ヤツザキの魔女と炎の騎士⑥Dinner at WIT C.H
【urban fantasy】
The Witch of Yatsuzaki and the Knight of Flame
「月」
「――今回は、吹き飛ばしちゃだめだとは言わないな?」
「ああ、やってくれ、魔女。ハワイの大酋長の怒りとかなんとかで、月を吹き飛ばせ」
「そんな呪文は無いが――」
伸縮ペンを高く掲げて、水平にぐるぐる回す。
「マグマカエカエンリュウ」
火炎が、月に向かって飛んでいく。
遠い。
「この距離でよく画家と会話してたな」
「その画家というのも、怪しいな。おそらく契約者だろう」
「状況が変わらない。もう一発撃ってみてくれないか」
「それなら、帰りに駅前で魔力補給してもいい?」
「……報酬もらえるんだから自分で出しなよ」
「情け無い男。ならば、魔力消費の低い方で」
ペンを今度は縦に振り下ろす。
「ヤツザキコウリン」
光の刃が、月に向かって飛んでいく。
「……」
「……!」
長い長いタイムラグの後、赤ん坊の悲鳴のような、不快な絶叫が響き渡る。
同時に、ふわり、と身体が浮く感覚。
本の世界を模した異空間が、崩壊してゆく。
「娘から手を離さないで。置き去りにしたらプリンス・オブ・ウェールズがフイになる」
「さおりちゃん、こっちへ」
「はいっ」
そして――。
◇◇
目覚めて最初に見るのが根津ミコトの顔だというのは、結構トラウマになりそうだ。
薄ぼんやりした頭で、レイは首を振る。
「やあ、戻ってきたねえ」
「アルカは」
「あっちで魔力補給してる」
言われるまま、キッチンの方を向く。
丸椅子に座りながら、セブンイレブンのタマゴサンドを頬張っていたアルカが、レイに気付き、軽く左手を上げて、無表情のまま「よっ」という合図を送る。
軽いな。
「エリカちゃんは?」
「んー、レイちゃん、もしかして小学生の彼女たくさんいたりするタイプ?」
「そんなタイプ、そこらにいたら怖いでしょ。間違えました。さおりちゃん、でしたね。変化は」
ベッドには、相変わらず眠り続けるさおりの姿があった。
根津が、ニヤリと笑って親指を立てる。
「大アリさ。一度目覚めて、さっきまでレイちゃんの事を熱心に見てたよ」
目覚めたのか。
安堵のため息。
アルカもまだタマゴサンドをもぐもぐしながら、無表情のままレイに親指を立てる。
「なんだか、ゆうかって友達に、ちゃんと、謝りに行くとか言って、出て行こうとしたから、明日にしようね、て説得したよ。そのあと、今度は普通に寝ちゃった――結構ハードなストレスに晒されてたみたいだから、解放されてホッとしたんじゃないかな――さあ、お母さんに報告しなきゃいけないから、詳細を教えて」
◇◇
帰り道。
結局、アルカにねだられるまま、レイは駅前のハンバーガーショップでバリューセットをテイクアウトした。
「私はセブンイレブンのタマゴサンドを食べたからいいが、あなたは空腹だろう。店も空いていたし、食べていってもよかったと思うが」
「いや」
レイはうんざりした様子で言う。
「最近、噂になっているらしい。あの店でよく、無表情のカップルが一言も喋らず、1番安いハンバーガーを黙々と食べて、また無表情のまま出ていくって――怪談扱いだよ」
「くだらない。他人が何をどう食そうと勝手だろう――あなたも、そんなくだらない事を気にするとは、やはり情け無い男」
「確かに、報酬が手に入ったのに、最初にハンバーガーは情けなかったな。なんとでも言いなよタマゴサンド女」
反撃も情けなかった。
「ところで、あのアンデルセンの本、あのままにして良かったのかな。それに、さおりちゃんのお母さんと、ちゃんと話も出来なかった」
「本が問題ではないからな。悪魔の言葉と波長が合わなければ問題ないさ。どうせ世に出回っている全てのアンデルセンの本を回収して焼くわけにもいくまい」
アルカは行儀悪く、テイクアウト袋からポテトに手を伸ばす。
その手をピシャリと叩いてレイが答える。
「確かに。結局、読み手と波長が合わなければ無害だしな。あんたは、人間の業や残酷さを蒐集し童話にするのは悪趣味と言ったけれど――人間の世の中は、綺麗なものだけ見てきた純粋無垢な子が、そのまま出て行ったら大変な事になる。だから、ああいう本も必要なのかもしれないな。あとは――」
あとは、さおりの母がさおりの孤独にどれだけ真剣に向き合うか、だろう。
結局、レイ達が直に母に伝えるのを、根津は止めた。
親達には親達の論理があり、そうやって生きてきて、マンションを買い、さおりを育てた。
結果さおりは病んだが、だからといって初対面の大学生や女子高生が、あんた達の子育ては間違っている、などと言うのは失礼だし、場合によっては逆効果になりかねないから、というのが理由だ。
レイも、納得した。
代わりに、根津がちゃんとした優秀なカウンセラーを紹介する流れになった。
結局は、根津が紹介料をせしめる事になるのだろうが、それがさおりの為になるなら、それでいい。
アルカに頼まれて注文したプリンス・オブ・ウェールズは、明日届く。
レイがティーポットを注文して、二人でバトルせず仲良く飲もうという協定が結ばれた。
もう、出涸らしのティーバッグを使わなくていいのは、ありがたい。
心臓のアザ、まだ入院中の柚木亜瑠花、まだ密かに隙を伺い心臓を狙う目の前の魔女。
問題は山積みだが、まだなんとか、何も失わずにすんでいる。
今はそれでよしとしよう。
角を曲がる。
そろそろ、アパートが見えてくる。
Episode
The Witch of Yatsuzaki and the Knight of Flame
ヤツザキの魔女と炎の騎士 完
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