9話 魔物討伐
森番は、注意しながら先行していた。
朝の霧がまだ木々に残る時間から、森を巡回している。
森は、魔物の密度が高い領域でもある。
もし魔物の密度が増せば、ただちに影響は広がり、森の木材伐採や薬草採取の計画は制限され、交易も一時的に滞る。
足元に目を落とすと、道を塞ぐ倒木があった。 枝を払えば進めるだろう。
森番は鉈を取り出した。
クラリッサは一歩前に出ると、静かに枝を握った。
「むうん!!!!」
……バキッ。
「……ふう。」
息を整えながら、クラリッサはその枝を脇にどかす。
森番は驚いた表情を見せたが、クラリッサの6歳にしては堂々とした背筋と力強い腕に、言葉はなかった。
そして鉈を静かにしまった。
一行は森を進んでいた。
服の裾には土がつき、頬には汗が光る。
「おっ……お嬢……さま……!!」
マリアの声が裏返っており、手も震えていた。
「本当に、本当に……大丈夫なんですよね……?
噛まれたりしませんよね……?毒も……魔物も……伯爵様に見られたり……わ、わたし……まだ……死にたくありません……!」
クラリッサはそっとマリアの肩に手を置いた。
「マリア。安心して。わたしがあなたを殺させはしないわ。」
「お嬢様ぁぁぁぁ……!!そういう優しさが余計に怖いんですぅ……!!」
森番は思っていた。
──いや、帰れば?
濃い緑の天蓋をくぐった瞬間から、外界の喧騒が薄れていた。
代わりに湿った土と木々の息づかいが、ほのかに肌へ寄り添ってきている。
(大型魔物だけは警戒しないと。以前に夜に1人で森に入ったのは完全に早計だった。下手をしたら死んでいた。)
大型魔物一体で、騎士団一個分の損害を出す。
魔物肉の安定供給を考えた時に、真っ先に上がってくる問題であった。
すこし歩くと、森は開け、水の音が聞こえてきた。
小さな泉。苔むした岩。
木々の間から射す光が、水面を銀色にゆらす。
「見える?ここに囲いを作ったの。騎士団にお願いして。」
クラリッサは泉の前で立ち止まり、
くるりとマリアの方を振り返った。
「ここ……?」
クラリッサは頷いた。
「水場には多くの生き物が訪れる。魔物もね。しばらくの“狩場”には良さそうだから。」
マリアは呆然とした。
「か、狩場……?まさか……しばらく狩をするつもりなんですか……?今日だけじゃなくて」
クラリッサは当然のように、
「ええ。」
と言った。
太い杭が等間隔に打ち込まれ、黒鉄の鎖が静かに結界のように張られていた。
木々の間を縫って網もはられ、魔物の逃走経路を巧みに制限する囲いとなっていた。
クラリッサのトーチの魔術に誘われるように、一匹のホーンドラビットが囲いに誘導されていく。
囲いには、すでに領地の騎士団を何人か派遣してあるので、迅速に仕留めた。
一通り終えるとクラリッサは言った。
「とまあ、こんな感じね。」
「びっくりするくらい、すごく簡単にできるんですね。」
「まあね。あんまり怖い事にはならないわよ。誰でもできるようにしないと、意味ないもの。私だけできたって、私が怪我したらどうするのよ。」
「クラリッサ様は、行動力ありすぎて、全部自分でやると思ってました。」
「そんなのは無理だって。だけど、トーチの遠隔操作する魔術回路くらいは、用意しときなさいよ。寝不足になっちゃったわよ。寝不足は筋肉の敵なのに。」
「……あの、あんな遠隔でトーチを操作する魔法は、見た事ない気がするんですけど、どうやって会得したんですか?あれからレベル更新のための教会には行ってないですよね。」
「魔術回路を、夜通しで頑張って組み直したのよ。クソめんどくさすぎる。もう2度とやらない。」
「魔術回路を、組み直した……?」
魔術師の中でも、高位の研究員が、何年もかけて行うという話を、マリアは聞いた事があった。
「え……?」
瞬間――追い詰められたネズミが思わぬ力を発揮するように、魔物が息を吹き替えした。
魔物は跳躍した。
その速度は、まるで木々の間をすり抜ける風のようだった。
倒木を軽々と飛び越え、枝をかすめ、葉のざわめきだけが動きを告げる。
森番も息を呑む、普通の獣ではありえない速さ。
「あ、危ない!!」
一匹のホーンドラビットが、飛びかかってきた、
クラリッサは、そのラビットの首をむんずと掴む
「ふん!!!」
慣れた動作で首の骨を折った。
上腕二頭筋の収縮が効いている。
「お、おおおおお……お嬢様ーーー!」
マリアは膝から崩れ落ち、腰が抜けたように座り込む。
「むうん。だめね。魔物との戦闘って、瞬発力トレーニングにはなるけど、結局、筋肉への刺激は限定的だから、筋肥大には向かない。面白いけど。」
クラリッサは確信を深めた。
「やはりバーベルと食事こそが真実。一刻も早く設備を整えなければ……マリア、腰が抜けたのね。手を。」
「あ、ありがとうございます。あの、お嬢様。剣、使わないんですか?というか、手慣れすぎなんじゃ……」
「剣術合わなくて。こっちの方が早いし。それより、魔物が畜産には向かない理由がこれね。まあ、危ないのよね。単純に。」
「た、確かに。」
「とはいえ、やっぱりマリアが森に来るのは危ないわね。今度からやめましょう!」
「最初からわかってましたよね!!!!わたし、泣きながら言いましたよね!!!!」




