71話 ダンジョン回
彼女達は、大地の怒号と海の咆哮の中を、ただ駆けまくった。
ダンジョンの崩落。それは地形破壊と海水の流入にあり、結界の保持は限界があった。
海水から逃れるためには先へ進むしかなかった。
濡れた砂を蹴り、岩陰を縫い、息が肺を灼くまで走り続ける。
やがて、潮騒が少しだけ遠のいた。
やがて方角を失った頃、肩で息をしながら一息つく。
断崖の陰。
岩肌に背を預け、肩で息をする。そして沈黙。
その静けさの中で、リーシャはようやく周囲を見回した。
――あれ?
そこには、もはや通れていたはずの「道」はなかった。
岩壁の一部が崩れ落ち、砂と岩が斜面を塞ぎ、打ち寄せる波が足元まで達し、潮位は確実にせり上がり、泡と轟音の海に呑まれていた。
リーシャは気づいた。
──あれ?これ。どう考えても帰れなくない?
──あれ?非常にまずくない??
クラリッサは肩をすくめて淡然としていた。
「うーむ。
地形があんなにもろいなんて、岩盤自体もそこまで強度がなかったのかもしれない。
不覚。ちょっと力加減を間違えたわ。」
「そうですよお嬢様。
あの程度なら、投石でなんとかなったと愚考します。」
「そうね。
私としたことが、ボスと聞いて身構えてしまったのかも。
魔王戦線と同じように考えてしまったのかもしれないわ。
あそこボスかエグすぎたの。
失策だったかもしれない。」
「ここは、魔王戦線ではありませんので。
ドロップアイテムもとれませんでしたね。」
「う……夏合宿における探索成績は、ドロップアイテム判定だっけ。勿体なかったわ。」
リーシャは大して聞いていなかった。
──帰り道が……
え?
遭難??
リーシャは、ふらりと杖を構えた。
重力魔法をうまく使えば、瓦礫を撤去するかもしれない。
「リーシャ。
そこを破壊するのは面白いけど、水入ってくるからね。」
そうじゃないからー
そうじゃないのー
リーシャは泣いた。
「泣くほど階層主を倒せたのが、うれしかったのね。」
ちげーよ!!!!
先へ進む。
洞の奥、岩の割れ目に、宝箱があった。
この湿り気と、岸壁に囲まれた中で、それは人工物として不自然に整っていた。
「宝箱ね。どうする?」
「あけました。」
「は、早いわね。」
「冒険者業も長かったので、シーフ系のスキルも会得しております。罠はありませんでした。
さ、どうぞ。」
「小さな髪飾り。
両手塞がるのもアレだし、リーシャにでもつけときましょう。」
リーシャは大して聞いていなかった。
大分びびっていた。
さすがのクラリッサも気が咎めてきた。
ダンジョン探索におけるリーシャの同意は取ったが、完全に心がここにない。
絶望している。
クラリッサは、岩壁の輪郭をなぞるかのように指先で触れた。
「リーシャに悪いし、地形破壊してショートカットする?」
「お嬢様。
その思いやりは逆に追い詰めるだけですよ。
普通に行きましょう。」
「残念。」
さらに進む。
また、岩陰に宝箱。
「また、宝箱ね。
探索スコアの跳ね上がりを感じるわ。」
「そうですね。
最初はどうなるかと思いましたが、このままだと学園トップになるかもしれませんね。」
「次はイヤリングね。
段々欲出てくるけど、あまり大きいものは持って帰れないのよね。
まあ、さっさと踏破しましょう。
転移陣で帰れるだろうし……」
「か、帰れる?
帰れるの?」
リーシャが再起動した。
「踏破すればね。ダンジョンだもの。帰れるわ。」
「そっか。だから2人ともそんなに澱みなかったんだ。
はやく言って!!もう二度と帰れないとばかり……ホントは帰れないとかじゃないよね?希望持たせてるだけとか。」
「馬鹿ね。リーシャ。最悪、壁破壊して泳いで帰ればいいのよ。
みんなそうしてる。」
「むーりー。」
「お嬢様。ナチュラルに嘘をつかないでください。
それは、お嬢様しかできません。私もそれは厳しいと思います」
「厳しいって言われると、ついやりたくなるのよね。」
「絶対にやめてくださいね??」
水性魔物。洞潮鱈≪アビスタイド・コッド≫。
湖の岩陰から飛んできた。
巨大な鱈は水しぶきを蹴立て、空気を裂く音とともに宙を舞う。
「よっと。」
クラリッサは。二本の指でビチビチする巨大な鱈を鹵獲。
素早く三枚に下ろすと、火魔術で調理する。
味つけは塩水。
まさに生と死の狭間で生まれた、戦の饗宴。
手早く調理され、差し出された魚料理にリーシャはひくついていた。
「ね、ねえほんとに食べるの?魔物だよ?」
「生きて帰りたいなら、一択でしょうね。」
「ぐ……
生きたい。
偉大な魔法使いになって見せるんだから。」
そして魔物に齧り付いた。
「おいしい……」
それも、非常に。
味だけは完全なる白身魚の如き味わい。
岩に腰を据え、今後の攻略の話を2人は進めていた。
「この層、水路が多いわね。
さっきのケイブタイドが出るってことは、この先も同系統の兆候。
ならしばらくは、大丈夫かな。」
「はい。
幸い、このダンジョンの構造は横道が少ない形です。
マッピングの手間がほとんどかからないのは助かりますね」
「……となると、問題は深さか」
「そうなります。
先ほどの崩落で戻るのは難しい。
食糧に関しては、魔物で当面問題ありません。
日をまたぐ可能性が出た場合は、調理と休息のローテーション次第ですが……
安全地帯の選定は、早めに行った方がよろしいかと。」
「そうね。
水路近くは避けたいわ」
「同意します。
増水と奇襲のリスクが高い。
……それと、リーシャちゃんの魔力の問題があります。
あまりダンジョンに慣れていないようですし、自分の限界に気づきにくいタイプかもしれません。」
リーシャは、びくっと肩を震わせた。
「……え、あ。まだ大丈夫だけど……」
「なるほど。
無理をしても、表に出さないタイプかもね。
消耗が蓄積してから、一気に崩れる可能性がある。
じゃあ、魔力使用は区切って管理しましょう。
本人の自己申告は、参考程度で。」
「妥当かと。」
クラリッサは、顎に指を当てる。
当人を前にして、あまりにも冷静に戦力計算の話が進む。
──すごく手慣れている。
(なんか、私の中の貴族とメイド観がどんどん崩れていくな……)
多分、この二人限定なんだろうけど。
「どうでもいいけど、リーシャ。
あなた、ダンジョンをファッションショーか何かと勘違いしているような様相よね。」
道中の宝箱とドロップアイテムのせいだ。
リーシャは不自然に、腰のベルトや肩のストラップ、腕輪やイヤリング、胸元の小物まで、全てごちゃごちゃになっていた。
一つずつでみれば、相当に細工が施されている。
色や素材の統一感もなく、光る金属と布が混ざり、揺れる小物が時折ぶつかっており、結果としてすごく、ださい。
戦乙女の鎧か、はたまた奇妙な装飾の祭壇となっている。
「い、言わないで。
気づいてる。」
「どこの海の女王なのよ。」
「だから、気づいてるんだって。」
クラリッサとマリアは前衛2人。
前衛は両手を開ける必要があるのだ。
直接的な戦闘力に劣るリーシャは、それらを運搬する役目があるのだ。
ドロップアイテムでリーシャが全てを侵食され、すっかり原型を無くした頃、そこに到達した。
ダンジョン最深部。




