60話 入学式
アルシェリオン王国魔術学校、入学式
石造りの大講堂。
天井は高く、歴代の魔術師たちの紋章が淡く光っている。
演台を中心に半円。
序列は隠すようでいて、逆に可視化されている。
中央
王家・公爵家・名門魔術家系。
第二王子アルヴェルトを中心に、空間が一段落ち着いている。
右側
伯爵・子爵クラスの実力派。
研究志向、宮廷志望。
左側
古い家系だが没落気味。
焦りと野心が混じる。
そして一番後ろに平民枠。
誰かが小さく、しかし確かに呟いた。
「……平民が?」
平民であるリーシャは、聞こえないふりをした。
聞こえていないわけがないのに。
やがて、クラスごとに分けられ、廊下を進む。
石床に靴音が重なり、まだ身体に馴染まない一年生達の制服の裾が揺れている。
長い回廊の片側には、等間隔に並ぶ窓があり、白い石壁をなぞるその光はやわらかく、埃すらきらめきに変えて、空気そのものを祝福していた。
いた。
リーシャ。
ザ・レイディーファーストの主人公。
教室内の窓からも、春の光が差し込んでいた。
窓の向こうで風が若い木々を揺らし、遠くで鳥の声。
これから始まる授業。
まだ知らない人間関係。
期待と不安が混ざり合う高揚感と誇らしさ。
祝福か、試練か、あるいはその両方なのか、想像もつかない空気の中。
つまりオリエンテーションが手際よく進む中で、クラリッサは、じろじろ隣を見ていた。
──ピンクの髪の平民。
(こいつが、ザ・レイディーキスの主人公リーシャ。
そして同時に、ザ・レイディーファーストキスの正ヒロイン。
覚えてる範囲の設定では、確か平民でありながら、魔術科に入った、才媛。)
クラリッサは激しく思った。
──容姿は上の中って感じか。
つまり言い方を変えるなら、そこそこ可愛いが、普通。
そして体格を見るに筋力はない。
いや、筋力に関しては軟弱な部類に入るだろう。
──まずは、見極めないとな。
(リーシャは、平民にも関わらず第一クラス。
この点に関してだけは、設定だからといって、流していいとは思えない。
単純に、主人公補正のご都合とんでも展開はありうる。
それならそれでいい。)
オープニング時点──つまり今のリーシャの魔力はしれている。
レベルも低い。確か初期レベルは10。
そして後で覚醒して。最強聖女になる。
攻略対象とキスして。
──キスだって。ねえ、キスだって……
(愛の力で花開くものなんて、人生以外何があるのか。
プラシーボ効果かな?)
なんだかむず痒い気持ちになりながら考える。
まず、セドリックルート。
没落していくグランディール家の中で、最終的にクラリッサが死亡するイベントが発生する。いわゆる没落破滅フラグ。
だがおそらく、グランディール伯爵領が滅ぶことはもうない。没落するにはクラリッサが権力を持ち過ぎている。
よって、このルートはクリア扱いでいい。
聖女証明死亡ルート。
聖女を証明するために、クラリッサが魔王戦線に遠征して死亡するイベントだ。
魔王戦線から自分がここに生きて帰ってきている以上は、それも消滅。
魔王戦線は生還率5%の死地。
普通まず死ぬ。
だが今生きているから。
魔王ルートには懸念が残る。
魔王は倒したが、魔王には倅がおり、その倅は魔王の後継者になりうる、魔王討伐後に倅を探したが、どこにもいなかった。
どうにもきなくさい。
そして、生存していれば、ルートに入ってくる可能性が高い。
主要ルートのいくつかは潰した。
だが危険な分岐は、まだ生きている。
(そして何より厄介なのは、世界が、もうゲーム通りには動いていない!)
──というか、細かい所をそもそも覚えてない!!
どうしたものか。
──いやまあ、どうにもなんないのだが。
クラスの自己紹介はつつがなく進み、クラリッサの順番が回ってくる。
ざわめきの中、クラリッサはそれを言った。
クラリッサ・グランディールです。
趣味は筋トレです。
軟弱なものは嫌いではありません。
なぜなら、全ての人間は軟弱だったからです。
筋トレは、全ての軟弱な者に、自己肯定感と生物としての強さを纏わせます。
なぜならテストステロンは、追い込むほどに生成されます。
そうして危機を乗り越えながら進化してきたのが私達生物です。
そしてすでに変わったもの、筋肉に自信があるもの、それら全てを越えて、真に最強は私だと思います。
よろしくお願いします。




