ステンドグラスの少女②
【Lyrical Fantasy】
―The Girl in the Stained Glass―
「それは、恋とは言わないだろうに―― 「ヤツザキコウリン」
小鬼のような怪異が、「ギィィ!」と断末魔の叫びを上げて消滅する。
これで今回の――
「今回の依頼は終わり。さあ、レイ『くん』とその百合坂マリアのばかばかしい恋愛話の続きを聞かせて」
「瑠璃川エリカな――というか、今、ここで?」
「今、ここで」
レイは、はあ、と深い溜息をつく。
◇◇
「私達、お付き合いする事になりました。皆さん、どうか、暖かく見守って下さいませ」
驚くべき事に、瑠璃川エリカは翌日にそう発表、というか行く先々でふれまわった。
レイとはクラスが別だったので、わざわざ双方のクラスで宣言したりもした。
名門ミッションスクール理事長の美しい孫娘と、スポーツ万能で、頭こそ――そこそこだが――優しくて美貌のレイとのカップルは、ちょっとしたセンセーションだった。
瑠璃川エリカは、どちらかといえば普段は大人しく、物静かな性格だったが、この「お付き合い」宣言以降は、別人のようだった。
決して押し付けがましくはなかったが、どこへ行くにもレイを誘い、人前でも平気で手を繋ぎ、いつも一緒だった。
中にはそれを見て、気に食わないと思った者もいたかもしれない。
しかし、瑠璃川のお嬢様に面と向かって逆らうものはいなかったし、絡んでこようとしても、腕っぷしで「炎の心臓」を持つレイに敵うものもいなかっただろう。
エリカは楽しそうだった。
そして、レイにとっては、まさにそれは「天使が横にいてくれた三ヶ月」だった。
◇◇
「あちゃあ。倒したのはいいけど、結構倉庫内がひどい事になったな。一応少し片付けておくか。アルカ、チリトリ持って」
「あの小鬼がすばしこく逃げ回ったせいで、王女の私がゴミ拾いをする羽目になった。ヤツザキにしても飽き足りぬ」
やる気なさそうにガラガラと大きなチリトリを引きずって、アルカは溜息をついた。
「家でもたまにはやってくれよ、オウジョサマ」
「ふん……」
◇◇
元々、聖女としての素養が高かったエリカが側にいる事で、それまでたびたび襲ってきた悪霊だの妖怪だのといった鬱陶しい怪異は激減した。
また、たまに襲ってくる事があっても、エリカがロザリオを掲げ、銀色の聖光を発すると、何もできずに退散するのみだった。
また、それ以外でも、エリカとの日々はレイにとって小さな驚きと、感心の連続だった。
エリカは幼いながらも賢人のような慈悲と叡智を持っていた。
レイは、人生は長さでは無く深さなのだな、と毎日思わされた。
些細なすれ違いで傷つけたかなと思った時は本気で焦り、こちらまで伝わるような寂しさを感じた時には、無力感を苦々しく思った。
たまに、二人がいつも一緒にいる事で外野に、下卑た野次を飛ばされた時には本気で腹が立った。
自分はいい。
しかしエリカのその優しさを踏みにじった連中を許せないと本気で思った。
エリカはゲーテの本をよく読み、その言葉が大好きだと言った。
エリカ以上に早熟だった――早熟であらねばならなかったレイは、ゲーテが必ずしも尊敬に値する美しい心の持ち主ではない逸話も色々と知っていたが、それはそれ。
実際、エリカの口から出るゲーテの言葉は、どれも美しいと思った。
「天に星、地には花、人に愛。私とお別れしても、覚えていてくれると嬉しいな、神木くん」
エリカはよくそう言って、幸せそうに目を閉じた。
すぐに終わると思いつつ三ヶ月、たしかに天使はそこにいてくれた。
そして突然、寂しそうに微笑んでくれたまま、羽ばたいて行った。
エリカは、約束の3か月が過ぎたある日、別れも告げずに突然消えた。
たぶん、別れの言葉が言えなかったのだろう。
本当にギリギリのリミットまで、そこに留まり続けてくれた優しさは、レイにはよく分かっていた。
しかし、心はまた別だった。
寂しい。寂しい。寂しい。
レイはおそらく、11年の人生の中で最大の喪失感を味わった。
しかし、それ以上に辛かったのは、結局、多くの物を失って日本を離れていくエリカの、おそらく最後まで隠していた心の辛さに対して、何もできなかったと感じていた事だった。
もっと賢ければ、もっと優しければ、あのとき僕は何かしてあげられただろうか。
それはレイにずっと突き刺さった、甘いガラスの棘だった。
魔女との契約の時「ファウストくらいは読んでいる」と言っていますが、この時に読んだっぽいですね。




