39話 決着
――ゴゴ……
うず高く積みあがった瓦礫が、動いた。
まさか瓦礫が動くとは。最初は、錯覚かと思った。
だが次の瞬間。
──ドゴォッ!!
石が弾け、鉄骨が跳ね飛び、瓦礫の山の中心から――赤黒い腕が突き出た。
「……!」
押し除ける。
潰されていたはずの質量が、力任せに“持ち上がる”。
ブラッドオーガが、立ち上がった。
「きゃあああああ!!」
上から、観客の悲鳴が降ってきた。
空が見えるということは、地上からも、見えているということだ。
半身は瓦礫に埋もれ、皮膚は裂け、肉は露出している。
だが。生きている。そして、瓦礫から完全に脱出して動き出した。
◼️◼️◼️◼️ーーー!!!!
闘技場の中央。
本来なら砂と血で満たされているはずの舞台に、地下の闇が口を開けていた。
傷ついた赤黒い巨体。その異様が、何千人という観客の匂いに誘われるように、檻そのものが壊れたかのように、這い出てくる。
「マリア!受け取って!!」
クラリッサはバルドから剣をひったくると――投げた。
空を切り裂く音とともに、重量級の大剣が、回転しながら、マリアの方へ飛んでいく。
「えっ!? えっ!?ちょ、ちょっと待っ――」
――がしっ!!
マリアは、大剣を反射的に受け止めた。
「お嬢様!!なんなんですかこの人!!気持ち悪すぎなんですけど!!!!お怪我をしていますから、手当が必要では!!!」
「額に角があるでしょ!!!よく、うちの領土にも出るやつよ!ちょっと気持ち悪いけど!!」
「オーガですか!?!?ちょっと荒ぶりすぎでは!?!?」
──風よ。応えよ。
──遍く空を巡り、境界を越え、名もなき流れとして在るものよ。天より、地を断ち、集え、渦となれ、刃となれ。
声は上空より聞こえ、その魔力は制御されていた。
だがそれは奔流でありながら、乱れていない。
嵐でありながら、刃のように整えられていた。
闘技場を見下ろす、遥か上空から一人の男が下りてくる。
粉塵と雲の狭間で、一つの影が静止し、その影は風を纏い、魔力が吹き荒れる、風神と化している。
「セドリックお兄様!!!来て下さったのですね!!!」
「これはまた、ずいぶん賑やかな状況だね。
さすがクラリッサ。相変らず運命に抱きしめられている。(※巻き込まれているという意味)
言いたい事はいろいろあるが、まずはあいつからなんとかするとしよう。」
「はい!!」
セドリックは杖をかがげる
膨大な魔力を、寸分の狂いもなく束ね、怪物一体を「止める」という一点にのみ行使した、封殺の魔術。
一点を中心に、圧縮された風が巻き上がり、竜巻のような風がオーガの侵攻を妨げる。
観客席は、パニックになりつつあった。
逃げ惑う足音。
重なり合う叫び声。
押し倒され、転倒するものを出しながら、我先にと出口へと人が流れる。
秩序は、音を立てて崩れていた。
悲鳴の中心。恐怖の中心。破壊された闘技場の縁に立つ影の前。数千の視線と注意が集まる先。
そこでクラリッサは、拳を構えていた。
「いい感じに体があったまってきたのよね。」
──マッスルストライク
いわゆるオーガへの腹パン。
振り下ろされる巨腕の直下を、一歩で抜け、そして放たれた、クラリッサの右ストレートにオーガの巨躯に突き刺さる。その巨躯が吹き飛ぶ。
瓦礫を跳ね、ピンボールのように赤黒い身体が結界にたたきつけられ、オーガは腹を抑えて悶絶していた。
瓦礫に押しつぶされ、傷だらけになり、肉が露出しても動き続けたオーガが、折れるように前屈みになり、喉の奥から、空気を引き裂くような音を漏らしていた。
腹を抱えるように、顔が地面に落ちて、瓦礫と砂に口づけをしていた。
「……がっ……ぐふっ……」
(──クラリッサのあれって、身体能力だけでやってるんだよなー。相変らずえぐいなー。)
「効きているようだね。力を合わせればいけそうだ。クラリッサ。まだ戦えるかい?」
「無論です、お兄様!!お願いします!!」
それはセドリックの支援魔術。
セドリックの掲げられた杖から、風が流れ、光がクラリッサの身体へ流れ込む。
杖は魔銀の杖──ミスリルでつくられ、精霊の祝福を受けた核を中心に、王都魔術研究所が作り出した化け物。
その杖は、グランディール伯爵領で増殖した、鶏畜産業の利益で購入されている。
そしてそれをアルシェリオン王国、最高の才能と称される、セドリックが制御するからこその偉業。
才能と、魔導具──そして鶏(タンパク質源)。そして神の加護を持つが如きクラリッサの肉体の協奏曲。
踏み込み。
捻り。
衝突。
疲労と、遅れを巧み風の魔力で緩和し、補助する支援魔術の力により、その対象は、連続攻撃と高速移動を可能とする。
空気が破裂し、オーガの巨体が揺れる─―全力拳撃の、終わりなきコンビネーション。
全力で拳を振るうたびに生まれるはずの“隙”が、風によって先回りして刈り取られていく。
オーガは再度宙を浮き、クラリッサ達とは逆側の結界にたたきつけられていた。
セドリックは普通にひくついていた。
(うん。クラリッサ。凄まじい筋肉だ。相変らず、人間をやめているね。)
「どうでもいいけど手が痛いです!!!こと筋力という一点に置いて、オーガに私は負けているようです!!!こんな悲劇が存在していたなんて!!!」
「心中痛みいるよ。だけど、まだ、倒れないのか。すごい生命力だ。」
「グォォォォォッ!!」
ダメージはあるが、オーガは瓦礫を蹴り砕くように立ち上がる。
右手には大剣をもつマリアは、すでにオーガの目の前にいた。
距離は0。
バルドの使用していた、火の魔力を纏う魔剣。刀身から滲む熱が、空気を揺らし、揺らめく。
立ちあがったオーガの質量と殺意。そして威圧感で一帯の空気が歪む。
――普通なら、足が竦む。だが、マリアは一切引かず、その目も、逸れない。
華奢な体のメイドが、剣を振り上げた。
剣の握りは適切。肩の位置は自然。そして踏み込みをできる限り深く。
(最大出力――全部、通す!!お嬢様風に言えば、完成されたフォームの、単なる全身連動!!!!)
その姿を見て、観客の一部が息を呑む。
いや、観客だけでは無い。
騎士も、貴族も、王族すらも。
クラリッサも思う。
ここまで組み上げたなら。
──いけ。
ブラッドオーガが、吼えた。
「◼️◼️◼️◼️ーーーー!!!!」
「……お嬢様。行きますね。」
マリアは小さく、呼ぶ。
そして振り下ろし、光が走り、空気が裂けた。
ブラッドオーガの動きが止まる。
(――入った。)
一拍。
二拍。
そしてずるりと、赤黒い巨体が縦にずれる。
ドン――
ドォォン……
右半身と左半身が、音もなく分かれ、地面に崩れ落ちる。
血が、遅れて噴き上がり、瓦礫と地面を赤く染めた。




