59話 帰った先で
馬車を乗り継いで、彼女はそこへと到達した。
土埃を上げながら、王国式の馬車が、ゆっくりと坂を上る。
石畳を叩く、規則正しい車輪による軋み。
やがて馬車は止まり、扉が開く。
クラリッサ・グランディール
15歳。
帰路につく彼女は、美しいほどに成長していた。
そして、ワキワキしていた。
バーベルに会える!!!ようやくバーベルに!!
──バキッ!!!!
思わず馬車の手すりを握り潰す。
木材が悲鳴を上げ、一瞬、車体が軋む。
馬車を操る者がギョッとしてクラリッサを見る。
クラリッサは、咄嗟に視線を逸らして、遠くの街並みを眺めるふりをした。
(……落ち着け。筋トレは、帰ってからだ。魔王ルートも、教会ルートも、後継者も、フラグも――今はどうでもいい!)
――重さ。
――鉄。
――バーベル。
クラリッサは何事もなかった顔で深く息を吸った。
魔王戦線では忙しくて、バーベルを開発する余裕がなかった。
その辺の岩など使ったが、危なっかしくて追い込めなかった。
早く、早く追い込みたい。筋肉を。ぐちゃぐちゃになるまで
早く。
「ふんぬ!!!」
──バキバキッ!!!
手すりがまた壊れた。
馬車の御者が、さらに目を見開く。
だがクラリッサは、遠くの景色を見つめるだけで、まるで何もなかったかのように馬車から降りた。
請求書は後日グランディール家に届いた。
走るように。
恋する乙女のように、スカートの端を僅かに持ち上げ、彼女はそこへ走った。
上気しており、まだ幼さを残す頬の線は、しかし確かに引き締まりつつあり、艶のある髪は整えられ、光を含んで柔らかく揺れる。
身にまとっているのは、少しだけ豪華な旅衣装。
上衣は柔らかく上質な布地で仕立てられた、深緑。
袖口と襟元には、控えめな刺繍。
外套は軽く、肩にかけるだけのもの。
下衣は濃色で、裾は歩きやすく調えられ、長靴も実用的。
旅人の装い。けれど無作法には決して見えない。
それを翻らせて。
グランディール領主の館。内庭の小屋。
クラリッサが以前、バーベルを開発し、設置し、ジムとして活用していた場所。
扉を開けるとそこには、そこには──
バーベルの姿はなかった。
小屋の中は空洞。
小屋の床には、かつての重厚な鉄の残骸も、使い込まれたマットも、何一つ残されていない。
「なんでバーベルがないのよ!!!」
「お嬢様。楽しみにしていたところ、本当に申し訳なのですが、バーベルは現在、全て国に接収されているので、今はありませんよ?
例の“レベル上昇”研究の一環で、筋トレとレベルの相関を調べるために各研究機関へ貸与中です。
国を挙げての事業なんです!!
なので、あの……そんなに泣かなくても……」
「泣くわよ!!!!馬鹿なの!?!?何年楽しみにしてたと思ってるのよ!!!!」
血が出るほど強く拳を握りしめる。
血の涙を流す。
「あんのクソアマぁ……!!!絶対聖女セレスティアでしょやったの!!!
絶対そうよ!!!!なぜ同じ人間にこんなひどい事ができるのよ!?!?why!?」
「いえ……あの、お父上であるエドワード様が、率先して行いましたが。」
「殺してやる……聖女セレスティア……!!」
わー。聞いてないやー。
日程はかなりタイトだ。
帰省の余韻もよそに、彼女たちは明日の準備に取り掛かる。
入学式は明日。




