95話 善意の扱い
漁業インフラ整備は恙なく進んでいた。
潮は荒れていたが、それでも嵐のようではなく。
解放された桟橋もでてきている。
海図と工程表が広げられた執務室で、進捗確認を行うクラリッサとアルヴェルトがいた。
アルヴェルトは、海図の上に指を置いたまま言った。
クラリッサは礼を取る。
その動きは優雅で、計算され、隙がない。
「人員配置。
業務の流れ。
責任の所在。
船、荷それらの保存状態。
全て配備した。確認は必要だが、概ねこれでいいだろう。」
「殿下。ありがとうございました。」
「いいさ。
第二王子の名はこういう時に使わないとね。
それに戦闘では役にはたてなさそうだ。」
「そんなことはありません。」
「……本当にそう思うかい?」
軽口のような自嘲。そしてその奥に、わずかな本音。
クラリッサは、途端に笑顔を張り付けたまま、完全に固まった。
それを見て第二王子アルヴェルトは、思ったという。
──時折、途端に腹芸がポンコツになるのはなんなのだろう。
──愛嬌は七難隠すか
ただ、七難どころか、一難だけがぶっちぎって際立っているのだが。
多くの狂気は、最上の理性。
周囲から見ればおかしいが、実はそれが真理である、ということはよくある。
アルヴェルトの名を使い、密やかな書状を飛ばし、周辺諸家への根回しも終える。
──書状の内容
トレザール領にて、通年利用可能な新港湾圏の整備、および安全航路の確立が見込まれます
つきましては、事業に参画を希望される諸家に対し、港湾使用枠・漁区管理権・交易優先権の一部を割り当てます。
利権にうるさい貴族だ。
魚や交易の利益で黙らせる。
未来の富を数値で描く事を求めた上で、それでもごちゃごちゃ言ってくる骨のあるやつがきたら、聖女の名前を出す。
それでもなお渋い顔してるやつは、王子権限で海岸を見にこさせた。
王子権限による視察は、拒むことはできない為だ。
そして海岸線全体に展開する、聖女のスーパーパワーによる魔法陣を見て、言葉を失って帰っていった。
――制限時間は、月によって刻まれるらしい。
啓示により、制限時間が明らかになった。
水の竜巻から精霊の魔力が漏れており、次の満月でそれが覚醒する。
7日後,
そしてその日は、聖女セレスティアの自由行動のが許される最後の日と重なる。
それまでに決めろ。という事だろう。
クラリッサは、拳を握りしめる。
──体調は順調に回復してる。
(回復の様子。3割ほどだけど。
セレスティアも観念して回復魔術使ってくれたし。
まあ、終わるかな。
いや、終わらせるのだ。終わらせないとまずい。)
財布の中身は、確認したら赤字に突入。
国家規模の災厄の対策で、すでに借金生活に入った。
──申し訳ないが、もう財産的にも破滅イベントに出番を与える気はない。
(浪費も、博打も、慈善も、必要最低限にとどめ、罠に嵌った獲物を仕留めるように、最善手のみを積み上げてみせる。
くそぅ、まずい。第一王子レオナールの腹黒い笑みが見える。)
なぜならしばらく極貧生活が続く。
学費も払えなくなるかもしれない。
つけ入る隙となる。
借金を返すために、筋トレしたり、モンスター倒したりする生活になってしまいかねない。
(※ただいつもと変わらない。)
──はたらけど、はたらけど猶わが生活楽にならざり、ぢっと手を見る。石川啄木。
ちょっと違うかも。
──というか。
(津波で生死の境をさまようだけとか、破滅の仕方が緩いのよ大体。
もっといけたでしょ。)
クラリッサは、破滅へのダメ出しを始めた。
──精霊暴走の責任を押し付けるくらいすれば、死にかけで身動きが取れないまま奴隷もありえた。
(ないしはグランディールに隕石が落ちるとか、マリアにナイフで刺されるとか
それくらいは想定してたのに。)
──私ならもっと、不確実要素を省くようにやる。
──再起の隙なんか与えない。
甘いんじゃないかな。
嵐の激情は、すでに消えつつある。
天候、地形、海象操作に加え、
千の鎧
千の盾
千の刃。
それは作戦と呼ぶには、あまりに単純な圧倒的なマンパワー。
膨大な魔力による聖女のバフを受けた、訓練された高レベルの暴力。
それが1000人。
量はそれ自体が質であるを地でいく。
ローウェン・トレザール伯爵は、圧倒的な速度に言葉を失っていた。
もはや全然話していない。
何年とかけて解決できなかった領の課題が、まるで色褪せた下書きのように、無造作に塗り替えられていく。
長い年月をかけて解けなかった結び目が、数日で、指先ひとつでほどかれていく。
無慈悲なく、悪意もなく、圧倒的な力で踏み越えられていく。
とある休憩時間。
「はい、これ。
新しい海象操作魔術の魔法陣。
セドリックお兄様が改良したわ。」
「高名なセドリック・グランディールですね。
……素晴らしい魔法陣です。
潮流制御の誤差をさらに抑える事ができるかもしれません。」
「漁業インフラ整備の進捗は、極めて予定通り。
破綻は出てない。
天候・地形・海象の操作。
あとは魔物と瓦礫駆除の為の作業に対するバフと回復魔術が、セレスティアの担当。
流通再編と政治調整はアルヴェルト殿下と私の担当ね。」
「あの……小聖クラリッサ。
私の配分が、多くないですか?
あと漁業インフラ整備とは?」
「え?この海岸の開発計画のことだけど?
今あなたがやっている事。」
「……」
クラリッサは微笑んだ。
「お互い大変ね。」
セレスティアは激しく思った。
ねえ。聞いてないんだけど。
「はいっお嬢様。」
「どうぞ。マリア。」
「私もおかしいと思います。
セレスティア様をそんな風に追い詰めるのは、やっぱり良くないと思います。
全部やったら、やっぱりどう考えても、普通に死ぬと思います!!
あと、事前に話を通すべきだと思います!!!」
「絶対に大丈夫。
膨大な魔力量と自分への回復魔術とあるから、セレスティアって絶対に死なないのよ。公式チートだもん。
あと事前の確認はいらないわ。
合理で包囲して、善意で押し切って、笑顔で確定させれば、確認がなくてもやるから
なら、それは同じことだもの。」
にこにことクラリッサは微笑んでいた。
「それって、でも、尊厳と人の心が……!!
あまりに鬼畜すぎます!!!!」
「尊厳?
人の心?
セレスティアは、人のために汗水働く充実感を、ご飯の代わりに摂取してるような、ど変態なのよ?
善意って一番酷使される資源なの。慣れようね。」
「お、嬢様!!わたしは一体何を諭されているんでしょうか!!!聖女様にも人権はあると思います!!」
「ないわよ。
聖女なんて、教会と国公認のマスコットにして、死ぬまでブラックな仕事を押し続けられつづける雑用係なんだから。」
「お、怒られますよ!?」
「でしょうね!!!!」
セレスティアは、完全にガンギマリの顔で、無言で魔術式を見つめていた。
必要とされ、頼られ、逃げられないならやってしまう女。
それが聖女セレスティア。
5歳で精霊と交信。
6歳で聖女認定。
現在16歳。
彼女がいる事で、全ての生物はその格を一段、落としたという。
かくして準備は整った。
海は鎮められ、地は均され、空にはなお、聖なる幾何が淡く残光を引く。
盤は静まり、駒は置かれ、人も天も、その位置を得た。
明朝、作戦は開始する。
トレザール海岸攻略戦。
それは討伐ではない。
救済でもない。
理を失いかけた存在を、理へ引き戻す行為。
リーシャの体に顕現した水精霊を、鎮圧するための作戦。
そしてハッスルしすぎてお金がなくなりつつある、令嬢の悪あがき。




