56話 軍部
異常な光景が広がっていた。
訓練場の中央に立つのは、少女である、クラリッサ。
その周囲から、武装した大の大人たちが次々と仕掛ける。
剣。
槍。
盾を構えた突撃。
次の瞬間。
クラリッサを除く全ての人間が、宙を舞っていた。
「はい、合格。」
「はい、不合格。」
「不合格。」
「不合格。」
無慈悲に告げられる合否判断。
情はない。
慰めもない。
あるのは、結果だけだ。
怪我をした者は、最近――なぜかやたらと大きくなった教会の医務室へと運ばれる。
担架。
治療用の白布。
慣れた手つきの修道者たち。
「次、こちらです」
「骨折ですね。問題ありません」
淡々とした声とともに、回復魔術が行使される。
――人材は、すでに流入していた。
医師。
回復魔術師。
補助専門の聖職者。
かつては不足していたはずの人員が、今では過剰と言っていいほど揃っている。
試験を終えたものは、治療後、再試験は何度も可能だ。
領土には活気が満ちていた。
マリアは王国武術大会で優勝し、多くの人員が、吸い寄せられるようにグランディール領へ流れ込んだ。
平民の優勝は、それだけで世界観を揺るがす事件だった。
この事実がもたらした衝撃は、計り知れない。
その中心にあるのは、一つの、あまりにも象徴的な出来事。
「グランディール領なら、身分に関係なく評価される」
「実力さえあれば、道が開ける」
平民の優勝はそれだけインパクトが大きい。
とはいえ仕事の割り振りは恐るべきほどにシンプルだ。
生活の為の建築、住居、倉庫、道路、水路。
土地の開発。耕作地の拡張、放棄地の再利用、資源の掘り起こし。
そしてタンパク質の為の生産ライン。
そして石鹸、洗剤の為の生産ライン。
そして、
軍部
魔王戦線選考の為の話し合い。
そこにはアランがいた。
アルヴェルト第二王子、側近騎士アラン。
元々は騎士団をまとめる隊長格として、部隊を指揮した経験を持つ。
「アランさん。
あなたほどの方が協力してくださって、本当に感謝しています。」
「アルヴェルト殿下の指示だ。
だが俺自身、このままでは時代に置いていかれると思った。」
「レベルの時代にですか?」
「そうだ。
個の武勇だけじゃ足りない。
才能や家柄だけでも足りない。
これからは“積み上げた力”が数値で見える時代が訪れる。
アルヴェルト様を支えるには、俺自身が変わらねばならない。」
「守る側が、時代についていけなければ、守るべきものごと失う。
そういうことですね。筋トレはどうします?」
「必要とあらば……!!
正直に言えば、好みではない。
だが剣の腕も、経験も、覚悟もあるとして、それでも“足りない”と突きつけられる時代が来たのならば、騎士として、古いままであることに誇りを持つ時代は終わったのだろう。」
「その通りです。レベル、数値、成長効率。
残酷ですが、それがこれからは強さの骨子となる。筋肉もまた然り……」
(アランさん……筋トレあれだけ嫌がっていたのに……本気だ。この人。火傷するほどに、熱い。)
「だがな、クラリッサ殿。貴女はやりすぎだ。」
「え?」
「いくら魔王戦線の為の選抜とはいえ、地獄を作り出してどうする。」
オーディション。
死屍累々の領兵の山ができていた。
「……?」
クラリッサは首をかしげた。
「魔王戦線へ送る精鋭を選ぶ場だ!拷問大会ではない!!」
「そうですね……鍛え方が足りないのかな……グランディール領の兵でありながら恥ずかしいです。
アランさんもやりますか?アランさんは合格枠なのですが。」
「今はやめておこう。収拾が。
あと鍛え方云々のもんだいではないような……」
「そうですよね。残念です。」
善意の表情でクラリッサは考え込んだ。
魔王戦線への遠征部隊の選抜試験カリキュラム。
一次試験。グランディール領兵の入隊試験と同等。
二次試験。その訓練を日常的にこなせる。
※なおその間にグランディール領開発の仕事を手伝わさせられる。
三次試験。クラリッサとの対人試験。
判断基準はクラリッサ本人裁定。
そこまで複雑ではない。
それをクリアすれば、契約魔術で口止めした後でレベル上げに入る。
見たものを漏らさない
訓練内容を語らない
“基準”を外部に伝えない
あとは、永遠にマリアとの模擬戦。
そもそも魔王戦線ではマリアより強い魔物がザラにいる。
クラリッサは思っていた。
(模擬戦でマリアに叩き伏せられ、血を吐き、地面に沈んるけど足りてない……まだ駄目だ。これでは、普通に死ぬ。)
ただ、ぶっちゃけた話、軍部には筋トレしか進めていなかった。
軍部専門のノウハウを持つアランの参戦は、クラリッサとしては、本当にありがたかった。
軍隊は、それだけでは動かない。
陣形。
補給。
連携。
撤退判断。
指揮系統の維持。
そのすべてに関して、クラリッサは致命的に素人だった。
そしてそこに現れたのがアラン。
元騎士団隊長。
実戦経験豊富。
王族付きの側近。
(ありがたすぎる……)
クラリッサは秒で決断していた。
──アランに丸投げしよっと。
戦術、編成、指揮は全権委任。
“最低筋力基準”は設ける。
撤退判断をためらったら、即権限剥奪
兵の命を軽視したらボコす
こんなところか。
「選抜においてクラリッサ殿自身が戦う必要があったのか?」
「魔王戦線では、私の指示に命をかけてもらいますし、私がどの程度の筋力を持つのか、知っておいてもらわないと死にます。だから、殴りました」
「自分より強い相手の命令には、人は自然と身体が動く。そういう事だな。」
「まさに。
逆に弱いと見抜いた瞬間、判断が遅れ、疑い、そして死ぬ。
1人として脱落者は出しません。全員生き残らせたまま、魔王をぶち殺して、アルシェリオン王国に筋トレを広めます。
そしていずれは世界に……ふふ。」
腹黒い顔でクラリッサは1人笑いする。
(狂人……
信じられん。これで12歳……
いや、世界を変える英雄とは、化け物と等しいとは、こういう事なのかもしれん。)
筋肉。その一点において。
時がたち、クラリッサがグランディール領を離れる事になった。




