82話 腹パン後
衝撃は術ではなく、打撃。
それは腹部に落とされた雷。
腹パン。
雷よりも鈍く、
雷よりも重く、
雷よりも近い。
腹の内部で、何かが弾けていた。
魔族の体は二つに折れて、地面へと蹲った。
腹部を抱え、黒き血の巡る臓腑を押さえつけながら、彼女は己の肉体を内側から破壊された感覚を知る。
――あり得ない。
(人間を、
エルフを、
獣人を。
膨大な魔力と、強力無比な魔術をもって、ありとあらゆる戦場を蹂躙してきた。)
内と外の感覚が裏返っていた。
熱いのか、冷たいのか。
痛いのか、痺れているのか。
「……ぐ……っ……ご、ぁ……っ……っ、ぁ……!」
ハンマーで殴られたような衝撃に、声にならぬ音が、裂けた呼気となって零れ、込み上げる。
胃が痙攣し、横隔膜が攣り、呼吸が奪われ、詠唱を紡ぐことが適わない。
──声が、出ない。
(……何をされた……?
ただの暴力?いや、こんな……ありえない……オーガの攻撃すら防ぐ魔法障壁がガラスのように……
重層防御。さらに自動展開だぞ……)
ごぽっ……
びちゃびちゃ……
嘔吐する。
その傍らで。
殴り終えたまま、立ち上がることすら叶わぬクラリッサが、砂にまみれて這っていた。
「……下半身が利かない……
クソ……一撃で……仕留める気だったのに!!!
……でも、もう一発でいけるかな??……うへへ。
その様子だと。」
低く、喉で転がすように笑ってはいた。
壊れかけた獣のような。
クラリッサも同じように這いつくばっている。
肘で砂を掻き、指で掴み、無様に這い進んでいた。
その痛ましい姿で、目だけが気味が悪いほどギラギラと力強い光を宿したまま、魔族を見ていた。
獲物を追い詰める、捕食者の目。
理を食い破るガンギマリした目。
──ひっ。
──距離を取れ。理解ができない!!
(ただ、跳べ。上空へ。レヴィヤタンの所へ!!)
それが生存本能。
魔族は、よろめきながら後退すると、悶絶しながら去った。
レヴィヤタンは空を裂き、離脱する。
クラリッサはまだ進む。指先で砂を掴みながら。
「……あれ……?逃げた……?まじで?」
笑う。
レヴィヤタンの背に乗って去っていく。
その空飛ぶ鯨の背は、夜のように滑らかで、鱗は月光を反射し、吐息は潮の匂いを運んだ。
女魔族はその背に身を預けた。
ゲロ女が去った。
レヴィヤタンは、島の上空を回遊していた。
マリアは駆け寄る。
砂に伏したクラリッサが、薄く笑う。
「良かった。マリア。間に合ったのね……」
「お嬢様!!ご無事ですか!?!?」
「まーね。
といいたいところだけど、限界よ。ごめん。まずは寝るから。」
「お嬢様!?」
「イベントも大詰めってことよ。
とにかく1,2時間寝る。
なんかあったら起こして。」
「ところで……あれ……なんなんですか……?
あれ……もう寝ている……」
マリアに抱えられて、クラリッサも寝ていた。
さきほどまで猛獣のような顔をしていたが、今はただの安らかな寝顔。
長い睫毛が影を落とし、唇はわずかに開いている。守られるべき姿。風が髪を揺らす。
「……むにゃむにゃ……あと100レップ……」
──はっ!?夢の中でまで筋トレをしている!?!?
※レップ⇒レセプション(反復)の事。
──少しだけ時は、さかのぼる。
リーシャは飛行魔術を扱えた。
優雅に夜を滑り、先行して彼女達はその島へと到達した。
飛行魔術を用いて、そっとそこへ着陸し、彼女らは上陸する。
そしてリーシャの喉から、無垢な音が零れた。
「え……?」
リーシャは思わず漏らす。
島を埋め尽くすように 魔物の屍の山が広がっていた。
折り重なり、踏み場を失わせ、血と砂が混ざり合い、夜気に鉄の匂いを漂わせる、足の踏み場もないほどの魔物の群れ。
モンスタービートが起きたのではないかと言われるほどの。
すぐさまマリアは、死体を検分する。
「クラリッサお嬢様ですね。
魔物の死体が、全て人体を用いて破壊されています。
拳の痕跡。力任せにねじ切られた跡……お嬢様の戦い方の特徴です……ブラッドオーガの死体もある……」
「え……はい……?意味が……女子……?」
その時、巨大な閃光が、夜の闇を切り裂き、島を揺るがした。
「な、なにあれ」
酷く場違いはところに紛れこんだ感覚。
自転車で高速道路に紛れ込んでしまったような。
「リーシャちゃんは、ここでアルヴェルト殿下達が見えてから合流してください。
急ぎます!!」
マリアは、返答を待たず走った。
マリアは、間一髪間に合った。そして。
クラリッサは起きた。
白い頬は、青白い。
薄く波打つ金糸の髪が、頬にかかっている。
マリアに起こされたともいう。
──眠い。
(でも、さすがに起きないとまずい。)
とりあえず腕立て伏せする。
覚醒を促すためだ。
極めて美しいフォーム。
やはり、ここぞ(※寝起き)という時に頼りになるのは筋肉。
そして何事もなく、クラリッサは上空を確認した。
マリアも慣れたもので、何もなかったように阿吽の呼吸で付き従っていた。
レヴィヤタンの動きが、回遊から警戒のそれと変わっていた。
軌道が狭く、旋回が低く、尾の角度が鋭い。
──戻ったんだ。
(くそ。腹部の爆散に失敗した。
もっとえぐり込めばよかった。
今更戦闘技術の評価したところで、どうにもなんないけど!!
そもそも、私の専門って筋トレであって、戦闘じゃないんだけど!!)
おそらく、高位魔族の腹の具合が落ち着いたのだろう。
レヴィヤタンの行動は、彼女の意思の反映
──くる。
上空。
レヴィヤタンが高度を落としはじめ、旋回半径がさらに縮む。
警戒から、攻勢へ。
──下半身がきかなかった。
あの時、あと数センチ、あとわずかに深くえぐっていれば、終わっていたかもれないのに。
軟弱な下半身達め。
後でガクブルになるまで鍛えてやるから、首を洗ってなさいよ。
大腿四頭筋!
大腿二頭筋!!
骨盤筋群!!!
腸腰筋!!!!
──etc!!!!!




