64話 お家を訪問するイベント
余談ではあるが、余った獣の肉は、無駄にはならなかった。
骨と肉は分かたれ、糧へと改められ寮の食事や、学生や教師への配布を行い、迅速に捌いた。
さらに次の休み。
リーシャの家に、みんなで遊びに行く事になった。
リーシャは静かに思い返していた。
なんだかんだでお料理イベントは大変だったが、楽しかった。
段取りは狂い、予想は事ごとく外れ、世界は何度となくゲシュタルトが崩壊していた。
それでも。
──クラリッサ・グランディールって、ちょっとズレてるのかも。
(貴族だけど。
血筋も、立ち振る舞いも、ガワだけは完璧に貴族だけど!!!
よく考えたら、わりと最初からおかしかった。
というか一切普通な所がなかった。)
囚われていた。ステレオタイプの貴族像に。
初手で気付け。
リーシャは今更に思いつつ、いつものように、クラリッサ・グランディールから理解を拒む問いを投げかけられた。
「リーシャの家は遠いのね。なら、飛んでいきましょう。」」
「馬車だと3日くらいかなー。そうだね!!」
思考停止してリーシャは強く同意した。
慣れたものだ。
理性は沈黙し、肯定だけが拘泥するように拘留する。
一つ汚い大人になってしまった。
「リーシャちゃん。リーシャちゃん。」
「何?マリアさん。」
マリアは空を仰ぎ、ためらいがちにそれを言った。
「空ってなかなか飛べないと思いますよ?」
「知ってるから!!!!でもそういうしかないじゃん!!!!」
「それじゃ始めよう。」
セドリック・グランディールの声は落ち着いていて、どこか余裕がある。
彼が詠唱を始めると、足元に淡い魔術陣が広がり、風が巻き上がった。
クラリッサの兄であるセドリック。
彼の飛翔魔術があればそれは容易い。
一気に移動する算段だ。
ひどくリーシャは納得する。
セドリック・グランディールは有名だった。
国の至宝と謳われた彼なら、空を魔術で飛べたとしてもおかしくはない。
「では、しっかりとつかまって。
絶対に手を離さない事。我が妹クラリッサ。頼んだよ。」
「はい。お任せください。兄上。」
彼らは浮き上がった。
「うわ……本当に飛ぶんだ。」
「そりゃ飛ぶわ。飛翔魔術だもの。手は離さないでね。」
「うん!!」
雲が近い。
風が冷たい。
地面が、ものすごく遠い。
視界が一気に流れていく。
「お嬢様。もし私が落ちたら、助けて下さいね。」
「マリアって高レベルじゃない。どこまでやれるか、実験したいのよね。」
「絶対にやめてください。さすがに死にます。」
「どうだか。」
軽口を叩き合う。
「……っ」
リーシャは、聞いていなかった。
目の前の光景。
そして息一つ乱さず、高度な飛翔魔術を操るセドリック・グランディールに圧倒されていた。
セドリックの飛翔制御は巧みで、振動はほとんどない。
風もほとんど感じなかった。
やがて景色が変わり、見慣れた森と畑が見えてきた。
「あ、あそこです!」
「了解。」
セドリックが、再度飛翔魔術を制御する。
速度が落ちていく。
そしてふわり、と羽毛のように地面に降り立つ。
「……すご……」
着地の衝撃もほぼなかった。
リーシャの家は、質素で小さくて、でも温かそうだった。
人の営みが、確かにそこにあった。
「ここが、リーシャの……」
「はい。えっと、古いですけど。」
ようこそ。私の家へ。
リーシャの家。
「ただいまー。友達連れてきたよー。」
「あら。いらっしゃい。」
リーシャの母、エリナが出迎える。
少し顔色は白いけれど、微笑みはいつも通り穏やかだ。病気がちで家にいる事が多い。
リーシャの父トーマスも顔を出す。
実直で寡黙な木こり。分厚い手をしている。
クラリッサは、リーシャの両親にグランディール領で取れたお肉セットを、お土産に渡す。
「これ粗品です。」
「いいのに。
どうぞ。クラリッサさん。マリアさん。ゆっくりして行ってくださいな。」
「クラリッサでいいわ。エリナさん。リーシャさんには、いつも助けていただいております。」
クラリッサは軽く顎を引き、貴族としてではなく、一人の客として礼をした。
湯気の立つ茶を前に、話題は自然とリーシャのことになった。
エリナは、楽しそうに語り出す。
リーシャは、嫌な予感がして、わずかに身構える。
「リーシャには魔力がまったくないと思われていたのよ。
リーシャの初めての魔術の兆候は、ある満月の夜。
その時リーシャは、風の精霊の子供たちの声をうっすらと聞いた。
次の日、リーシャは言ったの。
よし、風の精霊を召喚して、空を飛んでみよう!」
「……リーシャちゃんってお転婆さんだったんですね。」
「みたいね。へえ。それで?エリナさん。」
エリナはノリノリだった。
身振り手振りまでつけて、再現する。
「風よ、我が願いを聞き届け――ッッ!?
そしてリーナの身体は宙に舞い、川にドーン!!
……あの時は、びしょ濡れで帰ってきてねえ。」
「お母さん!!黒歴史を暴露しないでえ!!」
リーシャは顔を手で隠していた。
「別のエピソードもあるの。」
「まだあるんだ……。」
「わりとね。」
エリナは、少しだけ声の調子を落とし、湯呑みを両手で包みながら、語り出す。
「村の雨がしばらくやまない事があった。
何日も空は暗く、地面はぬかるみ、作物も心配されていた。
風を操るリーナの姿を見て、村の人たちは期待した。
ひょっとして、雨を止められるのでは……?
リーシャが祈ったその時、山の斜面が崩れ、大量の雨水が一気に村に流れ込んだのよ。」
「えっ……!?」
「原因はね、近くの「水の精霊の祠」にあったの。
リーシャの術で“空に溜まっていた水分”が限界に達し、結界が一気に崩壊。
しかも土の術で山肌を固めすぎたせいで、自然な排水が完全に遮られていたみたい。」
クラリッサとマリアの表情が、明らかに変わっていた。
クラリッサは湯呑みを持つ手を止めている。
エリナは苦笑した。
「結果、村は小さな湖のようになった。
あの時は大変だったわ。
誰も、怪我はしなかったけど、でもみんなの家が滅茶苦茶で。
復旧は、村総出でやった。
リーシャも、当然、最後まで手伝った。」
「大惨事じゃん……」
「笑い話だけどね。」
「笑い話で済ませちゃうんだ。」
「……リーシャは何度も失敗して、うまくいかなくて、1人で泣いていたこともあった。」
エリナは目尻をぬぐった。
その時の光景が、はっきり浮かんでいるのだろう。
「でも次の日には、また杖を振うの。
今日はここが分からなかった。今日はここがわかったって。
諦める、ってことを知らない子。
たくさん失敗して、でも頑張って少しずつ魔術を身につけたの。
少しずつ、歯を食いしばりながら。
本人は、普通だよって、きょとんとしてたけど。
だから、魔法学校に行くと聞いた時は嬉しくて、怖くて。
でも、あの子ならきっと大丈夫って、思ったの。
村をなんとかするんだって息巻いて。危なっかしいけど。
そしてこんな素敵なお友達まで作って。
紹介してくれて。家にまで連れてきてくれて。
すごく嬉しいの。
ごめんなさいね、しんみりとしちゃったわね。」
「いえ。」
やがて帰る事になった。
「それじゃ送るね。」
リーシャは杖を軽く掲げる。
深呼吸も、詠唱もない。
足元に淡い風の輪が生まれ、重力の感覚が、ふっと曖昧になる。
飛翔魔術だ。
「は?」
思わずクラリッサの声が漏れる。
それは超高等魔術だった。
飛翔魔術は問題なく発動していた。
風は荒れず、揺れもない。高度も、速度も、完璧に制御されている。
マリアもクラリッサも終始無言だった、
何も言えなかった。
リーシャだけが変わらない。
風に髪を揺らしながら、景色を眺めている。
──まるで散歩の延長みたいに飛翔魔術を制御しながら。
クラリッサは、どうにか一言だけひねり出した。
「今日は楽しかったわ。
リーシャって飛翔魔術使えたのね。
魔術すごいのね。」
「そうかな?。
大体一度見れば昔から会得できたの!
だから、セドリックさんがやってるの見て、あ、これなら送れるなって思って。
この魔術って便利ね!」
リーシャに連れられて、空を飛びながら、マリアは言った。
「お嬢様……
リーシャちゃんって天才なんですね。」
「……」
マリアの言葉にクラリッサは答えられない。
人族においてそれは、国家級の秘奥。
扱えるのは、国の至宝とまで称された存在のみ。
つまりセドリック・グランディールのみ。




