#消えた少女
人は、忘れられた瞬間に本当に消える。
彼女は確かにそこにいた。
笑って、話して、名前もあった。
それでも世界は、
彼女が最初から存在しなかったかのように振る舞った。
――これは「消えた少女」の話だ。
そして、消した側の物語でもある。
朝起きてスマホを開いた瞬間、
タイムラインがざわついていた。
「#白石ユナ が消えたって本当?」
「アカウントごと消滅とか怖すぎ」
「昨日までストーリー上げてたじゃん」
画面をスクロールしても、どこにも彼女の痕跡がない。
タグも、フォローも、メンションも――空白。
まるで最初から存在しなかったかのように。
投稿も、コメントも、写真も、
友人リストの“思い出”すらも削り取られていた。
「え、誰?」
誰かがそうつぶやいた瞬間、タイムラインの流れが止まった。
その名前を覚えている人間が、急速に減っていく。
俺の名前は新藤直哉。
彼女の高校時代の同級生だ。
けれど、なぜか俺のスマホのアルバムには、
まだ一枚だけ――ユナの写真が残っていた。
桜の下で笑う彼女。
画面の中で、ユナは確かに“生きて”いた。
不安に駆られた俺は、古いPCを開き、
高校時代のグループチャットのログを遡った。
しかし、そこでもユナのメッセージはすべて削除されていた。
会話の流れに“空白”ができている。
まるで、誰かがそこにいた痕跡だけが意図的に消されたようだった。
だが、一通だけファイルが残っていた。
タイトルは《mirror.zip》。
恐る恐る開くと、
中には「私の記録」というフォルダがあり、
その中にテキストファイルが一つ。
『“存在を消す方法”を見つけた。』
最初の一行が、それだった。
ユナは昔から変わっていた。
感情を分析したり、SNSで「人の記憶」に興味を持っていた。
大学では「デジタル認知心理学」を専攻し、
人が他人を“どのように記憶するか”を研究していたという。
テキストファイルには、続きがあった。
「記憶は“共有”によって存在を維持する。
誰も覚えていなければ、人は現実からも消える。
SNS は、私たちの“存在”を記録する神経系。
だから、そこから自分を削除すれば、
本当の意味で“いなかったこと”になる。」
そして最後に――
「試す価値はある。
もし私が消えても、ひとりでも覚えてくれる人がいれば、
きっと、それは証明になる。」
俺は息を呑んだ。
つまり、これは実験だったのか?
翌日、大学時代の友人たちに連絡を取った。
しかし、ユナの名前を出すと、皆が同じ反応をした。
「誰? そんな子いたっけ?」
声が震えた。
俺はスマホの写真を見せた。
けれど、その瞬間――
画像がノイズに変わり、ゆっくりと黒く滲んで消えた。
「……なんでだよ……!」
スマホを落とす。
画面に一瞬、メッセージが浮かんだ。
「あなたが最後の“記録者”です。」
夜。
俺は夢を見た。
真っ白な空間。鏡のように光沢のある床。
その中央に、ユナが立っていた。
「やっぱり、あなたは覚えてたね。」
「ユナ……お前、どうして……?」
「知りたかったの。
“存在”って、どこまでが現実なのか。
誰も私を覚えていないなら、私は死んだも同じ。
でも、あなたが覚えていてくれたから――私はまだ“ここ”にいる。」
彼女は静かに微笑んだ。
そして、指先で俺の頬に触れる。
その瞬間、身体が霞のように透けていく。
「あなたの記憶も、もうすぐ消える。
そうすれば、私は完全に“いなかった”ことになる。」
「やめろ……ユナ!」
「ありがとう、直哉。あなたが見届けてくれて、うれしかった。」
光が弾け、ユナの姿が消えた。
朝。
目を覚ますと、部屋の机に知らないUSBが置かれていた。
黒いボディに、銀の文字。
『mirror』
接続してみると、中には一枚の画像ファイルだけがあった。
開くと――桜の下で、女の子が笑っていた。
でも、顔がぼやけていて、誰だかわからない。
その日から、俺は名前の思い出せない“誰か”の夢を見続けている。
桜の花びらの下で、いつも同じ声が言う。
「ねぇ、覚えててね。」
そして、夢が終わるたびに、
画面のどこかに小さく表示される。
「#消えた少女」




