96話 作戦開始
トレザール領、領主の間。
ここ数日で、クラリッサのハッスルぶりにより、領主の間の改造は進み、作戦会場として仕上がりを見せている。
中央には長卓があり、その上に広げられた巨大な海岸地図で一目で状況を俯瞰できる。
壁面には、簡易足場と壁紙のような羊皮紙。
伝令兵が次々と報告を書き換える。
ローウェン・トレザール伯爵は、その圧倒的な速度に言葉を失っていた。
もはや全然話していない。
「……これを、数日で?」
次々と届く報告と、報告書。
同時に、窓から見える海岸で繰り広げられる光景もまた、常軌を逸していた。
瓦礫撤去と魔物掃討。
地形安定化。
海象制御試験。
をもとに。
防潮堤の増設予定線、
海流制御杭、
仮設桟橋ルートの検証もすでに始まっていた。
さらに机上に広げられる紙片で、淡々と未来への提案が提示され続けている。
海流の調査報告。
海流制御杭の設置位置や、港の改修案。
漁業再建計画。
──それらは本来、数年単位で練り上げるべき計画のはずだ……
──まるで、予習済みの未来のように……
(そして、さらにその次の段階の提案すら……)
塩。海藻加工。魚油。干物。
船大工の育成。
港湾税の一部を再投資基金。
──etc
そのまま実用が可能なほど、それら提案は研ぎ澄まされていた。
──何年とかけて解決できなかった領の課題が、まるで色褪せた下書きのように……
無造作に
無慈悲に、悪意もなく、ただ抗えない程の圧倒的な力で踏み固められ、塗り替えられていく。
彼らは、一堂にそこに会していた。
聖女候補、小聖クラリッサ・グランディールより宣言。
「皆様の活躍のおかげで、海岸の制圧と瓦礫の撤去は粗方終わりました。
素晴らしい速さです。
そして、作戦の全ての準備は整ったと言っていい。
私の肉体も仕上がった。
ふふふ……全部、ぶっ潰してやる。全部……
……ストレス溜まりすぎなのよ……いいかげん……
……ふふふ……はっ。しまった。話が逸れた。
では、概要のみ説明します。
第一目標。海象そのもの。
続く目標までのルート確保、及び魔物の殲滅業務となり、その役割の意味は、極めて大きい。
これはセドリック・グランディール、及び第二王子アルヴェルト側近騎士アラン率いるグランディール領兵が対応します。
第2目標。クジラ型空中回遊大型魔物レヴィヤタン。
対応は、ドラゴンキラーのマリアをはじめとする、この国唯一のSランク冒険者パーティ《竜の牙》
第3目標、水の竜巻。
対応は、聖女セレスティア及び、クラリッサ・グランディール。
とまあ、ごちゃごちゃ言うのもここまでにしましょうか。
私から言いたいことは一つ。
みんな。
本当に我慢させたわ。
本当にね。
私が気を失っている間に、破滅だとか、水位があがるとか、精霊だとか、まあ本当に好き勝手やってくれちゃって。
……でも、それも終わりしましょう。
さあ、食い荒らすわよ。」
──ライウェイ。
言葉は意味する。
意味は、屁でもねえ。
明朝。
トレザール領の海岸は、久方ぶりに呼吸を取り戻していた。
海は久しぶりの静謐。
嵐はなりを潜め小雨となり、瓦礫は撤去されており、さらに嵐の激情は、すでに消えつつある。
天候、地形、海象操作に加え、
膨大な魔力による聖女のバフを受けた、訓練されきった高レベルの男たちによる暴力。
それが1000人。
それは、作戦と呼ぶにはあまりにおこがましい。
ひどく単純な圧倒的なマンパワーで押し進められた、しつこい油汚れを洗い流すようにして、成し遂げられた奇跡。
海岸の暁。
作戦決行前、アルヴェルトの演説。
海岸からの潮風を真正面から受ける場所に、設えられた壇。
壇の下には、兵。
槍が林立し、盾が規則正しく並び、鎧の列は、金属の波。
「諸君。
我らはいま、海を取り戻すために立つ。
海は我らの母であり、我らの糧であり、我らの誇りだ。
それを魔が蹂躙した──
──アルヴェルトの演説の傍ら。
魔術的な儀式の為に整えられた祭壇。
「セドリック兄上。
そろそろです。お願いします。」
「任せてくれ。」
セドリック・グランディールは、杖をかがげる。
黒曜の魔杖〈ノクス・ケイオス〉。
魔王戦線産の化け物みたいな魔道具。
「天よ、裂け。」
一気に追い風。
空は応じた。
一気に青空を望む。
厚く垂れ込めていた雲が、まるで巨大な手に引き裂かれるように左右へと割れる。
嵐が完全に止み、一条の光。
夜明けと重なったのだ。
暁に押し流されるようにそれは幾千の光となり、嵐の残滓は押し流され、風向きが変わる。
祝福とともに、蒼穹は開かれた。
──続いて2の矢。
セドリックに続いて聖女セレスティア。
「――地よ。応えて。」
詠唱は不要。身に宿る膨大な魔力で自然そのものに働きかける地形操作術。
変化は海面。
岩が浮き、砕けた礫が宙に舞い、海底から隆起した巨石が唸りを上げ、次々と広場のような巨大な橋が、海面に形成されていく。
橋の幅は100m。
海上に巨大な橋。
沖合5キロの地点にある竜巻まで、一直線に。
海が割れていく。
セレスティアはゆっくりと目を開く。
その瞳に、遥か、沖合5キロ。
水の竜巻が映る。
日を幾度跨いでも、一向に勢いの衰えない災厄を。
「道は、開きました。」
その中心で、演説を終えたアルヴェルトが剣を抜く。
刃が朝日を受け、白く燃える。
「――突撃!!!!」
その号令は、雷霆のごとく断崖を震わせ、かくして鬨の声と共に戦闘は始まった。
第一目標。海象、天候、魔物の群れそのもの。
踏破には団結と確固たる決意が必要になる。
総数は、無限と言っていい。
なぜなら魔物は海に生息している魔物全て。
第二目標レヴィヤタン。
狩りがごたえがある相手。
討伐推奨レベルは60。
魔王戦線でもそうはお目にかかれない、神話クラスの超越種。
第三目標。水と竜巻及び、水の精霊に囚われた、リーシャ。
なお特記戦力として女型の高位魔族の存在が確認されている。




