30話 本戦
マリアは勝ち進んだ。
箒を握る手はまだ震えているが、試合を重ねるごとに少しずつ呼吸は落ち着き、砂地での立ち回りにも慣れてきた。
力を競った者は、まるで山を相手にしているかのようだと言う。
攻撃をしたものは、まるで風を相手にしているかのようだと言う。
拳を打ち込めばすり抜け、剣を振れば、まるで風のように無力化され──
そして気づけば場外に投げ出されていた。
意味がわからない。
戦いの理屈も、技の原理も、すべてが狂っていた。
「余裕出てきたわね!重畳!」
「お、お嬢様!!また勝ちました!!」
「そりゃ勝つわよ。数値の暴力だもの!さあ、猛者達が貴方を注目し始めたわ。
石鹸の宣伝のしどころよ!」
「す、すいません。正直にいうと、勝てると思ってなかったので、石鹸の宣伝なんて一切考えてきませんでした!」
「なら、服を脱いで。」
「え……?」
「服を脱げる範囲で脱いで、髪を靡かせて。肌のきめ細やかさを見せなさい。一発だから。」
「ひどい。」
マリアは、違反を疑われていた。
武術大会には健全な運営の為の監視がある。
マリアと対戦した出場者達からの告発が上がったのだ。
控え室の木の床に足音が響き、静寂を切り裂くように、運営委員会の面々が現れた。
黒の外套に身を包み、肩口や胸元には銀や金の徽章が光っている。
「グランディール家の二名ですね。試合の結果について、少々確認させてもらいます。」
「お、お嬢様!私に違反の疑いが!!なんかしました!?私、なんかしました!?!?」
「大丈夫よ。貴族お得意の嫌がらせだから。ちょっと行ってくるわ。」
クラリッサは涼やかな笑みを浮かべ、運営委員会の後について、悠然と歩き出す。
控え室を出る間際、クラリッサは振り返り、片目を瞑ってマリアに釘をさす。
「それより、知らない人に、ご飯をくれるとか言っても、ついてっちゃダメだからね。
そろそろ毒を入れてくるから。大会の出す飲み物も一切口にしないで。」
「何それ、こわ!!」
運営委員会。
王都闘技施設、尋問室。
威圧的な面々に囲まれ、クラリッサは詰問されていた。
「グランディール家の出場選手に、違反の疑いが出ています。」
「出場資格は満たしてるはずだけど?」
「前代未聞です。」
「ルール読んだけど明記してなかったわ。そちらの落ち度でしょう?」
「戦闘手段を開示していただけますか?」
「純然たる戦闘能力以外にどう説明しろと。」
「対戦者からの聞き取りでは、不可解な術をつかっていると。転移魔術でも使っているのではないでしょうか。」
「使えるわけないと思いますけど。本気で言ってます??」
意味のない問答が続く。
──おそらく、時間かせぎかな。
議論を続けることで、隙が多そうなマリアを孤立させ、心理的に追い詰める意図があるのだろう。
それと同時に、発言の中で瑕疵を見つけて、グランディール家の違反による敗退を目論んでいる。
でも、屁理屈は得意なのよね!!悪くない狙いだけど!!
クラリッサは薄く、不敵な笑みを浮かべた。
議論は平行線だった。
難癖としか思えない詰問を、クラリッサはのらりくらりと交わす。
使用した武器や戦闘手段。
服装が大会に適合していない事について。
勝利のために予期せぬ方法を用いた覚え。
その時、重厚な扉が静かに開かれ、1人の人物が入室してきた。
「あー、その者は大丈夫だ。」
「殿下!!」
運営委員会の面々の視線が一斉に集まった。
第二王子が、威厳を纏いながら立っていたのだ。
そして、一斉に膝を折る。
委員達の心中は穏やかではなかった。
第二王子アルヴェルト・アルシェリオンが武術大会に訪れていたことは知っていた。
だが、まさか、この尋問室にまで足を踏み入れるとは。
「件の出場者であるマリアは、私が目をかけた者だ。
クラリッサは私の婚約者でもある。運営の責任者である男爵にも伝えておけ。」
「王子。助かりました。」
「クラリッサ。派手にやっているみたいだね。」
「それほどでも。注目を頂けて光栄な限りですわ。とはいえ、プロテインの時間になっても尋問が終わらないので、少々辟易しておりました。」
「そっち……」
尋問室からの去り際、重い扉に手をかけたところで、クラリッサはふと足を止めた。
跪いたままの運営委員会に、ゆっくりと振り返る。
その瞳には先ほどまでの軽やかさはなく、ある種の冷徹さと確信があった。
クラリッサは微笑んだ。それは、礼儀正しく、そして残酷な笑みだった。
「伝言を一つ。そちらにも特定の出場者を勝たせたい算段があるのでしょう?」
委員たちの肩が、わずかに強張る。
「もし、マリアが邪魔だというのなら……平民の、メイドの、たかが小娘ひとり。
正攻法で叩きのめせばいいじゃないのかしら。不正調査の指示を出した方と、運営の責任者にも――
そのまま、そう伝えていただけます?こちらは逃げも隠れもしないので。」




