47話 異端の計算
議会は、すでに議論の体を成していなかった。
書記官の羽ペンは止まり、議事録は途中で白紙のまま震えていた。
議場の中央。
円卓の最上位。
王家の紋章を刻んだ椅子に座り、静かにその光景を受け止めていたレオナールが、腕を組む。
「伝統、栄光をもつ偉大なるアルシェリオン王国の武術大会ではあるが、確かに、レベル35といった超高レベルの者が出場した際、その公平性には、考察の余地がある。」
議場の中で、一つの“世界の前提”が、音を立てて崩れ落ちていく。
レオナールの視線が、クラリッサへ一瞬だけ、移る。
「侍女マリアに対する嫌疑は、ここで完全に棄却する。
教会が異議を唱えるのであれば、それは王権への正式な申し立てとして受理しよう。」
クラリッサの手が、折れ曲がることを知らない意思のように、天空に向けて伸ばされていた。
クラリッサは手をあげていた。
「……なんだ?」
さすがのレオナールも身構えていた。
「レベルの秘術で戦闘力を押し上げ、魔王を討伐します。なので軍を貸していただけませんか?」
突然のクラリッサの提案に、誰も、息をしていないごとく、空気が凍った。
今度こそ完全に。
「レベルの話は、そもそも前提にすぎません。
私がマリアを武術大会に出場させた狙いは、レベルの有用性を示し、アルシェリオン王国に利益をもたらす提案の下準備。ここにあります。
魔王討伐ですね。
計算すると、1000人程もいれば事足りますので。」
「──不可能だ」
誰かが言った。
「不可能だそれは。」
教会側の老司祭。教皇代理。
「なぜでしょうか。」
「魔王の撃破は、全種族、全生命の命題だ。
それはそのような計算でなされることではない。数を超越した神の奇跡が必要なのだ!!」
「繰り返しますね。レベルの秘術で魔王を討伐します。
グランディールだけで魔王討伐を行う予定でしたが、少し戦力が足りません。
この提案は、今回の件で、軍部にも強い影響力をお持ちになるレオナール殿下がお耳にするに足るものになった、そう判断しています。」
「不敬であろう。貴方は先ほどから、殿下による議会の進行と発言を妨げている。
ましてや軍務の編成に口をだすなど、殿下の権威を軽んじていると言ってもいい。」
「教会にも旨みは十分にありますよ。
人族が主体となって魔王を討伐できれば、他の種族に対して遅れをとることはない。
魔王という脅威がいなくなった後は、その後は国同士の利権争いです。
レベルの優位性が世界に認知されれば、それを司る教会の権威は絶大。操作できますけど。世界を。」
老司祭の声はふるえていた。
「ふ、不可能だ!人間をはじめとして、エルフ、ドワーフ、獣人族、その連合軍が魔王を倒せなかったのだ!!」
「レベル制が改革を起こせば、次の世界の中心は魔王ではなく、私達です。世界が変わる。それだけのメリットを示す事ができたと自負しています。」
「魔王は全てを跳ね除け、目を背けたくなる焦土。壊滅した軍団。英雄の墓標をもたらした!!
アルシェオン王国だけの話ではない!!近隣諸国の軍勢を集め、英雄を揃え、神器を投じたにも関わらず、それだけの代償を支払ったのだ!!!
それをたかだか1000人で!!!奴らの前では1000人など塵にも等しいのだ!!!」
「1000人ではさすがに無理です。
その1000人は援軍で、グランディール領軍が主体なので、実数はもっと多いです。」
「誤差にすぎん!!魔物の異常種は、一個体で1000人の鍛え上げた兵士を皆殺しにする……!!……まさか……」
「流石に気づきましたよね。異常種は問題なく処理ができます。もちろん準備は必要ですが。」
「……ば、馬鹿な……異常種は……災厄指定だぞ……」
「条件次第ですが、武術会場にて異常種であるブラッドオーガは、被害を出すことなく処理できました。
なら今後の王国と世界の行く末のために、あくまで仮にではありますが、魔王を倒せると仮定しましょう。
今までアルシェリオン王国は、肩身の狭い思いをしてきた。
エルフの長命。ドワーフの技術。獣人族の身体能力。その中で人間族だけは数の種族と見なされてきた。」
誰も否定できないその事実に、会議室の空気が変質する。
「……万が一、億が一に魔王討伐を成したとして、それを権力争いに転じさせるなど──」
「そもそも、アルシェリオン王国を始めとする人族の国は自衛すらおぼつかない。
他種族に領土を好きなようにされても泣き寝入りするしかない。
魔王相手が、今度は他種族が相手になるだけですね。」
「武力が背景の外交など、手段が過激すぎる!!今までの関係を壊しかねん!!外交とは、積み重ねだ!!!
脅しで得た主導権などに意味はない!!」
老男爵が十字の魔除けを切り、公爵も険しい顔で机を叩く。
「というか、舐められて悔しくないんですか?」
「何……?」
「人族は、“善良な犠牲者”として、抗議はできる。だが――拒否はできない。関係を破壊される事を圧力に使われているんですよ。
舐められているんです。
近い将来、魔王が攻めてきたときや、国を蹂躙されて大事な者が殺された後で、同じセリフを言えるといいですね。
外交とは積み重ねです。今回の件は遺憾ですって。」
「……それでも……血を流さずに済んできた……」
「こちらとそちら、自種族と他種族。どちらの血でしょうか。
まあ、融和でも、対立でも構いません。やろうと思えば今まで同じように振る舞う事もできると思います。
鉱山利権の譲歩。国境線の再解釈。共同防衛という名の不平等条約ですが、それは壊される前提の関係を、大事に抱えているだけのように思えますが。」
「……それでは……世界は……人族を恐れるだろう……」
誰もが、思い当たる節を抱え、沈黙していた。
老司祭の声は、かすれている。
「勘違いなさらないでください。何も世界征服を目指そう言っているわけではない。
拒否すらできない力で嘆願するか、お互いの融和を願った“対等な交渉”を選ぶかは、国の舵取りで決まることでしょう?
そしてその舵取りをするものは、私でも貴族でもない。王族です。さらに言えば王です。
私達ではありません。」
柔らかい声でクラリッサは、困ったように微笑んだ。
「そのような状態から、外交のステージでようやくスタートラインに立てると言っているんです。
私の事を異端認定してもいいですよ。
その場合はレベルの秘術の力を使って逃げますが。
ブラッドオーガより強いマリアがそこにいますし。ああ、異常個体は、一個体で1000人を皆殺しにできるんでしたっけ。」
マリアの周りから、まるで、危険物取扱の注意書きが書いてあるかのように、人が後ずさった。
マリアは泣いた。
「当然、教会の力も借りることになります。軍隊1000人のレベルを跳ね上げます。
そしてそれは、教会の教義や秩序の更新が必要になる事が予想されます。」
「その通りだ!!故にならぬ!!それは神の御業を人の手に落とす行為に等しい!!!」
老司祭が、机を叩いた。
思いの外、反発が強く、そして感情的な様子に、クラリッサは内心で首を傾げた。
「なぜでしょうか。」
「荒唐無稽すぎる。前例がない。悪戯なレベルの上昇は社会が壊れる。」
「そもそも、社会をぶち壊そうよという相談です。」
「な!!!」
「ここにいる方全員が満足できる、あるものを手に入れましたので。お出ししますね。」
帳簿です。




