81話 マリアが到着してぶん殴るまで
躊躇はもはや贅沢であった。
洞窟は深く、湿り気を帯びた闇が肺にまとわりつく。
滴る水音は、まるで死神の指先が時を刻むがごとく、冷ややかに反響していた。
魔族は影を纏い、額には二本の角。
瞳は赤く、背には翼。静かに嗤う。
その姿が言外に告げている。逃げ場はない、と。
──自分を俯瞰しろ!!逃げ場など、最初からない!!
(呼吸、乱れ。
視界、狭窄。
筋繊維、過負荷。
覚醒時間、臨界超過。)
戦力評価。
──すでに後がない。
(コンディション、万全時の1~2割。
瞬間出力のみ6割まで上昇可能。
持続時間、極短。
回避性能、著しく低下。
被弾許容量、極小。)
結論。
長期戦、不可能。
持久戦、論外。
最適解。
――初撃全振り。
立ち止まる事は。死の宣告を意味した。
ゆえに。
クラリッサは、奥に立つ高位魔族へと。全力で踏み込んだ。
岩床がひび割れ、衝撃が洞窟を奔る。
骨を軋ませ、腱を悲鳴させ、命そのものを推進力に変えるような踏み込み。
血を吐くような思いで放たれた、魔族への全力の一撃。
拳は流星。
衝撃は、岩をも砕くほど。
対して魔族の纏う結界は、光り輝く盾。
蒼白の光が円環を描き、拳を受け止める。
塵と光の線を描きながら、派手に吹き飛んだが、衝撃は通っていない。
衝突の衝撃で洞窟の壁が一部崩壊する。
──拳が、届いていない。
──結界を砕けなかった!!!
そして魔族は何事もなかったように起きてくる。
余裕すら浮かべながら。衣に塵を払い、余裕すら滲ませ。まるで夜の淵から響く悪夢のように。
「せっかちね。」
焦りがクラリッサの胸を刺していた。
──うまく体重が乗らなかった。
(あんな軟弱な結界一つ破れない!!
踏み込みが浅かった!!へこむっ!!
勝率は、深淵へと沈んだ!!)
「信じられない。
本当に人間?
生意気。絶対に惨たらしく殺す。」
それが言った。
クラリッサは拳を構えつつ、唇を薄く歪める。
「ウケる。羽虫が吠えてら。」
絶望を嘲笑し、首を鳴らす。
残ったのはただ一つ――戦意。筋トレでも最後に頼るもの。つまり気合。
それら全てを握り込むように拳へ。
そして枯れた声を吐く。
■■■■ーーーー!!!!
迷いを削ぎ、恐怖を砕き、精練された刃のように覚悟を研ぎ澄ます。
そうしなければ、重量には克てないから。
死が、洞窟の奥底で燃えていた。
高位魔族が指を鳴らす。
空間が裂傷のように口を開き、異常種を含む魔物が次々と這い出る。
鋭い衝撃が彼女の頬を裂いた。血が飛ぶ。
だが同時に、その爪を振るった魔物の喉は砕かれ、絶命の音を立てて崩れ落ちる。
──秒で死ねる。これ!!
(包囲。
多方向同時攻撃。
回避限界、接近中。
数。質。圧が増してる。
増援は不明。おそらくは無限。)
「やるじゃない人間!!
だけどいつまでもつかしら!!!」
言葉の通り、長くは持たない。
攻撃は重く、直撃すれば、クラリッサにダメージは蓄積する。
積み重なれば、足がとまる。
あとは終わりまでひた走る事になる。
──止まれば死ぬ。なら止まるまで走れ。
ちらりと状況を確認する。
取り巻きの処理は続けており、床には積みあがる残骸。
敵が減らない。
続々と追加投入され戦場を満たす。
──わかっている。これは理不尽なイベント戦だ。
おそらく無限沸き。
馬鹿げた強さを宿すボスに、その異常な強さの取り巻き。
倒しても、死しても、また現れるのだろう。
結末は二つ。
クラリッサが、死ぬか。
あるいはフラグを満たして、結界を解除するか。
そのフラグとは、リーシャの恋愛フラグだ。
リーシャが誰かと恋人になる事が、戦いそのものの鍵となる。
戦いの趨勢が、他人の恋で決まる。
──冷静に考えるとあまりに滑稽で馬鹿げてる。
けど、まあ、やれるだけやってやる。
魔族か、レヴィヤタンのどちらか、もしくはその両方を処理するまで戦闘は無限に続く。
配下の魔物を全て処理する。
惨殺された死体が、戦いの余韻と血の香りを満たす。
「人間にしては頑張ったわ。ほめてあげる。」
「……ぜぇ……ぜぇ……
とりまきに終わりあるんじゃないのよ……いいなさいよ……
最後までやっちゃったじゃないのよ……
……ぜぇ……ぜぇ……」
「もう、限界みたいね。オーガみたいな人間。
ううん。
オーガよりしぶとい。」
「あんな……軟弱な、筋肉と一緒にすんなっ……!!」
言葉だけは精練された刃のように鋭い。
場所は移動していた。洞窟の外。
そして、魔族に制御され、深い青の艶やかな鱗をまとう空飛ぶ巨鯨が首をもたげていた。
討伐推奨レベル60。
レヴィヤタン。
青い光が充足していく。
クラリッサの膝が折れる。
膝が悲鳴を上げ、砂や岩を噛みしめている。
自分の足ではないかのように、動かない。
──オールアウト!?!?
このタイミングで!?!?
まずいっ、立ち上がれない。
(本格的に疲労だ。
立てない。終わる!!)
「思いのほか楽しめた。ゴキブリ。」
「お嬢様!!!」
すんでのところで、マリアがクラリッサの体を抱えていた。
レヴィヤタンからのビームが、すさまじい光とともに地形を洗う。
「マリア……
助かったわ。間に合ったのね。」
「はい!!!みんなも来てます!!!」
「マリア!!!
とりあえず、あのクソ女の所に私を投げて!!全力で!!!今あいつはこっちを見失っている!!!今なら届く!!!」
「え……投げる?」
「そうよ。絶対にほえ面かかしてやる。
あのクソ女のところに全力でぶん投げて!!!」
「わ、わかりました!!!!」
マリアは、全力でクラリッサを投げた。
汗と血に濡れた顔を上げ、目に炎を宿し、クラリッサは弾丸となった。
「いいように、やってくれたわね!!この変態蝙蝠女!!
露出度多すぎなのよ!!!
水着きてれば殴られないっておもわないことね。私はジェンダーレスを体現しているんだから!!!
ジェンダーのコンプラは私の前には無意味なんだから!!!!」
ストレスが溜まっていたので、口撃がとまらない。
そして。
──どごおおお!!!!!
入った。今度こそ。
血のように熱い怒りを乗せて。
「宇宙開闢と等しい私の怒りパワーで、未来永劫、腹を殴られた腹痛に悶え続けろ!!!!」
オーガの内臓すら破壊する腹パンが、高位魔族に直撃する。
死ね。
いや、死すら生ぬるい。
絶対に殺す。
殺して尽くしてやる。クソ女。




