
魔女の手が青白く光る。
亜瑠花の額から魔力を送り込んでいるのだろう。
(なんだ、マウス トゥ マウスじゃなくても魔力移動できるなら、さっきのアレはなんだったんだ)
居心地悪そうに横を向く。
亜瑠花の身体か服からだろうか、微かにハーブの可憐な香りがした。
これはなんだっけ。カモミールという奴だったか。
そういえば亜瑠花はこの香りが好きだと言っていた。
「おい、小娘が目を覚ます。こちらに来て、私と代わって」
アルカがレイに亜瑠花の身体を預ける。
ふわりと軽い、カモミールの香りに包まれた華奢な体。
「目覚めた時、同じ顔の者が目の前にいたら、何かと都合が悪いだろう」
同じ顔?
言われて初めて気付いた。
魔女は亜瑠花の姿をしている。
おそらく擬態している。
しかし、今、腕の中で赤みを取り戻していく亜瑠花の顔と、魔女アルカの顔は、確かに作りこそ全く同じだが、全くの別人にしか見えない。
眠る亜瑠花は、可愛らしいがどこにでもいそうな普通の女の子にしか見えない。
しかし魔女アルカは同じ顔をしていながら、危険なほど蠱惑的だった。
長い睫毛を揺らし、疲れ切った様子で口に手を当て目を細める欠伸する姿さえ、どこか気品があり、まるで本物の亜瑠花とは十歳以上も大人びてみえる。
人の顔というのは、表情によってこんなにも変わって見えるのか。
――ならば、人形のように表情に乏しい自分の顔も、もし自分自身の内面が変われば、あわせて変わっていくのだろうか。
「起きるぞ。しっかり見ててやれ、騎士のレイ『くん』」
魔女は、くすりと笑った。
「私は柱の裏で、魔力補給してくる」
バスケットに一つ、サンドイッチが残っていたな、などと思っている間に、亜瑠花が目覚めた。
長い睫毛を揺らし、ゆっくりと目を開ける。
「あ、あれ。あれ。レイくん?」
ヘイゼル色の瞳が、レイを見つめる。
「私、どうしてお姫様抱っこされてるのかな。これは夢?」
「そこの歩道橋から転落したんだ」
レイは、魔女の事は伏せて説明した。
結界を張って魔物と戦っていたこと。
その最中に亜瑠花とぶつかって転落させてしまったこと。
魔物はなんとか倒したこと。
「俺のせいで――俺がまた、傷付けてしまった。ごめんな」
「あっはは、レイくん、かわらない」
亜瑠花は、うっすらと目に涙を浮かべた。
「私は何にも覚えてないんだし、誰か別の人のせいや、オバケ達のせいにもできたのに。わざわざ『俺のせい』って――カッコいいのに、ぶきっちょさんだねえ」
「……」
亜瑠花は、レイの髪に手を伸ばした。
よしよし、と撫でる。
「4つも歳下の癖に、お姉さん気取り?」
その手をとりながら、レイが微笑む。
「お守り、役にたった?」
「ああ。敵のボスに壊されたけど、あれのおかげで助かったよ」
「あははっ。レイくんやっぱり嘘が下手」
亜瑠花は、泣き笑いをした。
「でも、無事で良かったよう」
「さあ、病院に運ぶよ」
「まって。あれ、バスケットがない。レイくんに食べてもらうつもりで、グラストンベリー名物のサンドイッチ作ったんだ。ホテルで、頑張ったんだよ」
柱の裏で、ブフォッと、咳き込む音がした。
「あれ、誰かいる?」
「あ、ああ、なんかでかい猫がさっきいたな」
「ええー。猫ちゃん、見たいな」
「引っ掻きそうな凶暴な奴だったから、そっとしておこう。さあ、運ぶよ」
ガコッと、何かを、叩きつけるような音が柱の裏から響く。
お構いなしにレイは亜瑠花を抱き抱え、歩き出す。
永遠の黄昏はすでに終わり、夜の帷が降りていた。
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