5話 魔力の説明
地面にに座り込んだクラリッサの膝に、赤い擦り傷が滲んでいた。
マリアは膝をつき、
静かにクラリッサの傷へと手を伸ばした。
「……お嬢様。少し、触れますよ。」
「え、ええ。初めてだから優しくしてもらえる?」
「もちろんです。楽にしててください……痛みよ、鎮まりなさい……ヒール。」
クラリッサの膝に、淡い乳白色の光がふわりと花弁のように咲く。
擦り傷が癒え、皮膚が再生した。
──マリアは、ごく当たり前のことを告げるように静かに言った。
「お嬢様。レベルアップの際に、教会から渡された“羊皮紙”がございますよね?
羊皮紙には、そのレベルで習得可能な魔術式が刻まれています。自分の魔力に“適性”があれば、そのまま使用できます。」
クラリッサは息をのむ。
「……そのまま“使える”?」
マリアはこくりと頷いた。
「はい。あの羊皮紙はただの紙ではありません。
観測魔術を“写した”媒体なので。」
クラリッサは震える。
「完全にキタコレ!!スキル習得システム!!」
「……キタコレ?……ただし──あの羊皮紙に書かれた魔術式は、教会が安全性を保証した“基礎”だけです。
派生魔術や強化魔術は、自分の魔力で“独自に組み上げなければ”使えません。」
「ウッホ!!熟練度システム!基礎魔術は配布!応用魔術は自作……!しかも成長先を指定するタイプ!!」
マリアは控えめに微笑んだ。
(うっほ?)
「お嬢様がもし、魔術を本格的に学ばれるのなら……羊皮紙は、とても大切な“入口”になりますね。」
クラリッサの意識の底で、ぱちん、と乾いた火花のように過去の記憶が弾けた。
──あった。
教会での浄化の儀の帰り道、ぼんやり眺めていた羊皮紙。
「レベル4」
「魔力値」
そして──『トーチ(Torch)』
淡々と刻まれていた。
レベル制の衝撃で完全にスルーしてしまっていた。
「……多分、あれが……“魔術”だったのね。トーチ。」
囁くように言葉が漏れる。
マリアは驚いて顔を上げた。
「お嬢様……覚えていらしたのですか?
トーチは初心者向けの〈火の魔術〉です。灯りを作るだけの、簡易術ですが……
習得難易度も低いので、一般の方もよく使われるものです。」
クラリッサの脳裏に、羊皮紙の文字が鮮明に蘇った。
──Lv4 魔力:12
──スキル:Torch
こんな感じだった気がする。
その文字が、今になって重みを持ち始める。
「じゃあお嬢様。こちらを」
マリアはベルトから細い棒を取り出す。
銀と白木の組み合わせ。
先端には淡い光を宿したクリスタル。
絢爛ではないが、どこか神聖さのある造形だった。
クラリッサの視線が吸い寄せられる。
マリアはワンドを持った手を軽く上げ、説明を始める。
「魔術を扱ううえで、マジックワンドはとても重要なんです。ワンドは、魔力の流れを“細く、正確に”整えるための器具です。
素手よりも魔力が暴れにくく、魔術式の形が美しくまとまります。」
マリアの指先の光が、ワンドの先に吸い込まれるように移動し、より安定した一点の輝きへ凝縮される。
まるで凝縮された星の核。
「特に初心者の方は、魔力が波立ってしまうことが多いので……ワンドがあるだけで安全性が段違いです。
ワンドは精霊樹で作られたり、鉱石で魔術式が補助されていたりと、一本ごとに個性があります。
お嬢様の魔力に合ったワンドを選ぶのが、最初の一歩ですね。」
(……!まさかの厳選要素……!!)
「トーチの詠唱は……灯れ、ともしび。我が意、我が掌に、微光ひらめけ──《Torch》」
剣術の時間が終わったあと、早速試してみる事になった。
「……行くわよ」
「はい。見てますね。」
未操作の魔力粒子が、螺旋を描くように、クラリッサの持つワンドの先へ集まり始める。
クラリッサは魔力粒子を操作し、レベルによってもたらされたトーチという魔術回路に魔力粒子を当て嵌めていく。
魔術回路は、魔力粒子を順序よく吸い込むと、やがてワンドの先は炉心の轟きのように瞬きはじめた。
クラリッサは慎重に魔力を流していく。
光の渦は、ワンドの先で小さな魔法陣を描きながら揺れ、節点で小さな火花が瞬く。
「……トーチ……」
詠唱は魔力粒子の固定化、マジックワンドは回路に魔力粒子を整列させる補助を、それぞれ請け負っている。
掌から放たれた光は、蝋燭の灯りのように光り、
しばらくして、やがて消えた。
クラリッサは微かに息をついた。
魔力を操作した余韻の中で、クラリッサはふと息を止め、心の中で叫んだ。
「え……これ、毎回やるの?嘘でしょ……まじで!? 無理じゃない!?!? ……毎回これやるの……?」
「わーすごいです。クラリッサ様。一発で成功するなんて!」
「いや、そうなんだけど……え……普通に火をつけて、明かりにした方が速くない?」
「……それは思ってても言っちゃダメな奴です。魔力を使用して、気持ち悪くはないですか?」
「こんな大変な作業を平然とこなす、あなたやセドリックお兄様が、気持ち悪くてしょうがないわよ!!」
「クラリッサ様。……そういうことじゃないんです!そういう事じゃないんですよ!」
掌から飛び出したトーチは完璧に形を成した。
魔力粒子を操作し、針の穴を通すように魔術回路に魔力を流し、全身の筋肉を総動員するように、未操作の魔力を減らして行く――その過程の緊張と集中は、想像以上に消耗する。
そしてクラリッサは、頷くように次の段階へと意識を切り替えた。
筋肉を鍛える時間を確保し、レベル上げの仕組みを理解し、魔術の原理をひととおり考察した。
ならば今度は、この身体そのものを養う番であろう。
自身の肉体を形づくる、もっとも根源的な営み。
──そう、食事である。




