77話 コンパ回
無人島。
それは人を拒む地。
島の背は、異様に隆起していた。
山合いには、洞窟がいくつかあった。
溶岩が流れ、咆哮し、冷え、固まったのちに残された通路。
風穴だ。
雨。
洞窟の奥で橙の火が、ぱちぱちと静かに鳴っている。
クラリッサは、そこにいた。
腰掛け、膝に手をつき、火の揺らめきをじっと眺めている。
濡れた外界を背に、ただ己の気配と、己の呼吸と、鼓動をひとつずつ研ぎ澄ますように。
そして立ち上がる。
首を鳴らす。
光と闇の境界。
新たな魔物の影が、洞窟の入り口に姿を現していたからだ。
ドゴオ!!!
大地を割るほどの踏み込みと、全身の連動。
踵、膝、腰、背、肩、肘。
制御を経て、寸分の狂いもなくそして拳へ。
腹パンが。オーガの腹を貫く。
巨躯は一瞬、理解を拒むように静止し、崩れ落ちた。
一撃だ。
──悪いけど、手加減してる余裕はない。
──近づいてきたら、全部殺すから。
戦闘の最初から。
いや、戦闘の前から躊躇を一切除いた瞳で、クラリッサはオーガを見下ろす。
腹は爆散している。
器としての意味を失い、巨躯は内側から否定されたかのように沈黙している。
ためらいも、感情も介在しない。
――首をかかとで一撃。
形を残したオーガの首を、踏み込みで断ち、洞窟に鈍い音が鳴る。
呼吸を整え、なおも数瞬、視線を落としたまま。
完全な静止を、念入りに確認し、クラリッサは踵を返す。
魔物の襲撃は続いていた。
最初にゴブリンと接敵してから、襲撃が途切れない。
体力が削られ続けている。
余裕はないとみていい。
対処はまだ可能だが、状況は現状以上に厳しい。
筋繊維の修復がある程度終わっていた。
危うい均衡であった
下手をすれば、数秒しか全力を出せずに死んでいた。
日が暮れる。
空は色を失い、無人島は輪郭だけを残して闇へと沈んでいく。
長い夜になりそうだ。
──マリア。頼んだわよ。
(私死ぬからね?このままだと。)
手紙は届いただろうか。
いや、策と言うには稚拙すぎるし、保険にも満たない楔のような一手。
仮に届かなかったとして、この襲撃が無限に続くとして。
思考は冷えていた。
計算していけばわかる。
ただ、確かめたい気持ちもあった。
──本当に、殺せるかな?この私を。
海合宿で遭難したクラリッサの正しい結末は、死亡、あるいは怪我。
平民であるリーシャに救われ、感謝と同情と評価の反転によって、クラリッサは少しずつ学園での立場を削られていく。
筋書き通りの結末に至るため、危機は段階的に用意され、結末へと導くための装置として配置されている。
強くなる魔物や、尽きる事のない魔物の群れ。
予定調和された、線路のような運命。
分岐は存在せず、脱線はない。
――バキッ!!!!
鈍い音とともに、
手をついていた洞窟の岩が砕け散る。
純然たる握力。
すでにクラリッサの中の獣は、目を覚ましている。
拳を鳴らす。
やってみなさいよ。できるものなら。
夏合宿最終日。
夕暮れの夕餉。
夏のバーベキュー。
その一画は華やかだった。
まるで海そのものが、宴のために整えられたかのように、砂浜は布と灯りで彩られ、波は音楽のように寄せては返していた。
合同コンパ会場というか、もはや海のパーティ広場だ。
学生達。教師を含めて、そこに注目していた。
砂浜に設けられた高台に、晩餐会の為の特設ステージが築かれていた。
ダンスホールのような広さ。
そしてひと際装飾された、貴族のホールを見まがうような火と光。
テーブルには、白布が張られ、器は整えられ、
食事という名の供物を待っていた。
装飾は布、紋、花、金属。
祝祭が本気であることを主張する。
明かりの火は、海風に揺れ、踊る。
海と空の境界を曖昧にし、この場を現実から切り離す。
この時の為だけに作られた、最後の晩餐会場に選ばれし者たちが集結していた。
まず女子。
魔術学校でありながら、学園最高峰と名高いアイドル的な女子。
名のある貴族でもあり、同時に主力格の綺麗どころだ。
すごく、目を奪われる。
それほどまでに、どこの婚活かなと思う程に完成されている。綺麗だ。
夕暮れの海を背に、彼女たちはまるで海の姫。
肌に光を纏い、水着は衣装となり、笑顔は装飾となる。
水着ファッションショーのような顔ぶれ。
――だが、その大いなる華やかな円環の外。
ステージの隅。
視線の奔流からこぼれ落ちた隅っこに、リーシャとマリアは立っていた。
「ねえ!!マリアさん!!激しく!!激しく場違いなんだけど!!!」
「大丈夫です。胸おっきいんで。
いざとなったら、胸を押し付けて切なそう表情すれば終わりです!」
「む、無理だから!!そんな腹くくれてない!!あとなんでこんな豪華な装備つけてるの私!!」
「本来、お嬢様のおめかしように、私が持ってきていたものです。そして全部グランディール産です!!経費はお嬢様持ちです!!」
「ねえ!!
なんでマリアさんはメイド服なの!?」
「いや、ちょっと巻き込まれたらめんどくさそうだなってのと、私の勝負服です!!」
「微塵の迷いもなく、本音がもれてる!!もれてるから!!!」
合コンはすでに危険域へと突入していた。
笑い声。
波音。
火の爆ぜる音。
祝祭は、無慈悲に美しい。




