40話 戦いを終えて
二つに切断されたオーガは動かない。
肩で息をしながらマリアは、なおも数拍剣を構え続け、驚くほど慎重に、その沈黙を見届けた。
動かない事を確認して、ようやく大剣を下す。
ざわめきが、遅れて波のように広がる。
観客もオーガが倒された事を気づき始め、そして割れんばかりの歓声に代わるのはすぐだった。
「はぁ……はぁ……お嬢様。やりました!!」
「マリア。すごいじゃない!!これはバーベルで言えば、オールアウトよ!!ほら見て!!特に地面を!!多分やりすぎ!!出力、完全に余ってる。」
二つに切断されたオーガの死体が赤黒く砂を染め、一筋の線が引かれたかのように大地は二つに分かれ、なんなら斬撃は。なおも勢いを保ったまま走るように観客席の外壁にまで爪痕を残していた。
マリアはひくついた。
「うわぁ……」
クラリッサは、強く頷いていた。
それは我が子が自分を越えていくような、寂しさに似ていた。
(私もそこそこやれる方だと思っていたけど、ここまではできない!!やるじゃないマリア!!
これであなたは、私を越えるグランディール領の公式な怪物ね!!)
「……」
「……でも。お嬢様もあれくらいできますよね??なんで笑顔のまま無言なんですか??怖いんですけどー」
「……だって。」
「もしかして、今すごくひどい事を考えていましたよね!!わかりますからね!!
お嬢様!!私は乙女がいいんです!!」
がくがくゆすられながらクラリッサは思っていた。
(乙女とフォームには相関はない。あくまでも両者は技術だから共存可能。)
「何じゃれてんだよ、お前ら……この歓声が聞こえねえのか?」
バルドが2人に声をかけた。ようやく現実に引き戻される。
割れんばかりの歓声が、2人を祝福していた
怒号に近い叫び、名を呼ぶ声、足踏みの振動。
闘技場そのものが、二人を祝福していた。
クラリッサはマリアの背中を叩いた。
「そうね。勝ち名乗りをしないと。」
「え?無理だと思います。わたしメイドなんで!!いえ、乙女なんで!!」
「大丈夫!!今のマリアは英雄だから、適当に剣をかがげて、石鹸の宣伝すればいい!!
何言ってるかなんて、みんな聞いてない!!!
大事なのは“立ち姿”と“雰囲気”。中身なんてお馬鹿でいい!!」
バルドは思った。色々ひでえ。
「この血の汚れも、石鹸があれば一発です!!!お求めはグランディール領まで!!!」
わーーー
半ば叫び、半ば必死に。大剣を高々と掲げたマリアの声に、観客が応えていた。
なぜか一斉に応えた観客席が、勢いだけで腕を振り上げている。
クラリッサは淡々と思った。シュールだ。
(……群集心理って、怖。英雄と販促が同時に成立するとこんな感じなのね。後で石鹸の成分表、ちゃんと作っておこっと……)
歓声はなおも続く。
血の匂いと、勝利の熱と、意味不明な一体感が、闘技場を満たす。
──その傍ら、瓦礫の下で伸びてる男を、クラリッサは第二王子アルヴェルトのところまで運んだ。
王族席、その中でも一段低い位置。
「クラリッサ殿……この気絶された方は?」
「すいません。アルヴェルト殿下。
お手間を取らせるかもしれません。裏社会とつながる執事で、多分ラインハルト男爵の執事です。」
「構わないが……なぜそんな者が縄に?」
「疑問点も多い思いますので、順に説明しますと、今回の大会で、マリアは脅迫されていました。
4回戦のあれですね。もう解決した案件ですが。」
「……なんだと……??」
「特定の者を勝たせるための工作の一環です。マリアの主である私を誘拐。そして脅迫。
マリアが気にせず勝ち続けたので、次の手として、私を奴隷商に処分する予定だった。返り討ちにしましたが。」
アルヴェルトは、思っていた何倍も深刻な事態に思わず目をむく。
「なんともなかったのか!?!?」
「檻は流石に破壊できなかったので、鍵を開けて頂いて本当に助かりました。
少女趣味の性癖が仇になりましたね。御愁傷様。ですが、被害は大きくて……」
「被害?」
「はい。日課が、確実に終わらなくなりました」
「……日課?」
「筋トレの日課です。脚の日に拘束とか、最悪なんです。回復計画が全部ズレることが確定しています。ぐっすん。
まあ、それより面白くて厄介なものをみつけたので、護衛を全員連れて、移動してもいいですか??今すぐ。」
「――全員だ。離れるな」
アルヴェルトは一拍だけ考え、近衛と随行が動き出す。
クラリッサは通路を進む最中、懐から分厚い帳簿を取り出すと、アルヴェルトに渡した。
「クラリッサどの。これは?」
その紙の束には、金と罪と名前が重量となって詰まっていた。
「……まさか……闘技大会の……」
クラリッサは、頷く。
「全隊に命じる。関係先を即時封鎖、資金と人員を確保せよ」
「武術大会は、特定の者に勝利させる動き、いわゆる八百長がありました。
そしてそれは、それを利用した者の裏賭博の名簿です。
それと地下にプールされた資金を見つけたので、確保します。」
アルヴェルトは覚悟を決める。
──これはもう、闘技大会の裏話では済まない。
読み進めるたび、アルヴェルトは、覚悟を決めたはずの手が震えた。
裏帳簿のページをめくるたびに明記された、賭け金、送金先、偽名、貴族家の印……
(これは物理的に首が飛ぶぞ。何人?……いや。何十人か……これは……あまりに……)
王都の権力図が書き換わる。
そこにたどり着いた時、彼らは言葉を失った。
違法に収集された金。
言葉にすればそれだけだった。
金貨。
宝石。
換金用の証文。
使えなかった違法に収集された資金が、裏賭博、横流し、洗浄を経て、なお行き場を失い、排水の悪い場所に溜まり続けた澱のように、ここに沈殿していた。
「信じられん。これは、本当に……国が動く。」
「問題は“誰の金か”じゃない。どこへ流れるはずだった金かです。
ここは終点。だけど本来の行き先は、別にあるんでしょう。
念入りに取り巻きの意識を奪った甲斐がありましたね。まだこちらの動きは男爵側に知られていない。」
「クラリッサ殿。周囲で気を失っている者たちは、どうやって?」
クラリッサは、空中で手を握った。
「そりゃあ、こう……」
一瞬の沈黙。
「ガッと…………
いえ、バルド・ガルディウスと一緒に行動していたので、彼が多分やりました。
……知りませんけど。」
きっと、クラリッサがやったんだろうなとアルヴェルトは察した。
確信だけは、静かに積み上がる。
「この規模は、私だけの力では無理だ。兄上の力が必要になる。」
「その辺りの匙加減はお任せします。」
「兄上を動かす……いや、動いてもらう……これは派閥争いではない。もはや、国の根幹に触れる不正だ!!」
その言葉に、近衛たちの背筋が一斉に伸びていた。
王位継承権第一位。第二王子アルヴェルトの兄。
すなわち、第一王子――レオナール。
アルヴェルトは、静かに拳を握っていた。震えは、怒りか、それとも責任の重さか。
先ほどから体の震えが止まらないまま、アルヴェルトは、積み上げられた金の山から目を離さずにそれを言った。
「クラリッサ殿。……一体いつから、いつからこの絵を描いていたのだ?」
「何がです?」
「とぼけるのはよして欲しい。他意はない。わたしと君の仲だ。」
「もちろん最初からです。
健全な筋トレの大会を開きたいんです。
大会と見るや、利権を求める貴族の風潮は、なんとかしたかった。
筋トレの大会をそのオモチャにされたくないので、下準備のついでです。」
「まさか……全ては、そのために、そんなことのためだけに、このような危険な橋を渡ったというのか!?」
「ええ。」
「王族すら巻き込んで!!国を揺るがすような荒波を起こしてまで!!!」
「関係各所を全部とっちめれば、武術大会の結果と合わせて殿下の政治基盤も確かなものになります。それに比べれば些事でしょうね。」
クラリッサは花のように微笑んだ。
「食い物にされていた貴族もかなりいそうなので、恩を売れますね。
同時に、悪事に手を染められている方も多い。
それに第一王子であるお兄様も、陣営の膿を吐き出せて良かったのではないですか?
そのあたりの扱いは任せますが。」




