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転生悪役令嬢の筋肉無双  作者: 無印のカレー
武術大会編

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35/61

35話 逃避行

バルドは、大剣を構えていた。


そしてクラリッサは、彼の肩幅と重心を見ていた。

(ほう……やはりいい体をしている。)

──クラリッサの筋トレレーダーがビンビンに反応する。


すでに調べていた。

バルド・ガルディウス。

剣一本で戦場を渡り歩き、王侯貴族の護衛から裏社会の汚れ仕事まで請け負ってきた、名の知れた傭兵の男──でありマッチョ。


アルシェリオン王国武術大会本戦の常連。


優勝こそ一度もない。だが――必ず本戦に残る。それだけで、彼の実力を疑う者はいない。


「面白いことになってんな。大人しく牢屋に戻れよ。嬢ちゃん。怪我をさせたくないんだ。」


「バルドさん。マリアに負けて、こんな負け犬みたいな仕事してるんですね。

ああ、言っておきますけど、私、マリアほど甘くないので。牢屋に戻るわけないのはわかりますよね?」


「そいつを離してもらう。俺は今、雇われた用心棒でね。

まさか誘拐された貴族令嬢を監視する仕事だとは思わなかったが、契約は契約だ。そいつを殺されると金が入らないんだ。」


「離すのはいいですよ。この男については、生きても死んでても、どっちでもいいので。」


拘束から解放された男爵の執事は、怯えた犬のようにバルドの後ろに隠れた。

「殺せバルド!!今すぐその女を殺すんだ!!!」


「おい。てめえ。逃げろ。」


「早く、殺せ!!」


「しょろしょろしてんなって言ってんだ!!殺されたくないなら逃げろっつってんだ!!!!死にてえのか!!!こいつは化け物なんだよ!!!!」


執事の顔から血の気が引き、彼は階段を転げ落ちるようにして逃げ出した。


そしてバルドは剣を構え、重心を下げ、肘を締めた。

完全に「殺し合い」へとスイッチする。


「いい判断です。退避誘導ですね。」


「言ってろ。クソガキが。」


「ですけど、私と戦うのは、いささかいい判断とは言えません。」


バルドは言葉を無視した。同時に大剣が唸りを上げた。


速く、重い、振り下ろし。

これを正面から受けるのは、普通は自殺行為――普通なら。


クラリッサは指を二本、差し出した。

そしてすでに完全に戦闘態勢に入っていたバルドの一撃を、クラリッサは受け止める。


──あり得ねえだろ


そのままクラリッサは返すように拳を打ち出す。

それをバルドの顔面で寸止めする。


それは皮膚の数センチ手前。


「まだやりますか?いいですけど。殺しちゃわないかなあ……独学にしては相当に完成度が高い、そのトレーニングの事を聞きたかったんですが……

死にたくない程言いたくないならしょうがないか……筋肥大しているのは、あなただけじゃないし……次の奴を見つければ……うん──」


クラリッサが何やらぶつぶつ言い始めたので、バルドは降参した。




バルドと一緒に、クラリッサは廊下を歩いていた。


いや、並んでいるように見えるだけで、外から見れば「捕まった貴族令嬢と護送役」に見えている。


(人は配置で物を見る)

バルドとの距離は半歩、そして剣の利き腕側。逃がさない配置だが、拘束はない――これで十分。


廊下の先で、足音がした。見回りの兵が視線を向ける。一瞬の訝しげな目。


バルドの“名の知れた傭兵”という看板──

その実績。

筋肉と傷の説得力。


「……通れ」

人は情報の九割を、肩書と見た目で判断する。


二人は、そのまま歩き続けた。


「以外とばれねえもんだな……。深掘りもしてこねえし、そんなもんなのかもな。

だが人質の振りしても無駄だと思うぜ。ここはあんたの敵しかいない。お目当てのラインハルト男爵は武術大会の会場の貴賓席だ。

そこにたどりつくのに、どれだけの護衛がいると思ってる?たどり着いたところで、護衛に拘束されて終わりだ。」


「そちらはどうでもいいのです。欲しいのは記録です。お客様の記録。」


「……記録?なんの話だ?」


「闘技場の裏賭博をご存知ないんですか?そのお客様名簿ですよ。」


(裏賭博……だと?)

武術大会で行われる誘拐騒ぎ。傭兵に出された場違いな高額依頼。


点と点が、嫌な音を立てて繋がりはじめていた。


「……はは。嬢ちゃんやべえんだな。さすがはあのメイドの主人だ。メイドよりイカれてやがる。」


「バルドさん。私に鞍替えしませんか?」


「は、敵をスカウトかよ。笑えるな?」


「どのみち、今回の失敗で、あなたは処分されると思いますけど。」


「……」





厚い木製の、鉄帯補強された扉にたどり着いていた。


内部シリンダーと閂で固定され、枠は石造り。かなり頑強といっていい。


「……鍵は?」


「いりません」

(負荷方向、こっちかな──多分。よっと!!)

ノブに手をかけ力は、入れすぎず、一瞬で外側に引く。

キィィィィ――!!ギャァン、バキィッ!!


数秒後、扉は「開いた」というより、壊れた結果としてそこに無かった。

クラリッサがドアノブをそっと握ると、悲鳴を上げ、蝶番が歪み、鋼が“引き剥がされる”音が廊下に響いた。石枠だけが耐えていた。


「……」


バルドは突っ込むのを諦め、剣を肩に担いだまま、何も言わなかった。


机の上にそれはあった。




「ありました。詰みです。」




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