43話 第一王子レオナール・アルシェリオン
狙われているのはグランディール家。
否――正確には、クラリッサ・グランディール、個人。
貴族が一人の人間をつるし上げる事例は、枚挙に暇がないとはいえ、ここまでの規模は異例。
異常。
ここまで連携してしまえば、それは総意となる。
貴族や教会の権力を集合し、それぞれが自分の正義を握り、告発し、それを“秩序”と呼び合意すればパワーゲームは成立する。
それが単なる言いがかりにすぎないとしても。
理屈も証明も得ないまま。
秩序の成れの果てとして。
(人狼ゲームでよくあるやつかなー。自分がここに呼ばれた理由はもう、最終確認。
事前に整えられた筋道の裏付け。そして最終決定を残すのみ。)
緊急議会が始まる直前、第一王子レオナールが、静かに手を上げる。
「――始める前に。数分の時間を設けよう。
歴史を紐解けば、緊急議会が開かれた記録は、指で数えられるほどしかないからな。
彼女は急いでここに来たようだ。息を整えてからでも遅くはないだろう。」
《白石の円卓》呼ばれる、石で組まれた円形の部屋。
武術大会会場には、かつて議会として使われていた空間が残されており、本来は年に数度、儀礼的にしか使われぬその広間に、異様な密度で人が集まっている。
クラリッサは、石の広間の端、人の集まる一点に父、エドワードの姿を見つけると駆け寄っていく。
「……来たか。クラリッサ。」
視線が合う。
そこには、迷いと、恐れ。
そして――覚悟があった。
「父上。少し見ない間に、何やら、やつれましたね。」
「ああ。クラリッサ。よくやったな。無事に武術大会にて優勝。それ自体は見事だった。
これで。ひとまずはグランディールの名は守られた……だが事態はそれで終わらない。」
「わかっております。マリアの優勝は一つの結果であって、今日この場を越えられたという意味ではありません。」
「予想以上に状況は切迫している。余談を挟む余裕もない。ここからが本番だろう。
厳しい尋問を受けることになる。立場が上の公爵や、男爵から刃のような言葉が飛ぶ事は容易に想像できる。
これはつるし上げに近い。すでに私は、私が知るだけの事実を話してしまっている。」
「お気になさらないでください。父上。
下手な受け答え一つで家ごと潰されかねない。インターバルは終わりですね。
ですが大丈夫です。全て華麗にずばっとこなしてみせます。筋トレをこの国に広めるために。
失敗が即、全滅というのは、筋トレでは、基本そんな感じですので。うまくやってみせますね。」
「う、うむ。」
(いつものごとく、ものすごく腹が座っている……)
視線は今も、見定めるように、入室したクラリッサに集まっていた。
エドワードと話していてもそれは変わらない。
獲物をみさだめ、値踏みしている。
排除すべきか、利用すべきか
その部屋には、教会勢力や、多くの貴族がいた。
「お嬢様!!」
振り返ると、マリアが息を切らして立っていた。
「ああ、マリア。よく入れたわね。」
「殿下が、話を通してくださったんです!!」
第二王子アルヴェルトは今、別で動いてもらっている。その過程でマリアと落ち合えたのだろう。
そしてマリアは事情を知っているらしく、その表情は暗い。
いつも困ったように真っ直ぐ前を向いている彼女が、拳を膝の上で握りしめて。視線を落として石の床を見ていた。
クラリッサは強く頷いた。
「お嬢様……」
「ねえ、マリア。貴族の皆さんが言ったの。私の事、悪魔だって。ふふ。悪くない響きよね。」
「そ、そうでしょうか?大分お嬢様を貶める表現のような……」
「実は悪魔を縊り殺すのも夢の一つなの。悪魔って呼ばれるなら、ちょうどいいわ。」
「……っ!!」
マリアは限界だった。
ブラッドオーガとの戦いで、クラリッサの体は壊れかけていた。
結果は圧勝だが、勝敗は驚くほど揺蕩っていた。
今までずっと過ごしてきて、打撲や捻挫など筋トレで怪我をしたことはあっても、だれかに危害を加えられ、ここまでの怪我をしたのは初めての事だ。
「ぶち壊しましょうか。」
自分が勝ったことや、称えられたことが、ここでは一切盾にはならない事を、マリアは理解していた。
──ここが強さを裁く場なら、その盤面ごと自分の力で物理的に壊す。
クラリッサは、手で制した。
「だいじょーぶ。任せて。
大会運営の男爵ラインハルトあたりからのイタチの最後っぺでしょ。こんなの想定内だし。
それに殿下にも動いて頂いてる。どうせ。これをしのげば、今回の件もおしまいよ。
バルトに、筋トレのメニュー聞いて、明日からのメニューにとりいれるんだあ。えへへ。」
「お嬢様。信じていいんですよね?」
「当たり前よ!!マリアの活躍で商売の話も動いてるし。石鹸、ちょっと売れそうなのよね。
資金繰りは問題なし。えへへ。実はもう、注文も入ってるの。」
そのあまりに飄々とした態度に、マリアの背筋を冷たい物が走っていた。
というか普通に不安だった。
(これ……絶対に何か、考えてる。
というか、今の発言を聞かれたら普通にアウトじゃないですか!?)
マリアは、クラリッサの背中を見つめながら、祈るように思った。変な言葉が聞こえた。
うへへ。石鹸売った金で教会の人を買収しまくるんだ。
ざわめきが頂点に達した、その時。
「――静粛に。」
低く、しかしよく通る声でのその一言で、空気が張り詰めた。
金糸を織り込んだ濃紺の外套。
整えられた金髪と、冷静さを崩さぬ灰青の瞳。
円卓の上座に第一王子レオナールが座る。
「本日、第一王子である余がこの臨時議会の議長を務める。
議題は2つだ。
武術大会において発生した一連の異常事態、ならびにクラリッサ・グランディール嬢に向けられた“悪魔性”の告発について。」
その視線が、教会側へと走る。
「本来、この種の審問は教会の管轄であろう。
だが今回は、王都最大の催しである王族の臨席する武術大会。その出場者への悪魔告発は、国政に直結する問題であると認識している。
よってこれは、信仰の問題ではない。国家の問題と言えよう。」
教会勢力代表は答えた。
「……殿下のお心のままに。」
第一王子レオナールの声は、王族としての責任からわずかに和らいでいた。
「クラリッサ嬢。まずは君のような若い淑女を、このような場に立たせてしまったことを――私は、申し訳なく思っている。発言は可能かな?」
「問題ありません。ですが、始める前に一つだけよろしいでしょうか?」
「構わない。」
「ありがとうございます。
本日、武術大会を見学されていた貴族の方々――並びに、この議会に参加されている方々──もちろん教会の方も含めてです。誰一人として、議会が終わるまで帰さないで下さい。」
円卓の空気が、一気に張り詰めた。
一切引くつもりはない。
それどころか格下である伯爵家、それも令嬢から、喧嘩を真っ向からふっかける発言。
「――君の要望は、すでに叶えられている。全員揃っているからな。
そして安心していい。この場で下される決定は、この国の王の決定と同義だ。何者にも、後から侵されることはない。……よろしいか?」
「みなさんには、これから明らかになることの“証人”になって頂けますね。それを聞いて、安心致しました。」
クラリッサは微笑んだ。
レオナールは、ほんのわずかに口角を上げる。
「では、始めよう。皆のもの。各勢力代表は、立て。」
号令と椅子が引かれる音が重なる。
貴族代表。
教会代表。
軍部代表。
王族代表。
武術大会運営委員会代表。
そして最後に――クラリッサ・グランディール伯爵令嬢が立ち上がる。
一拍。
灰青の瞳が、確かに告げる。
「――これより、第一王子レオナール・アルシェリオンの名において、臨時議会を正式に開会する!!!」
静かに、厳正に、教会と貴族、そしてあらゆるものを巻き込んで。
臨時議会はこうして始まった。




