94話 戦闘準備
聖女の奇跡とは怒れる天の雷ではなく、長い夜を破る、静かな夜明け。
疫病は、祈りを前に熱が退いた。
灰の舞う地に、畑は目覚めた。
盲目の者は、朝を見た。
──Hil Celestia, full of grace, the Lord is with thee;
(めでたしセレスティア、恵みに満ちた方、主はあなたと共におられます。)
──blessed art thou among women.
(あなたは女のうちで祝福された方です。)
──聖書ルカ福音書より。アヴェ・マ●ア(※完全パクリ。まじで大丈夫なのか。)
初手。
セレスティアの天候、及び海象、及び地形への三領域改変魔術。
今代の聖女セレスティアの、膨大な魔力と魔術制御能力を用いて自然を改変する。
魔力によるパワープレイ。
天の名を持つ聖女は、杖も振らない。
奇跡の名を借りた、大地と天空と海の再設計。
2手目。
マンパワーによる魔物駆除と瓦礫撤去。
海から馬鹿みたいに上がってくる魔物。
鱗を持つもの。
殻を纏うもの。
理性なき眼で陸を睨む魔物ども。
及び、徘徊する魔物については、人数で処理する。
人数は1000名。
その全てが。グランディール領兵。
1人1人が高レベル。
1人1人がオーガの上位種程の戦闘力。
海岸線の侵入経路は限定済み。
地形は防衛向けに緩勾配化され、遮蔽物は兵站兼用のものを少しずつ広げている。
同時に後方では瓦礫撤去。
澄ましてはいたが、計算して、クラリッサは、ダラダラと冷や汗が流れていた。
──概算で、いくらくらいかなこれ。
(終わったら、請求くるんだろーなー。
最速で終わらせないと、やばい気がする。
財布の紐的に、マジでやばい気がする。)
全部エドワード父上や、エルンスト教皇代理に投げとはいえ。
人件費+戦闘消耗費+瓦礫撤去・土木+聖女運用コスト
──一日金貨1万枚くらい!?わかんない!?!?
クラリッサは、少し離れた高台でマリアに支えられていた。
空と海岸には、100m級の魔法陣が幾つもならび、自然改変をすすめている。
具体的には、天候が改善し、波が落ち着き、見えないが地形が動いていた。
「お嬢様……
あれが今代の聖女、セレスティア様の自然改変魔術。
……すごいですね。天空と大地にいくつも並ぶ魔法陣が、海岸全てを覆いそうです……」
「そうねマリア。
セレスティアは、魔王戦線をほぼ1人で支えていた化け物。
この光景を見てしまえば、畏怖と陶酔をもってその名が語られるのも納得だわ。
まさに神そのもの。
まあ、アルシェリオン王国のレベル上げしまくった部隊を、魔王戦線にやたらめったら送り込んだおかけで、手が空いてこっちにも来れたってわけね。」
マリアは心配そうに首を傾げていた。
「でも、お嬢様……これって続けるの絶対無理じゃないですか?」
「何が?」
「いや、あの、地形操作。地質改善。天候操作……全部大規模儀式魔術です。
魔術師三百人いても成立するか怪しい規模ですよ?
それを単独で同時行使なんて……
セレスティア様の負担が大きすぎます……」
「余裕だって言ってた。
実際、セレスティアの魔力量は、世界でも類を見ない。
本気をだせば全部同時にいけるんだって。
このくらいの規模なら数刻。」
「神の奇跡と呼ばれるやつですね。
並の人間なら発動した瞬間死んでます。」
「と、思うでしょ?」
「違うんですか?」
「セレスティアの実態は、単なる頭のおかしいワーカーホリック。
それもハードワーカー。
徹頭徹尾、誰かのために働き続けたいだけ。
私とは逆ね。
セレスティアは、自分のためには何もしない。
誰かのために、何かしてたいんだってさ。」
クラリッサのどこか楽しそうな様子に、マリアは思った。
(言い方……
聖女への尊重が一切ない。
あと自覚されてたんですね。お嬢様……)
眼下では、世界が整っていく。
嵐は解体され、波は分解され、大地は再配列される。
それは働き者の少女が、ただ必死に、世界を片付けているだけ。
本気で大掃除をしているだけだ。
「見るこれ?」
「なんですか?」
「タスクの書いた紙。
それじゃ私は、グランディール領兵のお尻を叩いてくるから。」
「ありがとうございます。お気をつけて。」
おらおら働けものどもー
クラリッサは、マリアに羊皮紙を渡すと、グランディール領兵の尻を叩きに出かけた。
マリアは、その背を見送る。
元気に歩き、声を張り上げる元気そうなクラリッサの様子に、マリアはにこにこしていた。
(お嬢様。動けるようになって良かった。)
──ほんの少し、目が潤む。
そして、何気なく軽い気持ちで、手元の羊皮紙へ視線を落とす。
「……」
何度か見返す。
紙を裏返したり、ひっくり返して、確認する。
「これって……」
海の整備。
魔物の排除と生態系の把握
漁の方法の確立。
安全で、継続可能で、漁獲量を確保できるやり方。
販路。安定供給ラインの確立。
マリアは天を仰いだ。
──これって、ただの産業設計図じゃん!!
神の奇跡の直下で。
人知れず、その英知は第一次沿岸産業革命を引き起こそうとしていた。
──魚取る気だ。クラリッサ様!!
(リーシャちゃんを助けるという文字が一個もない!!!!
自分のために働くという言葉に、一切偽りなし!!!!)
クラリッサは、静かに盤上を整える。




