44話 議題。悪魔性について
円卓。
その円卓の最も上座に座るは第一王子レオナール。
金に近い淡い色の髪。
深く静まり返った湖面のような澄んだ青い瞳。
20歳という若さでありながら、軍・官僚・貴族、その多くに直接的な影響力を持つ。
そして円卓の教会側。
白衣に金糸を施した老司祭が立ち上がった。
クラリッサの眉根がピクリと反応する。
内心でだけ肩をすくめた。
(――あ。大物だ。確か、あの衣装の文様は、教皇代理クラス。)
「……では、我々教会側より。
まず前提として、我々が用いる“悪魔性”とは、悪魔と契約した証明を意味するものではありません。」
すでに論理の初手からして、丁寧で狡猾なもの。
言葉を増やし、範囲を広げ、反論しづらくする。それでいて、結論は決まっている。
その声は、老いてなおよく通る声。
そしてそれを聞いた貴族たちのざわめき。
「教会法において悪魔性とは《人の理から逸脱した力が、人格と乖離なく行使されている状態》を指します。
国家秩序に与える影響を憂慮し、保護・隔離・精査を要すると、進言するものです。」
レオナールは、すぐには口を開かなかった。
老司祭は、一度巻物を閉じ――さらにその理屈を積み上げるべく、踏み込む。
「……なお、付け加えるべき点がございます。
今大会優勝者であるマリアは、異常な戦闘力を有しており、クラリッサ嬢の存在が、それを発生・誘発している可能性です。
当該人物は、年齢・経歴・レベルのいずれを鑑みても、通常あり得ぬと戦闘適応を示しております。
そして対象者クラリッサ嬢は、当該人物を、明確に従えている。」
部屋の一角にいるマリアが、薄く「ひっ。」と声をあげた。
クラリッサは、静かに指を組み替える。
(ここでマリアを見たら負けかなー。
なるほどねー。
マリアの武術大会での躍進は、教会としても控え目にも異常──イレギュラーってわけか。)
空気が張り詰め、円卓の視線が、一斉にクラリッサへ集まっていた。
「……さらに、重大な証拠として、対象者クラリッサ・グランディール嬢と相対した者たちは、例外なく、精神的均衡を失っております。
恐怖。
混乱。
あるいは
意識の消失。
及び戦意の消失。
これは、対象者の行為てはなく、存在そのものが、周囲に影響を与えた結果と結論づけました。」
老司祭は、最後に一礼する。
「ゆえに我々教会側は以上をもって、クラリッサ・グランディール嬢、およびその周辺存在の精査・管理を強く進言いたします。」
「……教会側の主張は、まずは出揃ったと理解していいな?」
レオナールのゆっくりと息を吐いた言葉に、否定はない。
第一王子は、視線をクラリッサへ向ける。
「資料にも書かれているな。
今提示された内容は、クラリッサ・グランディールどう扱うか、潔白・不潔白を超えた事案だ。」
――その時だった。
「ならば――!事と次第に応じては!先刻のマリア嬢の優勝も覆る事がありうるのではないか!!」
「悪魔的影響下にある存在が関与していたなら――」
「競技の公平性は担保されない!」
「教会法に照らせば、無効とする余地は――」
張り詰めた沈黙を、円卓の末席より無遠慮に切り裂く声に、クラリッサは、ほんのわずかだけ目を細める。
貴族席の一角から、抑えきれぬ感情が噴き出し、声が、貴族全体に声が連鎖する。
マリアの名が、“優勝者”ではなく、“疑惑の象徴”として転がされていく。
マリアは、言葉を失い、椅子の背を強く掴んだ。
「……そんな……ひどい……」
勝利の記憶が、急速に汚されていく感覚。
クラリッサは棚ぼたの気持ちを味わっていた。
(──あ。ラッキー。論点が混ざった。
存在の話から、結果の取消に脅威度がさがったんだけど。
今の野次って、記録に残ってくれない?)
その瞬間。
「――静粛に。今の発言をした者。名乗れ。」
――カンッ!!
第一王子レオナールの杖が、白石の床を強く打った。
ヤジを飛ばした貴族は、わずかに身を強張らせながらも、立ち上がる。
「……ラインハルト伯です」
「承知した。ラインハルト伯。
この議会は、武術大会の結果を裁く場ではない。今の発言は、教会側の主張が、どこまで拡張され得るかを示したに過ぎない。」
はっきりと、釘を刺していた。
「また、現時点で、武術大会におけるマリア嬢の優勝を無効とする議題は、一切提出されていない。
それを混同する発言は、貴族諸君の判断を曇らせるものと心得よ。」
クラリッサは、あらゆる言葉をすべて一つに束ねるように、ゆっくりと頷いていた。
むしろ、誰よりも納得していた。
──まあ、確かにそうだ。
(やらかしすぎて、悪魔性があるというか、まるっきり悪魔だわ。そう言われた方がしっくりくるまである!!うん!!)
半年前のデビュタント。
礼節も微笑も備えていながら、クラリッサは明確に名伏しがたい何かだった。
今大会では鎖の拘束をねじ切って、大の大人を抱えて走った。
大型魔物を昏倒させる劇毒をもちいてもなお、後遺症は一切なく平然としていた。
大型魔物を殴ってゲロを吐かせた。
ラインハルト男爵の執事は、重度の恐慌状態に陥った。
探せばまだあるだろう。
説明が極めて不可解なそれらを総合するに鑑みれば、まさに悪魔認定にたるものだ。
あまりに危険であり、あまりに制御不能。
手綱をつけられるならつけるべきだとクラリッサ自身も強くそう思っていた。
でも多分、ぶっちぎるけど。
何度もうなずくクラリッサに対し、レオナールの怪訝な声。
「クラリッサ殿?」
「あ、ああ。いえ、すいません。思いの外納得してしまっていて。確かにそうだなって。全面的に理解はできます。」
「それは、君自身が自分を悪魔であると認める、ということになるが……」
「マリアの件についてだけは発言をしても?」
「どうぞ。クラリッサ殿。」
「――マリアの優勝については、一切、違反ではありません。だって単なるレベルの暴力ですし。」
全員が黙る。




