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魔道譚 ヤツザキの魔女と炎の騎士 ーTales of the Mystic Path ― The Witch of Yatsuzaki and the Knight of Flame―  作者: 夏乃緒玻璃


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ステンドグラスの少女③

【Lyrical Fantasy】


―The Girl in the Stained Glass―

 「ふむふむ、そして立派に鬼畜に育った神木玲也は、いまは妖精王女をこき使い、安物の服しか与えず――」


「ヒトの思い出聞いといてぶち壊すの、やめてね」


「……」


 アルカが意味深な視線を向けている。


「嘘だね」


 ぽつりと、呟く。


「なんだって?」


「その話にはおかしなところが多い。もしあなたの話通りなら、その栗川アリス」


「……」


 そら、突っ込めのような表情のアルカを無言で見つめるレイ。


 数十秒経過。


 冷ややかな目のレイと、薄笑いのアルカが、にらめっこのように無言で向き合っている。


 だがやはり負けたのはレイだった。


「瑠璃川エリカ」


 口に手を当ててクククと笑いながら、アルカが続きを喋る。


「あなたの話通りだとすると、その娘は少なくとも中級位以上のエクソシストと癒し手(ホーリーハンド)の資質がある。不貞の母親似だとか、そんなくだらない理由で、十字軍は手放さないだろう?」


「うん、まあ十字軍じゃなくてミッションスクールだけどな――確かに言う通りだけど、だったらなんで」


「逆ならどうだろう」


「逆、ああ、そうか――あ、もうちょいチリトリ近付けて」


 小鬼との戦闘で荒れた倉庫内を片付けながらの会話。


 レイは箒を、アルカがチリトリを持っている。


「というか、あんたが箒持つべきでは。魔女なんだから」


「ふん、跨って飛んでどこかへ行ってしまうかもしれないよ? あなたは、あの魔女っ子といい、その十字軍の娘といい、自分の女が目の前にいる時はその価値を認めず、居なくなってから自己憐憫と共に気付く悪癖がある――業だな?」


 ザッザッザッ


 床を掃きながら、レイは肩を竦める。


「その中の誰一人として、俺の女、ではないけどね」


 コンコンコン


 チリトリに残ったクズを集めながら、アルカが横目で睨む。


「確かに私はレイ『くん』の女ではないが、普通は『自分の女』以外には、しない事を私にしているし、私が消えたら悲しむだろう。あなたはそういう――屑だ」


 よし、とばかりにゴミ袋の口を結ぶ。


「かして」


 レイは掃除道具を片付けながら、アルカの挑発には答えなかった。


「逆なら確かにわかる――追放されたのではなく、逃げたのかもしれないね。瑠璃川家は政治的にも権力者に近い。あの聖女の力を、何かに利用されるのを母親が嫌ったのかもしれないね――推測でしかないし、他所の家庭事情だ」


「なるほど。では諦めて、忘れて、なにもせず帰る?――あのさっきの老人。隠居しているようだが十字軍娘の祖母だろう? 奴を問い詰めなくていいのか?」


 しゃがんだ背中越しにアルカが静かに言う。


 どんな表情をしているのだろう――言葉からは伺えない。


「聞いたって部外者に教えるわけないだろう」


 アルカが立ち上がり、小悪魔のような表情で微笑みながら、レイを見る。


「目の前にいる相手を、ただの都合の良い女としか見ないから忘れるんだ――屑の男はね。思い出せ、私が誰かを。そして選べ。お行儀よく何もせず帰るか、魔女に頼って手を汚すかを」


 アルカはポーチをごそごそとあさって、一枚の薄緑のハーブを取り出した。


ハナヤスリ(ムーンワート)。開錠の草。隠した秘密を教えてくれる――さあ、どうする?」


 一緒に暮らしてからもう何日経つというのに、レイにはまだこの魔女が時折浮かべるアルカイックスマイルの意味が、よくわからない。


 ◇◇


 幸い、ヘルパーは外出していた。


 小鬼退治の報告にかこつけ、老人――瑠璃川春代に魔法をかけた。


 罪悪感はあったが、結局、エリカの手掛かりを知りたいという欲求に勝てなかった。


 ねぎらいの言葉と共に、茶を勧められたリビングで、アルカはしっかり高級茶を全部飲んでから、ハーブを取り出した。


 ムーンワートの静謐な、微かな甘い香りが漂う。


 Moonwort, moonwort,

 Silver scent of captured moonlight,

 Unlock the hidden door

 Where sinners keep their secrets tight,

 And softly, softly, reveal to me the sight.


 ムーンワート ムーンワート

 月の光を封じたその銀の香り

 罪人が隠した

 ひみつの扉を そっと開いて 私に見せて


 そして、瑠璃川春代は問われるままに語ってくれた。


 レイが知りたかった瑠璃川エリカの消息を。


 知りたくなかった、彼女が、実は海外ではなく、この屋敷にずっと軟禁されていて――今はもう、どこにもいないという現実を。


 さらに――彼女がレイについていた、かなしい嘘を。


 ◇◇


 帰路。


 駅へ向かう路上。


「そんな顔をするな。私も――多少は悪いと思っている。世の中には知らずとも良い事もあると、知ってもいる」


 アルカが、珍しく優しい。


「いや、感謝している。後悔もしていないし――そうだな、根津先輩にでも頼んで、何か情報が入ったら教えてもらう事にする」


「高くつきそうだ」


「高くつくかもね」


 春代は全てを知っていたわけではないが、知る限りの話はこうだ。


 エリカの母、エリカとよく似た容姿の瑠璃川はるか。


 彼女は瑠璃川家、ことに夫の瑠璃川仁るりかわ じんから不義の女と蔑まれていた。


 不快な話だが、それは夫の仁の歪んだ嫉妬によるものだった。


「はるかさんというのは、どのくらい力がある聖女だったのかな」


「あのステンドグラスの女か。まあ十字軍の総裁がとち狂う程には、凄かったんだろう」


 仁はエリカの血縁上の父ではなかった。


 エリカの父は、その優れた「血」を子に伝えるべく、招かれた「ガブリエラ」と呼ばれる男であり、はるかとガブリエラの間に生まれたのが、「エリカ」だった。


 なぜそんな事をしたのか、春代も詳しくは知らなかった。


 ただ、仁ははるかを軟禁状態にし、人質のようにしてエリカを従わせていた。


 ガブリエラのその後は、春代は知らなかった。


「で、結局、すべては俺の心臓か。アルカのように」


 八つ当たりなのは承知でレイはアルカを睨む――それは明らかに甘えだった。


 アルカは、ふんという顔で「その娘に心臓の価値はわからなかったろ」と言った。


 それは慰めか、蔑みか。


 瑠璃川エリカが、わざわざ季節外れの転校生としてやってきたのは、仁の指示だった。


 レイに警戒されぬよう、別のクラスに入った。


 犬の襲撃を含め、どこまでが仁の仕込みだったのかはわからない。


 仁はレイの心臓を「ベリアルの鍵」と呼び、エリカにレイを「見張るように」命じたという。


 3か月などという期限も区切ってはいなかった。


「ふぁ」


 口を手で隠し、小さな欠伸をするアルカ。


「つまり、恋人になろうと言ったのは、命じられたからではなく、娘の意思だった。良かったじゃないか、色男」


「3か月というのは、おそらくエリカの決意だったんだろうな。3か月後に瑠璃川家に背いて、母を助けて海外に逃げる気だったんだ。俺に言ってくれれば、手伝えたのに」


 言えるはずなど、なかっただろう。


 結局、エリカは失敗し、捕らえられ、何年も監禁された。


 その後すぐ仁は心臓発作で、金魚に餌をやっている最中に急死し、レイの心臓についてはそのままになった。


 しばらくの間、仁の父である聖星楓学園理事長が二人を引き続き監禁していたが、その男も数年前に亡くなった。相続争いが発生し、その混乱の中でエリカと母はどうやら監禁から逃れたようだ。しかし、その後の消息は知れない。


「案外、あなたの心臓を狙って、ひょっこり帰ってくるかもよ? 十字軍の娘」


「だったらいいけどな」


「いいの?!」


 なんだっていい。


 別に、心臓なんか欲しいならくれてやる。


 あの時の罪。


 無知で、すぐそばにいながら何もしてやれず、辛い思いをさせた罪が少しでも償えるなら。


 レイは、スマホの画像を見る。


 春代が眠っている間に撮った、ステンドグラスのパネルの画像。


 瑠璃川はるか――エリカに似ているはずの少女が、色とりどりのガラスの中、幸福そうに微笑んでいる。


「いつまでも、私の前でその異教徒の写真を見るな!」


 背後からアルカがポーチをぶつける。


「なんだよ、いいだろ。嫉妬かよ」


 いつもの軽口だった。


 しかし――


「ああ、嫉妬だ。認めよう、私は人間達が好むような『べ、別に嫉妬なんかしてないからねー』とかほざく安い馬鹿な女とは違うからな」


 嫉妬なんか――のイントネーションに、悪意がこもりすぎていた。


 レイは一瞬たじろぎ、何かいい返そうとしたが、何も言えなかった。


 アルカがせせら笑う。


「嫉妬は認めよう。だが覚えておけ人間の小僧――女は、目の前に自分の雄がいれば嫉妬する。たとえ好きな相手でなかろうが、それはただの雌の本能だからだ――忘れるな」


 その後、二人は駅までの道、一言も喋らなかった。





―The Girl in the Stained Glass― 完

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ーRevival at Twilightー

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