表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔道譚 ヤツザキの魔女と炎の騎士 ーTales of the Mystic Path ― The Witch of Yatsuzaki and the Knight of Flame―  作者: 夏乃緒玻璃


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/43

逢魔が時に楡の木は揺れる①人形の騎士

【Horror stories】

Episode

ーWhen the Elm Tree Sways at Twilight Hour―

 レイ――神木玲也かみき れいやは、自分の顔が嫌いだった。


 日本人離れした切れ長の目。

 カラーコンタクトをしているわけではないのに、やや青みがかったガラスのような瞳。

 作り物のように完璧な形をした鼻筋――

 人形のように整い過ぎた顔。


 人間味が無いとまで言われることのある、顔。


 子供の頃は、虐められる事もよくあった。

 大人しい、弱い、内気な、幼児の頃のレイはそんな優しい子だったからだ。


 しかし、8歳のある日から、レイは変わった。


 家の近くの砂利道で、いじめっ子達が、親戚で四つ年下の柚木亜瑠花ゆずき あるかにまで石を投げたからだ。

 四人のいじめっ子達は、最初はただからかっているようだった。


 しかし、レイは見た。


 何かの黒い影が、彼らと重なりあっていく。


 同時に、彼らの投石は、遊びではない速度になった。

 本気で全力を込め、当たったら怪我では済まない。


 石がアルカの頭をかすめた時、おそらくレイは人生で初めて本気で怒った。


 レイは、強かった。

 生まれつき、普通の子供より反射神経がよく、筋力も強かった。


 それを知っていたから、普段から抑えていた力は、アルカを傷付けた相手をあっという間に叩きのめした。


 アルカのためだった――最初は。


 だが、いつしかレイは自分の強さに気付き、酔っていた。

 殴る。

 相手は簡単に吹っ飛び倒れる。



 4人いた悪ガキたちを全員殴り倒す。


 しかしまだ衝動がおさまらない。

 何かが「やれ」「もっとやれ」と囁いている。


 身体全体から、炎が噴き上がるような熱があった。

 悪ガキリーダー格は、痩せて小柄なレイの三倍近くある巨漢だったが、一撃で倒れ、既に戦意喪失している。


 その上に馬乗りになる。


 レイの体を取り囲むように、モヤのような黒い影が浮かび上がり、「やれ」「もっとやれ」と焚きつける。

 レイは影たちに促されるまま、殴り続けた。


 拳には火炎のイメージが浮かび、殴るたびに火花が飛び散った。


 そして、大騒ぎになった。


 殴られた少年たちは、命の心配や後遺症こそ無かったが、みな一様に、殴られた部分を火傷していた。


 アルカは泣いて、レイは悪くない、自分を助けただけだと訴えた。


 しかし結局、レイの一家は引っ越す事になった。

 レイはそこで、力を抑えるのではなく、自在に使いこなさないといけないと学んだ。


 あらゆる武術、あらゆる体術を学んだ。しかしそれだけでは足りなかった。


 レイは、自分がいずれ向かい合わなければならない相手が、あの時の声たち、人間では無いものだと知っていたからだ。


 暴走する心を抑える為、父に連れられ行った修験道の本山。


 そこで師から教わった九字護身法――臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前――は、レイにとって呪文ではなく、祈りだった。

 自分を、自分でいさせるための。


 レイはこれを運命的な邂逅と考え、必死に習得した。


 中学生になると、もうレイと同年代で、彼に勝てる相手はいなくなった。

 制服姿のレイを見た上級生たちは、最初は舐めてかかった。

 だが一度でも手合わせをした者は、二度と彼に挑もうとはしなかった。


 圧倒的な速さと、容赦のない技。

 レイは自分の力をほぼ完全に制御できるようになっていた。


 高校時代。


 美しい顔立ちと、身体能力の高さ。

 女子たちは群がり、男子たちは距離を置いた。

 修行は疎かになり、影の声も聞こえなくなった。


 レイは安堵し、修行も更に疎かになりがちになった。

 しかしそれでも、20歳になった今のレイは、そこらの格闘家には負けない程に、強くなっていた。


 ルックスもよく、頭も悪くない。

 強くて、異性にモテる。


 一見、完璧無比なレイには、しかし「影の声」以外にもう一つ大きな悩みがあった。


 今日も、レイは鏡の前で服を脱ぎ、悩みの元凶を注視する。


 シャツを脱ぐ。


 鏡に映る自分の裸の胸。

 そこに、それはあった。


 心臓。


 レイの胸部、心臓の辺りには、大きな炎のようなアザがあったのだ。


 赤く、まるで燃え盛る炎のような形。


「また、でかくなってやがる」


 生まれつき、アザがあった。

 最初は小指ほどの小さなものだった。


 年齢とともに大きくなり、今は拳より大きくなった。

 医者に診せた事もあるが、特に悪い物ではなく、皮膚の色素の沈着だろうと言われた。

 気になるならレーザーで消せるとも。


 しかし、レイにはわかっていた。

 この心臓こそが、自分が他人より速く動け、強い力を出せる秘密であり、アザはその代償として、力を使えば使うほど大きくなっている事を。


 自分の心臓は特別だ。


 それはレイにはさらなる呪いだった。

 自分が強いのも、美しいのも、心臓の力。


 自分は心臓の入れ物の、人形にすぎないのではないか。

 そんな風にさえ思う。


 その心臓が、どうやら狙われていると知ったのは、二十歳の誕生日だった。


 就寝前。

 闇のなかで囁く声たちを聞いた。

 その「声」を聞いたのは、初めてではなかった。


 子供のころ。レイが初めて力を爆発させた時の、声たちだった。


 そろそろだな――

 そろそろね――

 食べごろか――

 まだだ――まだもう少し

 育ってから――

 育ってからだ――あの力ある心臓を喰らうのは!


 レイは胸に手を当てた。

 心臓のアザが、熱い。

 炎のように、燃えている。


 何かが、近づいてくる。

 危機感。

 普通なら泣き叫び、逃げ出すような恐怖。


 だが、レイの心は別にあった。


『お前達は魔物か? 妖怪か? 俺の心臓を喰うと言ったか。ならば来い。早く来て、俺の心臓が何なのか、俺は何者なのか教えてくれ!』


 ◇◇


 その日、郵便受けに一通の封筒が届いていた。

 差出人の名前を見て、小さく息をついた。


 柚木亜瑠花ゆずき あるか


 あの事件の後、レイの一家は引っ越したが、アルカの一家もまた転居し、イギリスに移住した。


 もう十二年会っていないが、ごくたまに動画などで会話もするし、健気にもよく手紙や絵葉書を送ってくる。


 どうやら多感な思春期の少女にとっては、いまだにレイは自分を助けてくれた騎士ナイトのままであるらしかった。


 封筒を開けると、便箋には丸い字で、びっしりと文字が並んでいた。


 レイくんへ


 久しぶり!アルカだよ!彼女できた?できたら泣くよ――あ、答えなくていいからね――泣くから。

 私ね、レイくんが昔、守ってくれたこと絶対忘れてないからね。


 じゃーん。突然だけど、私、魔女になったの!!!(本当だよ!)

 イギリスのグラストンベリーっていう神秘的な街にある「セイクレッド・スパイラル」で、三年間ちゃんと勉強したんだ。

 ハーブの調合とか、クリスタルの浄化とか、月の満ち欠けに合わせた儀式とか!

 先生には「あなた本当に魔女になる気あるの?」って最後まで言われちゃったけど(笑)、修了証もらえたよ!額に入れて飾ってある!


 それでね、レイくん。

 この前、写真送ってくれたよね。

 私が送ってくれなきゃヤダヤダヤダヤダヤダって100回書いたらやっと送ってくれたよね。

 それでね、その写真にちょっとしたおまじないをかけようとしたら、実は、私、気づいちゃったの。


 あ、べつに魔女の恋呪いだからそれは気にしないで。

 とにかく、写真を見たらレイくんの体にたくさんの黒い影が、まとわりついてるの。


 魔女になった私だからわかったんだよ。

 レイくんが、何かに狙われてるって。

 きっと、レイくんは気づいてないと思うけど、すごく危ないことになってる。


 だから、約束、覚えてる?

 お別れの時、言ったよね。

「大きくなったら、今度は私が絶対守ってあげるから」って。

 レイくんは『あーはいはい』て照れて横向いてたけど。私は本気だったんだよ。


 来週には日本に帰るから。

 今度こそ、ちゃんと守ってあげる。

 魔女の力で。

 待っててね。


 追伸:これ、私が作ったお守り!

 グラストンベリーで買った本物の水晶を使ってるの。

 私が帰るまで、絶対に身につけていてね。

 きっと、レイくんを守ってくれるから。


 アルカ




 レイは手紙を読み終えて、封筒の中に何か入っているのに気づいた。


 笑っているアルカの写真。


 ヘイゼル色のくりっとした瞳が印象的な笑顔だ。

 写真の隅に小さくカラーペンで、修正してないから安心していいよん、と書かれハートマークが添えられている。


 お前の頭の中が、少し心配だよ。


 それから、もう一つ。

 小さな布の袋。中から出てきたのは、銀色の鎖に吊るされたペンダントだった。


 五芒星の形をしたシルバーのチャーム。中央には小さな水晶が埋め込まれている。


 微かに何かのハーブの匂いがする。


 レイはペンダントを手に取った。

 その瞬間、微かに、何かを感じた。

 暖かさ、とは違う。光、とも違う。


 確かに、これには「何か」があるような、気がする。

 レイは首にペンダントをかけた。


 ほとんど重さを感じない。


 でも、確かになんとなく温かみを感じる。



 同時に、バレンタインに、ろくに話したこともない女子に、手作りチョコレートを渡された時のような気まずさも浮かぶ。


 苦笑いしてレイは手紙を机の引き出しにしまった。


 しかし、そうか、迂闊だった。

 アルカがレイの周りの「影」に気づいているという部分は、笑えなかった――写真を送るのではなかった。


 本当に、見えているのだろうか。


 レイは胸に手を当てた。

 心臓の辺りの、炎のアザ。

 そして、その周りに蠢く、「声」たち。


 ――そろそろだな――

 ――もう少し――

 ――もう少しで食べごろ――


 もしアルカが本当に帰ってきたら。

 もしレイに近づいたら。

 巻き込んでしまう。


「戻ってくるな、と言ったら、泣くかな、あの子」


 いや、そもそも言うことは聞かないだろうな、と思う。


 影の声は、囁くばかりで襲ってこない――今のところは。

 あの――もう少し、というのはどういう事だ。何か条件があるのだろうか。


 なんにせよ、のんびり待つわけには、尚更いかなくなった。


 目を閉じる。


 頭の中に、頑張って奇跡の角度を探したのだろう、少し斜め上を向いたアルカの笑顔が浮かんで、消えない。


 ◇◇


 その帰り道だった。


 ――みぃつけたぁ――

 ――いただきまぁす――


「声」が、いつもより近い。


 レイは周囲を見回した。

 人通りの多い商店街。巻き込むわけにはいかない。


 走った。


 路地に入る。


 さらに奥へ。


 人気のない廃ビルの裏手へ。

 そこで、立ち止まり振り返る。


 影が、蠢いていた。


 黒い、人とも獣ともつかない異形の姿が、朧げに形を成そうとしている。


 レイは構えた。


 その時、胸元が熱くなった。

 ペンダントが、光っている。

 微かに、しかし確かに、輝いている。


 本物だ。アルカの魔術は、本物だ。

 だが、弱い。脆い。これでは――。


 案の定――次の瞬間、パキン、という乾いた音。

 ペンダントが、砕け散った。


 アルカが込めた祈りごと、粉々に。

 水晶の破片が、冷たいコンクリートの地面に落ちて、微かな音を立てた。


 影は、笑っているようだった。


 ――あらあら――

 ――壊れちゃったね――

 ――かわいい魔術――


 レイは、歯を食いしばった。


「すまない、アルカ」


 心の中で謝罪する。お前の魔法は本物だった。

 でも、こいつらには足りなかった。


 つまり、アルカの魔法ではこいつらには勝てないという事だ。

 ならば――やはり――絶対に。


「やっぱりさ、巻き込めないよなあ」


 自虐にも似た笑みが漏れる。

 右手を振り上げ、空を斬った。

 左足を踏み鳴らす。


「臨!」


 微かに飛び散る火花のイメージ。

 影が、一瞬、怯んだ。

 気付けば影たちの姿はもうどこにもなかった。


「俺が化け物だから怪異おまえらは寄ってくるのか? お前らを全部殺せば、俺は普通の人間として、暮らせるのか?」


 闇は応えない。


 ただ、胸の奥で心臓が脈打つ。炎のアザが、じわりと熱を持つ。

 レイは夜空を見上げた。


「来るな、アルカ」


 ◇◇


 翌朝、母からも手紙が届いた。

 黒い影の夢を見る、危険が近い、すぐ行く――そういう内容だった。


 レイはため息をついた。


 アルカも、母も。二人とも、俺を守ろうとしている。

 女たちは知らない。

 あの影がどんなに恐ろしいか。


 自称の魔女っ子や、引退した巫女が、なんとかできる相手なら苦労はしない。


 残り時間はもうない。

 レイはバッグに荷物を詰め始めた。


 郊外の廃校に護符を仕掛け、決着をつける。アルカが来る前に、母が来る前に。


 ずっと孤独に、未来永劫一人で戦うしかないと思っていた。


 それで、いい。

 窓の外を見る。夕暮れが近づいている。

 逢魔が時――怪異と人の世界が交わる時刻。

 レイはバッグを肩にかけた。


「行くか」


 誰に言うでもなく、呟いた。


挿絵(By みてみん)



カクヨム 掲載時より文字数短縮した改訂版となります。

ストーリーに変更はありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ