魚怪の罠と訪れし巫女①
【Japanese-inspired fantasy】
The Fish-Fiend’s Snare and the Shrine Maiden’s
赤い金魚と、目が合った。
金魚が、嗤った。
アルカは迂闊さに歯噛みしたが、遅かった。
魔女の魂魄はあっという間に吸い取られ、金魚の体内に封印された。
生物を使った高度な魔道トラップか、あるいは金魚自体が知性の低い魔物だったか。
初めての事だらけで、気が緩んでいた。
きっかけは――昨夜、遠くから聞こえた囃子の音。
◇◇
「あれは、なんの音?」
祭囃子だった。レイはアルカに、神社や縁日の事を説明した。
「夏至祭みたいなものか」
「と、言われても俺は夏至祭というものを知らない」
スマホで猫の動画を見ながら、適当に答えるレイ。
顔すら向けずにいなされたアルカが、ムッとして何かを言い返そうとして――はたとある事に気付いて密やかに笑った。
魔女は、端正な顔に最上級の「悪い」笑みを浮かべて、言った。
「ケルトの司祭ドルイド達はミッドサマーになると、太陽に心臓を捧げた。ケルトでは、太陽を『炎の心臓』と呼ぶ――あっ!?」
「なんだって!」
レイが、飛びかかった。
言い終わる前。
アルカは、押し倒されてしまった。
しかし、必死のレイはアルカを押さえ込んでいる事にも気付かない。
「教えてくれ! それはあんたが俺の心臓を狙った理由か? 他の魔物もそうなのか? ならば――」
「くるしい」
アルカがか細くうめき、そこで初めてレイはその体勢に気がついた。
「ああっ、すまない」
身体を離そうとするレイを、今度はアルカが両手を回して引き寄せる。
か細い腕、僅かな力。
しかしレイは逆らえず、そのままアルカの胸に抱かれる形になる。
アルカの目には、いつもの揶揄うような光は無かった。
いつになく、真剣だった。
「いいかレイ、ドルイドはとっくに滅びた。『お前』の心臓は無関係だ。太陽も炎の心臓も、ただそういう言葉であったというだけだ。その、いま脈打つお前の心臓とは無関係だ」
レイは、失望の溜息をついた。
その瞬間――
心臓のリズムが、激しくなった。
どこか、勝ち誇るように。
今の今まで、火花が飛び散るごとく熱かったレイの身体が急速に冷めてゆくのを、アルカは感じた。
「ならば、ならば俺はいったい何者だ。俺の心臓はなぜ俺を操り人形にしている。俺は知りたい――俺は人間なのか――それとも」
苦悩に歪むレイの顔を、侮蔑と憐憫と情愛の入り混じった紅い目が見つめる。
アルカはレイの頭を抱き抱えた手に力を込めた。
抑揚のない声で、レイの耳元で囁く。
「愚かな騎士よ、心臓に関しての戯言は詫びよう。私に罰を与えるとよい。さすれば――お前は自分が人形などではなく、愚かな人間だという事は、思い出すだろう」
没薬の匂いが強まる。
レイの身体にまた、今度は二人もろとも焼き尽くしてしまいそうな熱がもどる。
「俺は、礼をいうべきなのか」
レイが苦々しい声を絞り出す。
「当然だ。愚か者――さあ、もう私に罰を与える事以外は、いまは考えるな」
アルカの冷たく、勝ち誇ったような静かな声。
それが最後の会話だった。
◇◇
日はすっかり沈んでいた。
境内には、提灯の明かりが灯っている。
「ふん、神社というが、ここらには魔力も神力も感じないけれど」
文句を言いながら、縁日の境内を歩くアルカは、しかし結構楽しんでいるようだった。
「魔女が来たから、引っ込んでしまったんだろう――痛っ。蹴るなよ」
「蹴られて痛いと言うのは人間だと言う証明にはならないの?」
「ならないだろ。あんただって人間じゃないけど蹴られたら痛いだろ」
「屁理屈をいう男は、情け無い」
どこか楽しそうに、まだ蹴り続けるアルカ。
「それにしても、あの民族衣装はなかなか良いな。安っぽいが、そこがいい。買ってくれ」
「浴衣を安っぽいとか言わない。結構高いぞあれ――まあ、あんたがどうしてもと言うなら今度――」
断らなかったのは、レイ自身、浴衣のアルカを見てみたい気持ちが多少あったからだ。
一瞬――
浴衣を着て屈託なく笑う、本物の柚木亜瑠花の顔が浮かんだ。
レイは、振り払うように首を振った。
微かな、罪悪感があった。
アルカは手のひらを立てて「ストップ」のポーズをし、「高いならいい。その金は紅茶に回そう」と真顔で言った。
「おや。レイ『くん』、あれはなんだ。不恰好な魚に皆が群がっている」
金魚すくいの出店だった。
走り寄るアルカ。
「おっ、綺麗な嬢ちゃん。やるかい?」
店主がポイを差し出す。
「レイー! いいか、いいな?」
こんなものに、『くん』を忘れるほど興奮しているアルカの珍しい表情に、つい財布の紐が緩んでしまう。
「一回だけな」
数分後。
赤い出目金の入った金魚ポリをぶら下げて、上機嫌なアルカの姿があった。
「取れた!」
アルカは、珍しく無邪気に笑っていた。
意外にも小動物が好きなのか――いや、元来、魔女は猫や鴉や爬虫類を使い魔にするのだったか。
「なあ、この魚類は、何というの?」
「んー、出目金、かな」
「なんと! 悪魔王と!」
アルカの目が輝いた。
「このちんちくりんの情け無い姿で、なんと尊大な!」
「あ、いや――」
「Demon King! Demon King!」
アルカは、金魚ポリを掲げた。
「なんと不恰好なDemon Kingだ!」
レイは、こんなご機嫌なアルカを見るのは初めてだったーー食事時とティータイムを別にすればだが。
「Demon Kingは不細工だなっ。この魚は、不細工だ。うん、あなたに少し似ているな」
「人生で、初めて不細工と言われたよ」
レイもなんだか嬉しくなり、笑う。
少し前までの無表情だった自分では、考えられない事だった。
(もしかして、こいつのおかげなのか、この感情は)
恋愛感情などは、相変わらず全くない――はずだ。
でも――
何より、目の前で無邪気に金魚を突いている魔女には、まだ腹に一物あるのを感じ取れないほど鈍感ではない。
魔女が時折りみせる妖しげな視線、気配。
明らかに、心臓の力を再び手に入れる事を、諦めていない気配。
しかし、それでも――
「帰ったら何か入れ物を探さないとな」
◇◇
そして、金魚はレイの部屋の、小さなガラスケースで飼われる事になった。
金魚は、不恰好に、ユーモラスに泳いでいた。
レイとアルカは、それを眺めて笑った。
だから――
油断した。
魚怪、という文字を使いたかったのと、西洋風の少し大袈裟なタイトルが続いたので、和風怪談の小品っぽさを出したくて、のサブタイトルでした。。。




