98話 《竜の牙》バルド・ガルディウス
マリアは、海合宿でレベルが上がっており、重力大剣の適性ステータスを満たしていた。
守りは、王国最高の竜狩り《ドラゴンキラー》の装備。
──マリアは、私の手勢の中で最強。
──基本、強敵は任しとけばいい。
(本人は否定するだろうが、否定の言葉を添えながら振う剣に、迷いはない。
刻み、
削ぎ、
叩く。
まな板の上で食材の下処理をするように……)
刃物の扱いは、凄まじいものがある。
おそらく料理を戦闘スキルに流用している。
さしづめ料理剣術といったところか。
マリアは、火加減を見る目で間合いを測り、塩を振る手つきで血潮を払ってきた。
下処理のように、生きたまま魔物の生皮を剥がすこともできるはずだ。
言ったら怒るだろうが、極まった家事が、技として領域を越えた。
医者が包帯よりも議論をうまく縫うようなものだろう。
重力大剣。
もともとは高位魔族ヴァル=ザハールが使用していた。
重力が敵意を持つという恐るべき権能によって、魔王戦線にて多くの人間の命を奪った。
王国重装騎士団――壊滅
騎士団の強固な盾陣形 ――地圧崩壊
山岳要塞 ――地盤沈下により陥落
etc ――重力圧縮により戦死。
ヴァル=ザハールは決戦の末討たれ、しかし剣は砕けず、それは地面に突き刺さったまま、周囲三十メートルを重力異常域として封鎖せざるを得なかったという。
そして、それをどこかの筋肉令嬢が内緒で持ち帰り、今に至る。
彼女は言った。
──セ●リック兄上のバフがなければ、さすがの私も手も足も出なかったわ。
筋肉だけで足りなければ、バフを足せば良い。
それでも足りないなら、あらゆる手段を講じればいい。
動かぬなら
動かして見せよう
筋肉で
Sランクパーティ≪竜の牙≫のメンツ。
マリアが所属していた、王国唯一のSランクパーティ。
クラリッサは、冷静な目で計算する。
(兵は数で語れる。
だが超越種のような“強敵”だけは違う。
数では測れない。
不確定要素を生む強敵に対抗する存在は、貴重だ。
軍は群れで敵を打つ。
軍の兵は命をかける勇猛さはあっても、必ずしも“英雄”ではない。)
──≪竜の牙≫は、戦略的資産。
──竜狩り《ドラゴンキラー》であるマリアと彼らには、強敵の排除をやってもらわなければならない。
そしてクラリッサは、彼の姿に気づいた。
クラリッサの瞳は、完全に指揮官の目から獲物を見る目へと切り替わりを見せる。
当然の如く、流れるように職権を濫用し、≪竜の牙≫と挨拶の時間を設けた。
「──ゴクリ。」
呼び出された彼を見て、クラリッサの喉が鳴った。
──やはり≪竜の牙≫の前衛。
──バルド・ガルディウス。
(そこはやはり、いい筋肉をしている。)
完全に審査官の目。
いや、捕食者の目。
(思い出す……
3年前の武術大会を。
教えを乞うほどに素晴らしい筋肉だった。
バルドさん……あの時よりも筋肉ついている。
なんて、素晴らしい……)
視線が、完全に彫刻を鑑賞する芸術家のそれ。
──後で絶対に尋問しよう。
(今は無理だ。時間がない。
今回の作戦における≪竜の牙≫の役割はあまりに多いからだ。)
故に本格に配置につく前に≪竜の牙≫とブリーフィングの必要がある。
とはいえ、それはもう終わっていたりはするのだが。
「よお嬢ちゃん。
変わってねえな。
相変わらず、くそやべえ案件ばっかり持ってきやがって。」
「突然すいません!バルドさん!
お久しぶりです!
最後に作戦の確認をお願いします!
緊張してるんですよ。これでも
今回の相手は、3年前のようなブラッドオーガなどとは比べものにはなりませんし。」
「そうは見えねえけどな。
まあ、あの空飛ぶデカブツは任せとけ。」
「お願いします。」
──だめよクラリッサ。耐えなさい!!
(今はだめ。今はだめなのよ!!
本来ならば。
本来ならば、今この瞬間にこそ、バルドさんとの筋肉トレーニングメニュー・コンサルティングを敢行すべき時のはずだ。
だけど今はだめだ!
──だがちょっとくらいなら許されるだろう。)
クラリッサは理性を総動員し、泣く思いで“筋肉会議”を先送りにする決意をしたが、秒で陥落した。
筋肉を目の前にしては、秒で敗北する。
それがクラリッサ。
「ところでバルドさん。私の体はどうですか!?!?
あれから私も鍛えたのですが!?!?
バルドさんは、トレーニングメニューをあれから更新していますよね!?
肉体の仕上がりが全然違います!!
バルドさん、バレてますからね!!!」
クラリッサは、唐突にバルドに近づいた。
そして突然服をたくし上げて、筋肉を見せた。
大盾を背負った巨躯の戦士。
長弓を携えた細身の射手。
白銀の杖を持つ後衛の魔術師。
≪竜の牙≫の彼らがギョッとする。
なんなら当のバルドも、周りの騎士たちもギョッとしている。
「いや、急に近づくな。怖いから。
あと急に服を脱ぐな。
下着が全部出てる。
だが、確かに細い体だな。全然飯食ってないように見えるが……」
「見たほうが早いかと。
時間がないんで。
大胸筋も、三角筋も、大腿四頭筋も発達しないんです……トレーニングメニューを更新したくて。
ぐすん。
バルドさんのトレーニングメニューをこなしているのに、この程度なんです!!」
クラリッサは、縋り付くように普通に泣いていた。
「泣くなよ。気持ちはわかるが……
後で相談にのってやるから、落ち着けよ。
まじで、怖えから……ついでに鼻を俺の服で啜るな。」
「ですよね!?!?わかりますよね!?!?
私の周りの人、筋肉に興味がなさすぎて、誰もわかってくれないんです!!!!
いくら鍛えても筋肥大しない悲しみを!!!!」
「おう。」
クラリッサはゴシゴシと涙をふく。
理解者を得られた。
こんな嬉しいことはない。
バルド・ガルディウス。
筋骨隆々の、炎の大剣を持つ、戦士。
やはり、心優しいマッチョだ。
台風は去った。
バルドは困ったように頭を掻いていた。
一部始終を見守っていたマリアは、淡々と言った。
「バルドさん、本当にお嬢様が苦手なんですね。」
「まーな。目がな。
完全にイッてるんだ。ガワは完全に貴族なんだが。
あれ、絶対に自分を普通だとおもっているんだろうな……
爆発寸前の爆弾を目の前にしてる気分なんだよ……
マリア。そっちの準備は?」
マリアは、重力大剣を肩に担ぐ。
「お嬢様は、筋トレに対して文字通り命をかけていますからね。
こちらは何一つ問題はありませんよ。
久しぶりにsランクパーティー≪竜の牙≫が復活ですね!!
またお世話になります!!」
「ぶちかますぜ。」
竜の素材をふんだんに使った装備を持つ仲間達が、不敵に笑った。
それは慢心ではない。
幾度も死地を越えた者だけが持つ、確信。




