80話 空より現れ出ずるもの
ウォークライは、世界中の戦士文化に必ず存在する。
アウストラロピテクス(約400万〜200万年前)前においてそれは、戦闘ではなく威嚇。
ウォークライは以後だ。
古代ギリシャ。古代ローマ。ヴァイキング。中世騎士。
そして日本。
鬨の声として伝わる。
戦士という存在に、必然として宿るもの。
それは筋トレにも通じるところがある。
「■■■■ーーーーっ!!!!」
普段のクラリッサなら『ライウェイ(※クソくらえ)』。
獣じみた、声。
勇気を奮うものではなく、恐怖を制御するための技術。
叫びは盾と盾を縫い、敵の胸を先に砕く。
恐怖に呑まれないための自己同一性の固定。
ブラッドオーガは、数合を経て完全に沈黙する。
地は赤く染まり、空気は静まりかえっていた。
戦闘音だけが、響く。
相対するものからは悪魔と、呼ばれてもおかしくない。
夥しい魔物の群れ。
その全てを、クラリッサは倒した。
肩で息をする。
──まずい。一撃で倒せなくなってきた。
というか、とうとうブラッドオーガまで、当たり前のように混ざって出てきたんだけど。
あのくらいになると、肉と骨は図太すぎる。一撃で沈まない。
異常種じゃないんか。
たまに張り切っちゃうから、異常種とよばれるんじゃないんか。
──そして眠い。
(そろそろ30時間か……まじでずっと、襲撃してくる。
間断がない。
完全に殺しに来てる……)
喉が熱く、瞼が重い。
意識の縁が溶けはじめるような、危うい微睡。
木に寄りかかる。
襲撃にはウェーブ、波がある。
群れと群れの間の、そのわずかなレストタイムに、せめて息を整える。
その間にも、遠くで枝が折れる音。
まだ近くはないだろう。数十秒か。
──1時間に一個ずつ上がってる感じ。
──今の推奨レベルは30ってところか。
(一撃で殺せなくなってきた以上、タイムリミットは近い。
処理速度の低下だ。
一体を仕留めるのに二撃。二撃が三撃へ。
その差分が、波の圧へと転化する。)
魔物の対処に手間取れば、一気に飲み込まれる。
崩壊点は驚くほど近いとみていい。
こちらは個人、向こうは群れだ。
均衡点を越えた。
死ぬ思いで獣種の上位種を手で引き裂いた。
牙は大剣のごとく、爪は処刑具のごとく。
骸狩虎。
能力特性、一撃離脱特化型。
──あっぶね。処理完了。
耐久力ゴミで助かった。
「……」
いくら待っても群れが来ない。
血の匂いを合図に、次の波が押し寄せるはず。
沈黙が続く。
──終わりか?
(この地獄は、ここで幕を閉じるのか。
終わりかな?)
いや、終わってない。
負荷が引き上げられたのだろう。
威圧感と殺気があたりを潰している。
クラリッサをして、息が詰まる。
クラリッサは、高く飛ぶ前の助走のような沈黙と静寂を得て、風が止んだ空を見上げた。
雲が裂け、蒼穹が、歪んでいた。
レヴィヤタン。
──討伐推奨レべル60
それは山のようであり、
それは島のようであり、
そしてそれは、そのどちらでもなかった。
その巨体は、雲海を泳ぎ、大気を海として悠然と進む。
口を開けば嵐が生まれ、尾を振れば大地が揺れる。
神代に海を統べたもの。
天へと追放された古き怪物。
それは、天そのものが落ちてきたような理不尽さがあった。
空中回遊型大型魔物、レヴィヤタン。
空飛ぶ鯨。
異常種のさらに上。
超越種。
──マジかよ!!!!
マジででかいの投入してきやがった!?
万全でも厳しい!!気を抜けば即死!!
影が落ち、森が沈む。
レビィヤタンの巨大すきる質量が、大地に直撃した。
空気が圧縮され、瞬間的に白く弾ける。
それは正しく爆発だった。
衝撃波が森を薙ぎ払い、森の幹が折れ、岩が砕けた。
続いて爆風。
地表がめくれ上がっていた。
天が、地上に触れていた。
鯨のような曲線。
巨大な影が、ゆっくりと身を起こす。
だがその巨大な眼は、深海の闇より冷たい。
──くそ。
──純粋な質量と速度だ。魔力は一切皆無。
──フィジカルでは負けたくはない。負けたくはないが……!?
直撃したら吹き飛ぶぞ。流石に。
レヴィヤタンの喉奥が、蒼く灯る。
空気が震え、音が消えた。
ビームだ。
圧縮された大気か。
凝縮された魔力か。
あるいは、天そのものの吐息か。
“Out of his mouth go burning lamps, and sparks of fire leap out.”
(その口からは燃える灯が出で、火花が飛び散る)
“When he raises himself up, the mighty are afraid.”
(それが身を起こせば、勇士たちは恐れおののく)
──旧約聖書より。『ヨブ記』。41章。(※コピペ。)
ビームが地形を洗った。
地形が砂塵に薙ぎ払われる。
クラリッサは、跳んでいた。
考えるより先に、身体が動く。
爆風の逆流を踏み台に、崩れ落ちる幹を盾に、地面を転がり、岩陰へ。
二射目。
空気が悲鳴を上げる。
視界の端に、黒い裂け目。
洞窟。
そこしかない。
導かれたのではない。
追い詰められている。
三射目が地を抉るその直前、クラリッサは岩壁の影へ転がり込んだ。
──生きている。
だが洞窟は沈黙しているが、外ではなお、天が吼えている。
──どうしよ、これ……
多分だが、レヴィヤタンはボスだ。
これをクリアすれば、一連のイベントは終わりだろう。
さらに強いものがくるとするなら、大陸が崩壊しかねない。
さすがに、これ以上の対処は無理だ。
──いずれは……
(いや、流石に厳しいか。)
レヴィヤタンですら、クラリッサを持ってしても限界を超えていた。
レイドボスみたいなものだ。
単独で相手をするような規模じゃない。
疲れた様子のまま洞窟を歩く。
そしてその先に人物がいた。
それは女性の姿をしていた。
背には羽。
長い尻尾
妖艶な微笑み。
破滅の化身。
人外の極み。
高位魔族と称されるもの。
「やあ人間。
そろそろ死になさい。しぶとすぎ。」
魔力が、クラリッサを貫く。




