76話 頼みの綱
雨が打ちつける夏合宿。
そしてその荷物。
衣類、魔導書、参考書、保存食。
マリアの荷物の中に、見慣れない羊皮紙が紛れ込んでいた。
古い香油と墨の匂いを失っていない。
急いでそれを広げる。
手紙は2枚綴り。
端は丁寧に揃えられ、折り目は儀式めいて正確。
1枚目のその手紙は、その書き出しから始まっていた。
マリアへ。
※もしこれを読んでいる時に、私がマリアの近くにいれば、読まなくていい。
※もしマリアの近くにいないなら、2枚目に読み進めて。
2枚目へ。
2枚目に来たのね。
大変だろうけど頑張って↓
解決策だけ提示する。
タスクをこなし、ミッションをクリアせよ。
①▶︎指令。
『可及的に速やかにリーシャを含めて、合コンを設定し、リーシャの恋人を作れ。』
②▶︎指令の成果報酬。
『そうすれば封印は解ける!!!』
内容は端的。
あまりにもそっけない。
余白が多く、言葉は削ぎ落とされ、感情すら意図的に省いている。
だけど。
だからこそ、胸にくるものがある。
「お嬢様。さすがです……。」
マリアは、賞賛とも諦観ともつかぬ声とともに、その残された手紙をそっと大切にしまう。
クラリッサの事だ。
人には見えていないものが見えている。
なんらかの手段で、自分が行方不明になる事も予見していたのだろう。
未来の歪み。
運命のいたずら。
そして――自分が、この場から消える可能性すら。
クラリッサの思考の本質は冷たく、そして自分自身すら駒としてみるほどに残酷である事を、マリアはすでに知っている。
ただ。
「……」
マリアの脳裏に、必死な推論が走っていた。
そしてマリアは、首を傾げた。
──お嬢様。合コンって何ですか!?!?
コンソメ料理かな???
とりあえず第二王子アルヴェルトに相談した。
クラリッサの事を理解し、そして動ける人物は限られている。
アルヴェルトは王家の血を引きながら、なお理に耳を傾ける男。
今、この状況を受け止め得る者は、彼を置いて他にいない。
マリアは、走るようにそこに向かう。
夏合宿の教室。
窓が甘ガラスを叩いている。
雨に閉ざされている。
教室には、アルヴェルト陣営の者たち。
机上には課題書。
羊皮紙と魔導板が並び、雨なので、課題に取り組んでいるのだろう。
扉を開けて、マリアは一礼をしながら進みでる。
「マリアか。」
「殿下すいません。お嬢様からお手紙が。」
「すまない。皆。少し外す。」
声は柔らかい。
それは主が家臣を呼ぶ声であり、同時に、友を迎える声でもあった。
改めてマリアは経緯を話した。
雨に紛れ込んだ手紙。
そこにあった、簡潔な指示。
そして――主の不在という状況。
アルヴェルトは、込められた重みを正確に受け取った。
そこに込められた、覚悟と信頼の重さもあますところなく。
「わかった。合コンを設定する。」
改めて、マリアは深く一礼した。
それは形式ではない。
理解者へ向けた、静かなる敬意。
「殿下。ちなみに合コンってなんですか?」
「合同コンパ。恋人を作るための出会いの場だ。」
「へー……?」
一切の比喩なし。
装飾も、逃げ道もない。
第二王子の声は、真実だけを運ぶ。
政策をつげるように。
「ええええええ!!!!」
なんで!?!?
運命は今、恋愛イベントという名の禁忌領域に致命的に踏み込んだ。
マリアは、とりあえず指示に従い、リーシャを誘った。
そこに躊躇はない。
マリアには迷いしかないが、大抵クラリッサの指示は、頭がおかしい。
思考停止で行うに限る。
慣れたものだ。
とはいえ、なぜ合コン。
なぜ行方不明の解決策に、合コン。
選択としては果てしなく致命的な気もするが、主であるクラリッサの指示だ。
合宿場での。リーシャの部屋。
部屋でリーシャは、ダンジョンから持ち帰った装備を身に着けていた。
魔術的補助、身体強化。
それとは別に、確かにアクセサリーはリーシャの魅力を引き立てていた。
「リーシャちゃん。似合ってます。
ダンジョンのドロップ品が、少し残ってたんですね。」
「ち、違うの!!服を整理してたら、ポケットの中にマジックアイテムが残ってるのをさっき見つけて!!
ネコババしようとしたわけじゃないの!!
試しにつけたら、思いの外可愛くなった自分にみとれていただけだから!!
ちょっと男子を誘惑しようと思っていただけだから!!」
リーシャは、びくりと肩を跳ねさせ、地雷を全力で踏み抜いていた。
だがマリアは揺るがない。
言葉は冷酷なまでに合理的。
「いえ。リーシャちゃん。それでいいです。
むしろそこに、リソースの全ブッパをお願いします。」
「はい……?」
「合コンを行います。
明日の夜。時間を空けておいてください。
クラリッサ様の手配で、アルヴェルト殿下に動いて頂く事になりました。
なので早急におめかししてください。私も手伝います。」
「合コン?いやいやいや。無理でしょ。
だって今夏合宿中……ただでさえ男女異性交遊に厳しい状態。
学校も相当目を光らせているから。」
「王権によって、その時だけ夏合宿のルールが書き換わりました。」
「へえ……王権……」
リーシャは目をぱちくりする。
「……はい?」
おめかし中。
マリアの手は迷いなく動く。
リーシャは、椅子に座り、されるがままにされている。
髪は整えられ、装備は過剰なほどに調和し、
本人の意思とは無関係に、完成へと近づいていく。
慣れたものだ。
おめかしはメイド業の本業。
どんな地味顔も、化粧と衣装で華やかに仕立て上げて見せる。
「参加者は……?」
「アルヴェルト殿下をはじめとして、権力があってイケメンでイケナくて、色気が過剰搭載の危ない人たちです!!
絶対リーシャちゃんも気にいると思います!!!
……と殿下が言ってました!!!」
「ええええええ!!!!」
合コンはアルシェリオン王国史上最速で設定された。
前例はない。
アルヴェルトは条件にあう人物を最速で集めた。
夜の夏合宿最終日。
アルシェリオン王国魔術学校において
最も不真面目で。
最も危険な儀式が。
今、静かに始まらんとしていた。
ドキドキ合同コンパが始まる。




