33話 石鹸の宣伝
勝者口上──いわゆる勝利者インタビューがはじまった。
《勝者口上》の由来は、古い。
王都アルシェリオン武術大会が、まだ「力ある者を選び出すための試練」に過ぎなかった時代、勝者は、剣だけでなく言葉の在り方も問われた。
時代が下り、大会は娯楽となり、やがて「形式的な公式問答」へと姿を変えた。
簡易魔導拡声器がマリアに向けられる。
勝利者は、一言を述べねばならない。マリアは一瞬だけ瞬きをする。
「―─おめでとうございます!勝因を教えてください!!」
「えっと……あの……」
マリアは、本来こういう場で前に出て話す人間ではない。
自己主張が得意なら、そもそもメイドなどやっていない。だが今回はその主であるクラリッサからの指示があった。
──石鹸の宣伝をしなさい!
断った場合の説明は何もなかったが、マリアは知っている。恐ろしい事になるだろう。
「……私は、この日のために、ここに出た時のために、石鹸を使って、美容を整えてきました!!見てください!この髪を、このなめらかさを……どうですか!?!?」
「髪……。髪の毛のことでしょうか!?」
「はいそうです!!」
少しだけ裏返った声は、自分でも驚くほど大きな声だった。
「肌つやも違うんです!!戦闘後とは思えない、しっとりとした滑らかさだと思いませんか!?そして、これはその場限りじゃありません!!再現性が可能なんです!!!それが石鹸なんです!!!お求めは――」
一拍。
「グランディール家まで!!!」
沈黙が落ちていた。
「……武術大会、だよな?」
「……確かに、肌のツヤはすごくないか?」
「髪もなめらかだ……戦闘後とは……思えない……?」
口を開けたまま言葉を失っていた司会は、助けを求めるように観客席を見渡したが、そこにあったのは、同じ表情だった。
ざわめきはある。だがそれは興奮ではなく、困惑のざわめきだった。
「えー……大変、えー……大変、個性的なご意見を、ありがとうございました!」
「し、失礼致しましたぁっ!!!!」
マリアは逃げた。
二回戦。
開始の合図が鳴っても、マリアの対戦相手は、闘技場に姿を現さなかった。
審判団の短い協議の後で静かな宣告が下された。
「本試合、対戦者未出場につき――マリア・グランディール。二回戦、不戦勝。」
「へ?」
マリアは、むしろ対戦よりも、対戦後のインタビューの方が心配だった。
なんならわざわざ、勝利パフォーマンス用の油汚れのすごい洗濯物まで用意していたのだ。
(まずい!何かやらなければ、何かやらなければ殺される!!お嬢様に何やらされるかたまったものじゃない!絶対ろくなことにならない!!!!)
「あ、あの!!勝利後のインタビューだけやってもいいですか!?!?すぐ終わるので!!」
「え?あ……はい。どうぞ。」
誰も止める間はなかった。
マリアは、油のついた汚れものをその場で、きれいにしはじめた。
ごし。
ごしごし。
ごしごしごし。
洗剤を一振り。石鹸を軽く泡立て、なぜか用意していた水桶へ、ためらいなく突っ込む。
闘技場に響くのは、剣でも歓声でもなく、洗濯の音だった。
ぱん、と引き上げられた布は、ついさっきまでの油染みが嘘のように消えていた。
「見てください!!この通りです!!戦闘用の頑固な汚れでも――問題ありません!!!」
「……きれい、ですね。」
「どんな油汚れもこれ一本で綺麗になります!!洗剤です。石鹸とセットでどうぞ!!!」
マリアは、深く一礼して、ガチで逃げた。
3回戦も不戦勝だった。
羞恥の限りのインタタビューという名のパフォーマンスをこなし、マリアは汗をぬぐって控え室へ戻った。
「……お嬢様、ただいま戻りました!!……あれ?どこに……」
返事はなかった。
控室のテーブルに、クラリッサが普段愛用しているパワーアンクレットが無造作の置れていた。
そのパワーアンクレットの上に、一枚の黒封筒。
震える手で開くと、中には短い文と、クラリッサが着ていた外套の切れ端が入っていた。
──勝つな。
4回戦で負けろ。さもなくば、令嬢は戻らない。
「……え。えええええ!!!!お嬢様が……クラリッサ様が誘拐されてしまいました……!!!」
力が抜け、マリアは床にへたり込んだ。
(……誘拐……)
頭では理解しているのに、感情が追いつかないが、どうしても疑問を禁じ得なかった。
ただ――どうやって誘拐したんだろう。お嬢様、オーガよりも筋力あるのに。
クラリッサは、薄暗い空間で目覚めた。




