31話 本戦一回戦バルド・ガルディウス
王都アルシェリオンの闘技場は円形だった。
貴賓席は闘技場正面、高く張り出した石造りのバルコニーに設けられている。
王家の紋章を刻んだ天蓋の下で、王族とその側近、また各派閥の有力者たちが静かに視線を交わす。
やがて、武術大会開会の合図を告げる角笛が高らかに鳴り響く。
一回戦――過酷な予選を勝ち抜いた、名も無き者から名を持つ者まで、すべてが同じ砂の上に立つ。
ここで敗れれば、栄光はない。
ここで勝てば、王都全体が、その名を覚える。
闘技場の内部は、想像以上に広大。
すり鉢状に観客席がせり上がる中心に、砂を敷き詰めた主戦場。
観客席の最下段は騎士や貴族、そして次に富裕層、さらに上段へ行くほど平民の席となり、最上段は立ち見の群衆。
主戦場の周囲には、結界柱が等間隔に配置され、淡く輝く魔術紋が浮かぶ。
聞こえてくる観客のざわめきは、地鳴りのように腹の奥を震わせる。
マリアは予選を全勝で勝ち抜いた。そしてその闘技場に立つ。
観客席の一角にふと目をやる。
貴族席とは思えぬ殺気が、局所的に噴き上がっていた。
珍しく、いや、異常なほどにクラリッサ・グランディールが荒ぶっていた。
ジェスチャーで、器用にマリアに対してメッセージを伝えてくる。
「マリア。あいつだけは潰しなさい!!」
「お嬢様。急にどうしたんですか?なんか殺意が異常に高まっているんですけど!?」
「見なさい、あの対戦相手の身体……!!」
「強そうですね。」
クラリッサは拳を握りしめ、歯を噛みしめる。
「私が!!この私がどんなに努力しても!!どれだけプロテインをがぶ飲みしても!!全然得られなかっかった“見せ筋”を!!あいつは持ってるのよ!!」
闘技場中央に立つ次の対戦相手は、筋骨隆々。
鎧が筋肉に負けて軋み、盛り上がる大胸筋と、浮き上がる腹直筋が屹立していた。
いわゆる――マッチョだった。
マッチョが一回戦の相手だった。
「理由、そこなんですか!?!?」
「絶対に許せない!!絶対に潰す!!!!
そして――あとで接触して、トレーニング内容を全部聞き出してやる!!!!」
首を掻き切って、殺害を示すジェスチャーをするクラリッサに、マリアは遠い目をした。
「あー、はい。」
闘技場、砂地から顔を覗かせる白石の円盤に刻まれた魔術陣が淡く輝く。
その中央にローブを纏った男。
彼の喉元には、鎖で吊るされた小さな水晶があり、声帯の振動を魔力に変換し、闘技場全体へと共鳴させる《共鳴拡声術式》が組み込まれている。
声は、石壁、観客席、結界柱に反射しながら、闘技場全域へと行き渡った。
「――次の試合を開始します!!!
獅子の方角。謎のメイド。グランディール伯爵家所属――名は、マリア。身分はメイド。
予選を全勝で突破。負傷なし。医務室の世話もなし。剣術流派不明。戦い方も不明。以上。評価不能!!!!」
観客がざわついた。
事実だけが淡々と読み上げられるような内容が、かえって、異様さを際立たせていた。
次いで。
「鷲の方角!王都武術会常連。三年連続本戦出場!鍛錬に鍛錬を重ねた肉体!!
背中の大剣の破壊力を主軸とする重戦士!!!――バルド・ガルディオス!!」
地鳴りのような足音。
闘技場が、揺れた。
闘技場の中央で、体格差が誰の目にも明らかな2人は並んでいた。
マリアは、メイド服で華奢で小柄で箒を持っている。
戦士は、マッチョで大柄で大剣を持っている。
二人は、闘技場の中央で向かい合っていた。
軽と重。
小と大。
日常と戦場。
観客席の多くが思った。
――勝負にならない。
砂地に落ちる二つの影は、同じ距離で、同じ高さにある。
だがとはいえ、結果はルールに基づいて導き出されるであろう。
武術会は、体格ではなく、武を競う場なのだから。
「おいおい。こんな小娘が本線に上がってきたのかよ。」
「申し訳ありません。お嬢様に潰せと言われたので、手加減はしませんね。」
「ぶははは!!!聞いたか!?メイドが潰すだとよ!!安心しな。すぐ終わらせてやる。」
大剣を地面に叩きつけ、砂が舞う。
かくして、角笛とともに試合は開始された。
開始と同時に衝撃音。
バルドの体は、闘技場の、場外スレスレの位置にいた。




