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転生悪役令嬢の筋肉無双  作者: 無印のカレー
武術大会編

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34/59

34話 誘拐された伯爵令嬢

そこは、かすかな風が隙間から吹き込むだけで、人通りはほとんどなった。


王都闘技場の、普段は用具や装備が雑多に積まれている薄暗い物置。


クラリッサは目を覚ました。


手首や足首が縛られていた。クラリッサは素早く周りを見渡す。

──どこだ?ここ。


まず呼吸。浅くはない。

次に脈拍。やや遅いが許容範囲。

――視界は問題なし。


手首と足首に感触。

鎖だ。錠はしっかりと固定されている。

(……薬か。睡眠系。たぶん中枢性。持続時間長め。)


「起きたか……噂通りの化け物ぶりだ。大型魔物ですら3日は昏睡する劇物なのだがね。」


「……貴方は?」


手足を縛られながらも、クラリッサは起き上がる。動作に焦りはない。

(ここは……推測するに闘技場の物置。空気が乾いてる。油と鉄の匂い。人目につかない。――誘拐した者を捕らておくには、なかなかに合理的。)


「私が誰かは知らない方がいい。あのメイド──マリアさんはやりすぎた。彼女が本線を勝ち進めば、クラリッサさん。あなたも死ぬことになる。」


「ふふ。」


クラリッサは冷静に周囲を睥睨しながら、笑った。


「何かおかしい事でも?」


「いえいえ。ただ感心していたのです。」


起き上がりながらも、クラリッサの頭はまだひどく揺れていた。

それに重い。筋肉も弛緩していた。


(――強力な筋肉弛緩効果。残留感あり。多分、結構盛られた。)

「よく眠れるお薬まで使用されるとは思っていませんでした。

私のプロテインに混入されたのですね。ちょっと変な味がしたんですよね……。気にせず全部飲みましたが……混入したのは私の周りの誰かかなあ……炙り出さないと。」


「……大人しくしていれば帰れる。君のメイド次第だが。」


「武術大会は、賭博の温床になっている。利権が動いていて、八百長も多い。

私とマリアは、そのご愛用者達の怒りに触れたということですね。」


「わかってるなら、静かにしていた方がいい。」


クラリッサは平然と受け答えしていた。その姿に違和感があった。


手足を拘束され、猛獣用の巨大な檻に入っているが、あまりに自然というか。まるで意に介していないというか。


「そうですね。お薬が効いているので、じっとしてますね。お喋りをするつもりは?」


「ない。静かにしてた方がいい。」


「つれないですねー。暇なんですけど。

檻の内径は三歩弱。天井高は二メートルちょい。ストレッチくらいはできますね。」


グランディール家は一線を越えていた。


組織は、利権を確保するためなら、誘拐などの手段を問わない。

睡眠薬も使用する。目的のためなら手段を選ばない。




王国武術会、4回戦。


マリアは、闘技場の中央で男と向き合っていた。


対戦相手はニヤニヤしていた。

直感的に悟る。


──こいつだ。こいつがお嬢様を攫ったのだ。


目が言っていた。わかっているよな?お前が戦えばお前の大事なお嬢様がどうなるか。


試合は開始された。





対戦相手の男は、手に細身のレイピアを握って立っていた。


マリアは動かなかった。男の攻撃を全て甘んじて受けていた。


痛みは鮮明に身体を貫き、血が服の裂け目から滲む。それでも瞳は揺らがず、どこか遠くを見つめるような静けさを湛えていた。


――マリアは、攻撃をすべて受ける。理由はただ一つ。


──おい、もうやめてやれよ。


観客の誰かの声が、ざわめきの中で響いた。


武術を競う大会が、公開処刑へと変化していた。


服はレイピアにより無残に切り裂かれ、顔面は殴られ、それでもマリアは膝を折らない。


女性の観客が飛び散った血液に思わず悲鳴をもらす。


「……お嬢様。すいません。」


「どうしたメイド。戦わないのか?俺は一向にかまわないぜ。」


手が出せないとわかっているからこそ、その男は揶揄する表情を崩さない。


「考えていたんです。お嬢様なら、どうするのかって。」


「答えは出たのかよ。そのお嬢様は助けてって言ってると思うぜ。」


「違います。きっとこう言います。──なんで、石鹸の宣伝しなかったの?

なんで勝って、筋肉の美しさを誇示しなかったのって。」


「意味が……おまえ、俺に手を出せば──」


「──よくも……よくも、お嬢様に手入れして頂いたこの体に、ここまで傷をつけましたね。万死に値します。」


慈悲も、躊躇もない、処刑の前口上に、男の表情が、凍りつく。


大仰な構えも、雄叫びもない。

マリアは、日常の延長のような、ごく自然な動作で箒を構えた。


「今まで、今までずっと手加減していたんです。戦った相手を殺してしまうかもしれないから。武術大会だって、本音を言えば出たくなかった。

でも、お嬢様が喜ぶから、本当に喜んでくれるから。だから少しだけ頑張ろうって。」


クラリッサが大切にしていたこの体が、誰かの血で汚れることを、無意識に避けていた部分もあった。


だが――今、この瞬間だけは違った。


相手が死のうと、構わなかった。

むしろ、積極的に死ね、とすら思った。


その一撃は、ただ箒を振り抜いただけだった。


箒が空を切る音は軽い。


しかし、それに触れた瞬間、男の世界は一変する。


闘技場が割れた。地面ごと。観客を守る結界が、衝撃で不快な音を立てて軋んだ。


レイピアごと男の体は弾き飛ばされ、卑屈な自信も、嘲る笑みも、まとめて粉砕された。

闘技場に広がったのは、悲鳴ではなく――理解の遅れた沈黙だった。




男は意識を失う寸前に悟る。


もしかしたら自分達は、竜の尾を踏んだのではないか?




勝利してマリアは控室に戻る。


クラリッサの姿はなかった。


マリアは不安だったけど、これが最善だと導き出す事ができた。


だって、──自分はこんなにも強くなったのに、クラリッサを殺害する手段が、一切浮かばないのだから。







クラリッサはあまりに暇だったので 檻の中で筋トレしていた。


(手首と足首を縛られ、猛獣用の檻に押し込められているという状況。

待機時間が長いし、一眠りして回復も進んでる――冷静になってみると、動かない理由がない!!)


手足を縛られている拘束のせいで、クローズスタンス。

静かに腰を落とし、スクワット。

続けて、床に手をつき、プッシュアップ。


次に躊躇なく跳び、檻の天井部分にぶら下がる事で、懸垂。


「どうやら、君のメイドは、主人を見捨てたらしい。薄情なことだ。順調に勝ち上がっているよ。

ところで、さっきから何を?」


ぶら下がったまま、クラリッサは答えた。


「トレーニングの日課。あと暇なので。話なら後にしてくれます?バルクが冷めます。」


「……」


一度、身体を引き上げ、静止。それを何度か繰り返していた、その時だった。物置に荒くれ者が入ってくる。


監視している男と話した。男は肩をすくめた。


「処分が決定された。君は奴隷商行きだ。変態貴族が君をご所望だとさ。デビュタントの時から目をつけていたんだと。恨むなら、薄情なお前のメイドを恨んで死ね。」


クラリッサは安堵した。


「良かった。ちゃんと私を信じたのですね。マリア。しっかり教育したかいがありました!

とはいえ、伯爵家令嬢に手を出せるとなると、誰でしょうか。結構しぼられますね。」


「……おまえ……拘束が……」


クラリッサは、ぶら下がった状態から、ゆっくりと檻の床に降り立つ。

いつの間にか、クラリッサの両手、両足が自由になっていた。


少女の姿をした名伏し難い存在は、軽く肩を回した。関節の具合を確かめるように。拘束していた鎖が無惨に捩じ切られ、破壊されていた。


「私。これでも怒っているんですよ。パワーアンクレットを外されて、今日の日課が終わらないじゃないですか。

せめてパワーアンクレットも一緒に誘拐してくださいよ。虚弱どもが。日課の強度が落ちて、筋肉がカタボリックしたらどうするのよ!?!?」


※カタボリック……筋肉縮小のこと。


「筋肉は正直です。私の筋肉は、今日も成長する予定だったんです。

それを邪魔した。筋肉が縮んだら、取り戻すのに何日かかると思ってるんですか。刺激が不足すれば、分解が始まりかねない。許せない。殺してやる。」


「……化け物。」

男は後ずさった。




全ての人間が無力化されていた。クラリッサに。


「まあ、こんなものですね。そもそも誘拐手段の為に薬を使うくらいだし、対人戦闘の想定が甘い。ウォーミングアップにもならない。

あと思い出しました。その体格と筋肉。ラインハルト男爵家の執事の方ですよね。顔を隠しても無駄ですよ。体格で覚えています。デビュタントの時にいらっしゃいましたよね。」


「くそ。」


「逃げても、無駄ですよ?」


回り込むと、男の首をクラリッサは片手で、締め上げ、そのまま持ち上げる。


クラリッサは、力を込めすぎない。あくまで、適正負荷。

(意識は保たせる。会話は必要だから)


少女の姿をした存在によって、男の足が床から離れ、体が宙に浮いていた。片手で。


「楽しいお話し合いのお時間です。さあ、あなたの主人様のところへご案内して頂きましょうか。」


「あ……が……」


(うん。会話可能。問題なし)

喉から、かすれた音が漏れる男を、荷物のように扱い、部屋から出ようとしたところで、1人の男が、クラリッサの前に立ちはだかった。







その男は、大剣を扱う巨躯をしていた。


「ああ。あなたもやりますか?バルド・ガルディウスさん。」



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