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転生悪役令嬢の筋肉無双  作者: 無印のカレー
中編。夏合宿

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85話 臨界点

リーシャの杖が、静かに瞬いていた。


光は、細く糸を引いていた。

辿り着いたのは、山の臓腑を抉るように穿たれた洞。


おそらくは、水の精霊の眠るであろう洞窟。


そしてその前には立ちふさがるように悪魔。


マリアが一行を静止する。


「……悪魔小鬼ディアボルグ。ゴブリンの亜種ですね。

高い再生力と痛覚の鈍麻された肉体。

それと、魔術の行使に気を付けてください。」


悪魔のようなゴブリンといったところか。

悪魔小鬼ディアボルグの全長はそこまで大きくはない。

それでも。


悪魔小鬼ディアボルグは、訪れたリーシャ達を見てぎゃっぎゃと哄笑していた。

獲物が来たぞ。

愉悦に濡れた瞳で。


「任せてください。」


マリアは、剣を構えて一歩進み出る。


そして悪魔小鬼ディアボルグの哄笑が終わる前に、マリアの足は踏み込んだ。


悪魔小鬼ディアボルグの瞳が歪み、愉悦が、疑念へ。疑念は恐怖へ。






水精霊の眠ると思われる場所へ、杖が答えを示していた。

光は脈打ち、まるで鼓動のように明滅する。


春の朝、まだ炉の火が残る台所のような、あの匂いのするような光。


その導きに従い、入り組んだ洞窟を一行は進む。



リーシャは、自身が呼ばれているような不思議な感覚を味わっていた。


遠い昔、まだ言葉を知らぬ頃に聞いた子守唄のようなぬくもりが、胸の奥でかすかに震えていた。


第二王子アルヴェルトは先行するリーシャに声をかける。


「リーシャ。その杖は?」


「おばあちゃんの形見なんだ。

こんな力があるなんて知らなかったけど。」


歩きつつ、リーシャは小さく笑う。

その笑みに呼応するように、杖は淡く煌めいていた。


「殿下。一個問題があって。

クラリッサさんから、精霊の前で愛を示してイチャコラしろっていう……無理難題が。」


「杖は、リーシャがキスをしかけた時に覚醒した。

おそらく、重要なのはキスそのものではなく、キスが近づいた事によるリーシャの胸の高鳴りなどの状態が大事なのだろう。」


「なんか、すごくロマンがないですね。その分析。理知的というか……」


「可能な限り、疑問は解消すべきだ。非常事態だからね。

それにロマンがなくても愛は尽くせる。

愛をもって人は社会を築いてきた。

社会の歩みは、平和ではない。生存戦術的に愛を用いてきたといえる

戦術は現実的であるべきだ。

……ここは滑る。手を。」


リーシャの手をとり、アルヴェルトは小さな段差を越える手伝いをする。

その差し出された手は、王子の手でありながら、ただの一人の少年の掌だった

暖かい。

リーシャは、意を決して言った。


「……私、一人で頑張らないとって思ってました。」

「頼るべきだ。少なくとも、今は。

段差を越えるように。

手を取り合って。」


手を握ったまま、お互いの呼吸の音だけ静かに重なる。

リーシャは、無意識に、王子の袖を掴んでいた。


「……もう少し、近くにいても、いいですか?」

「……もちろん。」


肩が、触れる。

温かい。

鼓動の音まで聞こえてきそうな。


リーシャは、そっと目を閉じる。探知魔術も発動するためだ

リーシャは、杖の光の先を追いながら言う。


「……殿下は、怖くないんですか?

私、実はすごく怖くて……このまま、みんな死んじゃうのかなって……」


アルヴェルトは、自分の上着を脱ぎ、そっとリーシャの肩にかけた。


ふわりと視界の端で、布が揺れ、それはあまりに自然で、あまりに速くて、彼女は一瞬、何が起きたのかわからなかった。

リーシャは、驚いてアルヴェルトの顔を見る。


さらに近づく距離。

心臓が、うるさい。


リーシャの問い。

王子は、少しだけ目を逸らして照れたように笑う。


「えっ、でも殿下が――」

「いいから。

正直に言うと……上着を君に掛けた時の方が怖かった。

断られたられたら、どうしようって。」


「断るわけないでじゃないですか!!」


「いやー、あまりこういった経験はなくてね。」


屈託なく笑うアルヴェルトに、リーシャの胸が、きゅっと締まる。


声が跳ね、洞窟の壁に、甘く反響する、そして沈黙。


横を歩くマリアは、白けた表情で思った。


──リーシャちゃんが、いきなりピンクなってしまった……

(リーシャちゃん……私達もいるんですが……いや、いーんですけどね。

恐れの中で、それでも誰かを選ぶのは大事だと思うんで、いーんですけどね!!!!別に!!!)


いきなりの甘ったるい展開に、とりあえずマリアは、周囲のアルヴェルトのお供の騎士に目配せする。


彼らも肩をすくめていた。




そして杖の光が差し占めす場所にたどり着く。


ここは山の内。

海などあるはずもないのに、遠くで波の音。


魔族はもう一匹いた。


先の悪魔小鬼ディアボルグより明らか格が高い。

先の悪魔小鬼ディアボルグが影ならば、これは夜そのもの。


戦闘は、瞬く間に開始される。


魔族は強力だった。

顕現せしは悪魔の上位グレーターデーモン。


その背後には、従属する影ども。

歪んだ魔族の取り巻きが、ひれ伏している。


戦闘開始のグレーターデーモンのその一撃で、衝撃波が空気を裂き、騎士が宙に舞った。



「下がって!」


その声は、厨房に走る号令のごとく鋭い。

同時にマリアの剣撃が拮抗する。

雷光のように速く。


無駄な油を落とすように、余分な力を削ぎ、要だけを断つ。

それは塩をひとつまみ加えるような正確さだった。


鋼と魔が触れ合う音は、鉄鍋と鉄杓のぶつかる響き。




──なにあれ。

──なんなの。


現実は、震える暇すら与えなかった。

リーシャとアルヴェルトを守るように、騎士達が円陣を組んでいたが、迫る悪魔小鬼ディアボルグに一人ずつ倒されていく。


「殿下と殿下の友人を守れ!」

血を流しながらも、誰かが叫ぶ。


リーシャは恐怖の中にあった。

アルヴェルトもリーシャを庇って怪我を負う。


爪が走り、鋭い軌跡が彼の肩を裂き、血が滲んだ。


「殿下……!」

「……無事か。」


リーシャの声が震える。

アルヴェルトは、痛みに顔を歪めながらも、笑った。


自分の傷ではない。

彼女の無事を問う。

その笑みは、震えているが、けれど確かに、優しかった。



悪魔小鬼ディアボルグが近づいてくる。


水が奔り、刃のように鋭く、嵐のように荒いが、躱される。


リーシャの魔術は、彼らとしてもの危険だと判断したのか、巧みリーシャの魔術を避ける。

彼らの動きは俊敏で、魔術自体があたらない。


そして魔術耐性も高いのか、魔術の効きが悪く一撃では仕留めきれない。

二撃でも、足りない。


最後の騎士がやられていた。

彼女の前には、傷だらけの王子がいた。


リーシャ以外、立っている味方もいない。


リーシャは、震える手で杖を握る。


涙を滲ませながらアルヴェルトの背に、そっと触れる。


「……まだ、終わってません。」



リーシャがちらりと見ると、マリアは、グレーターデーモンにかかりきりだ。

取り巻きまで対処する余裕がない。


──自分がなんとかしなければならない。


(こんなに怖いのに。

今すぐにでも泣きそうなのに。

殿下を守りたい。


恐怖と同じくらい、別の感情が膨らんでいる。

熱い。)


だが、頼みの重力魔法が発動しない。


──魔力切れ。

本格的にまずい。

後ろには洞窟の岩壁。いつのまにか後ずさっていた。


(クラリッサさんは言った。水精霊に愛を示せって。

愛ってなに?)


──選べ。


声が聞こえた。


──選べ。受け入れるか。

拒むか。


(力が欲しい。みんなを守れる力を。

彼の血を見て、

彼の笑顔を見て、

胸が締めつけられる。

あと一歩で、すべてが終わる。

終わってしまう。)


大きな力の躍動を感じる。

優しい力を。


声は深く。

優しく。

包み込むよう。

まるで「大丈夫だよ」と言うように。


少なくとも脅しではない。


「殿下、私。

みんなを守りたい。」


「ああ。」

アルヴェルトは頷く。


リーシャが覚悟を決めた瞬間だった。


怖さが消えたわけじゃない。

でも。


──契約は成立した。


力が溢れた。





リーシャの持つ杖に、青い輝きが宿る。


それは冷たい光ではない。


海のように優しく。

空のように広く。

抱きしめるように。


そして。


「ここから先は、だめ。」

悪魔小鬼ディアボルグが吹き飛ぶ。



「リーシャ?」

アルヴェルトが呟く。


「あ……何これ……私が……消えて……」


守りたいという想いが、形を持ちすぎてしまったもの。

魔力が溢れる。

溢れて、溢れて。止まらない。







リーシャは暴走した。

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