92話 聖女セレスティア。やがて
茶を入れる。セレスティア。
年は、クラリッサ達とそう変わらない。
彼女は少女であるが、その所作は、老練なる神官のように迷いなく、淀みなく、無駄がない。
神託そのものが人の形を取ったかのように無表情。
だが内心は冷や汗がダラダラしていた。
──なぜ……
(なぜクラリッサは、
これほどの怪我を負いながらワンレッグスクワットを始め、
さらに腹筋を常軌を逸した回数こなし、
そして何事もなかったかのように席について、やり切った顔をしているのか。)
──人類とは?
「セレスティア。
今回の啓示はなんなの?受けたんでしょ?」
「海へ行け。それだけでした。」
「そしてセレスティアが、すっげえ魔力で探知して、私を海からクレーンゲームしたってわけね。」
「クレーン……何ですか?それ。
光の術式で対象を固定し、衝撃を分散して引き上げただけです。」
「つまり?」
「洗濯物ですね。
風で飛ばされそうな洗濯物を、物干し竿から落ちる前にぎゅっと掴んで、引き寄せる感じです。」
マリアは思う。
リーシャが起こした津波は、絶望的だった。
世界そのものを濁流に沈め、あらゆるものが崩壊してもおかしくなかった。
──それを、洗濯物。
──日常の延長のように洗濯物……なにそれ?
(正気の側が、本当に正気なのか試しているんでしょーか……)
あと、思っていた。
──100m級の津波が激突した濁流から、クラリッサお嬢様を探り当てる。
控えめに言って、無理では??
(多分、セレスティア様も、本質的にはお嬢様と同じなんだろう。
普通の人と、致命的に何かがズレているから、聖女なんてやっている。
極限状況を極限と思ってない。
感情の処理が、一般人と違いすぎる。)
世界の方を、自分の尺度に合わせようとしているって感じ。
あと説明が激しく雑だ。
二人は、視線をほとんど交わさない。
笑いもしない。馴れ合いもない。
「沿岸部の避難は?」
「第三陣まで完了。高台誘導は八割。」
「残り二割は?」
「漁具の回収を主張しています。」
「燃やしましょう。」
「説得を優先します。」
「えらい。」
「水の竜巻ですが、回転半径、拡張傾向あり。」
「予測値は?」
「このままだと沿岸が巻き込まれます。」
「期間の割り出しは必須ね。」
「同意します。」
会話が、速い。
何から何まで話している。
流れるように。
お互いが、お互いの能力を一切疑っていない。
マリアは、置いてけぼりだった。
セレスティアが言った。
「一度お茶を入れ直しましょう。」
「手伝いますね!!セレスティア様!!」
「お願いします。マリアさん。
これからの動きも話終えたので。」
「え……?」
(え?
もう話終わってるの!?!?
いつ!?!?
はやっ!!!)
マリアは、笑顔を保つことしかできなかった。
茶を入れ直した。
セレスティアは、落ち着かせるようにお茶を飲んでいた。
その手が震えている。
「教会には教義があります。
それは存在意義であり,人が道を踏み外さないものです。」
神は形を持たぬ。
ゆえに人は言葉を掲げる。
旗のように。
灯火のように。
「究極的には、人が人であるために必要な道標のようなものが、教義の本質なのでしょう。
戦いは、必要なものだと定義されます。
ですが聖なる戦士が、魔物を食らい、その力を取り込むように……う……」
「まさかお嬢様……
凝りもせず、魔物を食べさせたんですか!?!?
魔王戦線で戦う方々に!?!?」
「うん。」
あっさりクラリッサはゲロった。
魔物の肉を食らう。
それは異端だ。
人は、人である。
魔は、魔である。
その線引きがあるからこそ、討つ理由が生まれ、守る理由が立つ。
「魔を討つことは正当化できます。
ですが、魔を体内に取り込むことは……
それは“魔を否定する”のではなく“魔を許容する”ことになります。」
クラリッサは、どこか遠い想い人を思い出すように、うっとりと微笑んでいた。
「明らかに魔王戦線の戦士たちは栄養不足だった。
途中から、大型魔物を食べればいい。
そう気づいてからは早かったわね。だって補給がいらないんですもの。」
しれっと。
「大型魔物も食べたんですね。」
「食べた。
だって早いし。」
「お嬢様。
それって、すっごく前にも言った事あるんですけど、教会の教義に触れてますから。」
「でも負傷率と勝利のためだから、やむにやまれなかったのよ。」
クラリッサは、どうどうと、悪びれず、強く頷く。
(お嬢様。
すごく誇らしげに言っているけど、絶対異端なのわかってる……
絶対確信犯だ……)
合理的と判断した瞬間、躊躇する理由が消えたのだろう。
「マッチョである事は罪ではない。
だけど、必要以上に自分を痛めつけることは罪に当たる。
自殺及び、自傷や自己破壊と同義……」
「失礼ね。
筋繊維を破壊してるだけじゃない。
それに超回復を説明したじゃない。
筋肉はユニット構造だから、破壊率はユニットごと独立してるのよ。
いたって健全。回復するし。」
「レベル制が逆転してました。
筋肉のためにレベルを上げるまであった。
神の力を利用しているに等しい。」
「信仰とトレーニングは、共存すると思うの。」
「しません。
明らかにアウトです。
服を脱ぎ、肉体を主張する方が明らかに増えました。」
「トレーニングの成果の確認には必須でしょ。
フォームもあるし。
小さいことは、気にしないでよ。」
「悪戯に服を脱いではいけないんです!!」
「コンプラが甘いのよ。あなた達の宗教って。」
「そんなことないですから!!
う……目眩が……」
セレスティアはよろけた。
「お、お嬢様。
なぜかセレスティア様がダメージを受けているのですが。」
「セレスティアは、教義から自分から外れる存在を見ると精神崩壊を起こすのよ。
聖女だから。
神への祈りのあとに、プロテイン飲んだり。
礼拝堂の裏で、ポージングしたり。
普通よ。」
「いえ、多分、お嬢様が原因で、みなさんが奇行に走り始めたことに耐えられてないだけなんじゃないでしょうか……」
「セレスティアも鍛えればいいのにね。
そう思わない?」
「そ、そうですね。
絶対にやめてくださいね。それ」
呼吸が、乱れていた。
「はあ、はあ……
教義を説く暇は、ありませんでした。
なぜなら魔王戦線は、忙しかったから。
来る日も来る日も、魔物の対処に追われ、
そしてクラリッサは、戦士達を作り替えていく。」
「大変だったものね。あなた。」
「無力でした……
あまりに……
組織そのものが作り替えられていく……」
「あなたって、組織への影響力はあっても、ルール作りは甘いからね。
そりゃいいようにやられちゃうでしょ。
一つ学んだわね。」
「ぐすん。」
マリアはギョッとしていた。
聖女様が、泣いた
やがて。
──バタン。
扉が閉められ、教会の医務室に、静寂が戻る。
疲れた様子で去るセレスティアに対し、クラリッサは、どこか満足げに微笑んだ。
「うーむ。病みっぷりが、相変らず面白い……。」
「そ、そうかなー。」
「トレーニングメニューは、私が出会った中での最強のマッチョ。バルド・ガルディウスのものを参考にした。
彼には感謝してもしきれない。
もちろん、それを伝えてくれたマリアの手紙にも感謝ね。」
「え、わたし……?」
(あれ、わたし今、災厄の発端扱いをされてません?
あれ?これ共犯?)
思わず背筋に冷たいものが走る。
クラリッサの声は、どこか優しかった。
「セレスティアって、いい子だから、理解できない事も全部抱えちゃうのよ。
でも仕事はやめない。変に真面目だから。
頭はすごくいいの。
でもわかってても、わからなくても、それをやる。
絶対にやり遂げる。」
「……そこまでわかってるなら、足並みを揃えてあげればいいんじゃないんですか?」
「悪い事してるわけじゃないし、なんか、いいかなって。
さすが世界の希望よね。
みんなのために、その身を犠牲にし続けてるって感じ。
なら、私に利用されるくらいがちょうどいいんじゃない?
病んでるけど。」
「……なんか、逃げるなら、今って感じですね。」
「ねっ。」
(なんだろう。
ものすごく、ものすごく気持ちがわかります。
セレスティア様……)
やがて、クラリッサが動けるようになった。
ローウェン・トレザール伯との謁見を開始する。




