4話 レベル
馬車は揺れながら、静かに教会へ向かっていた。
馬車の隣で静かに座るマリアは、普段と変わらぬ柔らかな微笑みを浮かべて黙っていた。
「ねえ、マリア。レベルってなんなの?わたし、思わせぶりって嫌いだから。そういうノイズを極力排除したいんだけど。フィードバックが楽なんで。」
クラリッサは、だいぶソワソワしていた。
レベルと聞いて、ワクワクしないものがいるだろうか。
いやいない。
クラリッサは窓の外の風景を見つめながら、ひそやかに思った。
――『ザ・レイディーファーストキス』のゲームシステムなんて、なんも覚えてねえから!!!!
はっきり言って乙女ゲームという事以外、大して覚えていない。
ボタン連打してたら、勝手に終わるタイプのゲームだ。ドラマパートばっかだったから。
レベルもあったような気がするが、忘れた。
そんな程度だ。
まあ、あったのだろう。最近の世の中には、スキップ機能がある。
――なぜ俺が、しかも6歳のクラリッサに転生したのか。
――なぜ、それがまさかの乙女ゲームの中のキャラクターだったのか。
なぜ、そのキャラが破滅フラグばかりなのだろうか。
(そこだけは明快だ。クラリッサが正ヒロインの踏み台だからだ。物語の構造上、盛り上がりを作るために、クラリッサは破滅する必要があった。)
ふと心の奥で思う。
――だが、これは、ゲームの世界にしては、あまりにリアルすぎる。
木々の葉のざわめき、馬車の揺れ、砂利を踏む車輪の音――すべてが、生々しく、肌で感じられる。
クラリッサは小さく息を吐く。
(……作り込まれている、というより……まるで、本物の世界。)
クラリッサは馬車の中で静かに目を伏せ、指先で膝のベルベットをそっと撫でる。
――本物のクラリッサは、今どこにいるのだろう。
「見えてきましたよ。お嬢様。」
クラリッサは顔をあげた。
道は石畳に変わっており、教会の尖塔が遠くに見えた
献納、孤児院への寄付、祭礼の資金
これらは*名誉の義務*として貴族が行っている。
白磁のように滑らかな柱が並ぶ礼拝堂。
ステンドグラスの紅と蒼が、聖水の波紋に溶けていた。
クラリッサは、静かに祭壇の前へと進む。
床に敷かれた青い絨毯の上を、踏みしめる足音が、かすかに響いた。
「クラリッサ=グランディール。魂の浄化を願うのですね?」
「はい。オナシャス。」
(……オナシャス?)
司祭は、両手の聖状を掲げる。
そしてクラリッサの彼女の胸元に、光が灯る。
司祭の声は、静寂を切り裂く鐘の音のように響いた。
「レベル――上昇を確認。」
儀式は終えた。
クラリッサが教会の扉をゆっくりと押し開くと、風が、礼拝堂の静寂を切り裂いた。
階段の下では、侍女マリアが待っていた。
灰茶のマントを肩にかけている。
その瞳には心配と、敬意。
「お嬢様。どうでした?。」
「レ、レベルが上がったみたい……本当にあるんだ。」
「はい。こちらが、観測魔術で計測した、お嬢様のレベルです。」
羊皮紙に数字で刻まれている。
戦闘値、魔力値、魅力値、社交値――
どれも数値化されている。
「おめでとうございます。」
クラリッサは感心していた。
帰り道、クラリッサは思索を繰り返した。
筋肉とレベルの関連についてだ。
「確か司祭様は、レベルとおっしゃっていました。仕組みがあるのかしら。」
「レベルが上がるためには、年齢を重ねる事。そして魔物を倒す事の二つが求められます。お嬢様は魔物を倒してはいませんから、年齢を重ねた事が要因ですね。」
「なぜ教会に来る必要があるのかしら。トリガーがその2つなら、その場でレベルが上がるようなものだと思うけど」
「生きていること、魔物を倒したことによる穢れを浄化する事で、一つ上の存在に至ると言われています。」
レベルを、うまく世界に落とし込んでいる形なのだろう。
※レディキス(略)のストーリーでは、確か教会がレベルアップ設備だった気がする。
携帯で教会のアイコンをポチると確かレベルアップした。
「なるほど。細かい仕組みはともかく、レベルがあるなら、つまり、夢にまで見たレベル上げの夢が叶う……!」
「お嬢様、なにをそんなに……?」
「いえ。こちらの話。これは上がりますね。いえ、もちろんバーベルの話ではなく。」
「あの、バーベルってなんですか?」
「マリア」
「はい!」
「チャートを組みます!!」
マリアは思った。
チャートって何?
クラリッサは握り拳を作って感動していた。
涙すら浮かんでいた。
誰もが夢見たシステムがそこにあった。
──後日。剣術訓練。
「お嬢様。擦り傷を負ってしまわれましたね。魔法をかけますね。」
「ま、魔法だと……!?!?」




