29話 武術大会
武術大会の開催を告げる太鼓が鳴り響くと、王都は朝から熱を帯びた。
大通りには、王家の紋章を染め抜いた幟が林立し、行商の呼び声と鍛冶の金槌音が重なって、空気そのものがざわめく。
宿は満室、橋の上には観客が溢れていた。
剣と拳、誇りと欲望、勇気と野心が交錯する、華やかで熱狂的な大祭でもある。
幼子の手を引いた母親。
興奮で身を乗り出す青年。
遠方の領地からやってきた貴族の一行――
多種多様な人々が押し寄せ、武術大会という名の祝祭に心を震わせていた。
アルシェリオン王国の首都でもある王都。
――六か月が経っていた。
予選の為の、砂地を囲む木柵で、幾つかに区切られた控え区画があった。
そのうちの一つに、クラリッサとマリアの姿があった。
周囲には剣士や拳闘士、槍使いが整列しており、誰もが自分の力を誇示するかのように、鎧や武器を光らせている。
その中にあって、12歳のクラリッサと、それと少しだけ年齢の高いメイド服のマリアは、完全に異質だ。
「上がるわね。大会って。はやくボディビルの大会を企画して、衆目に私の鍛え上げた筋肉を見せびらかせたいものだわ!!……でも筋力ばっかりついて、全然筋肥大しないんだけど!!!!」
「あの、お嬢様。グランディール家って久しぶりに参加するんですよね。いいんですか?私みたいな平民参加させて。」
「大丈夫!」
「ですよね。」
「貴方が負ければうちの家、多分やばいことになるから!!
というか、すでにやばい!父上、針の筵よ!!他の貴族達から、揶揄や皮肉がすごいらしいから!!」
「ひぃ……」
マリアは息ができなかった。
少し慌てたように、黒いメイド服の裾を整える。完全に恐怖の中にいた。
「具体的には、武術大会で無残な結果を残せば、グランディール家の評判は地に落ちます!!
家の軍事力が疑われて、領土の治安は悪化するでしょうし、領民の流出にもつながりかねません!!
財政的に破綻が想起され、議会での発言権に影響が出るでしょうね!!」
「……」
「あれ?マリアもしもーし。おーい。」
重圧から気を失っていた。
予選の控え室では、戦い前の静かな熱気が漂っていた。
剣を手にした者。
拳を組む者。
槍の穂先を軽く弾ませる者。
時折、控室の片隅で小声の会話が漏れ、噂話や、互いの戦績の相談が交わさていた。
「殿下とは打ち合わせは済んでるから安心して。あなたが勝てば、筋トレを王都騎士団に推薦してくださるって。
あと勝ったら、石鹸の宣伝よろしくね。折角、侍女の仕事をサボりまくって綺麗になったんだし。」
「……お嬢様……みな様すごく強そうです……絶対、無理ですよー。」
「マリア。大丈夫。ここにいる全員が私より筋力ないから。貴方はずっと私を見てきた。だから貴方ならできるわ。」
「見てきましたけど。」
「大体、普通のトレーニングしてるやつに、剣のグリップを握り潰せると思う?ほら、こんなふうに。」
クラリッサは挑発的に笑みを浮かべると、光を受けて淡く輝く剣を取り出した。
そのグリップを力強く握り込む。
グシャ――!!
「いや、何気に握りつぶさないでもらえますか!?!?」
「調子出てきたじゃない。その調子!」
「その武器、私が使う予定の武器かもです!?」
「あ……ごめん。箒でいい??そこにあるやつで。」
戦いの前の緊張ももちろんそうだが、目の前の現実があまりに非情すぎるので、マリアは泣いた。
予選会場である砂地は、ざわめきと歓声で満ちていた
控え区画から現れたのは――メイド服を着た少女だった。
少鋼の鎧や鍛え上げた筋肉の群れの中で、クラリッサの小さな体と、マリアの黒いメイド服の異質さは、ひときわ際立っていた。
箒を胸の前で腕を重ねてように持ち、ガチガチになって、マリアは白黒していた。
「おいおい、グランディール家は、こんなの出してどうするつもりだよ。」
観客席や対戦相手の選手たちから、困惑の声が漏れる。
「言葉が聞こえてねえな。怪我させねえうちに終わらせるか。審判。頼む」
鋼の鎧をまとった対戦相手の男の低く、荒れた声に審判は頷いた。
──試合開始。
「おい、嬢ちゃん。危険しろよ。怪我しねえうちに。危ないから。
ダメだ、聞こえてねえな。こりゃ。適当に場外にほっぽり出して終わるか。」
男は、どこか呆れたように肩をすくめた。
剣をゆっくり箒に当てる。
(……?)
男は眉をひそめ、力を込める。
(そういや、なんで箒?動かねえ……え?……)
思考がそこまで到達した瞬間。
視界が、ひっくり返った。
世界が回転する。
空が下に、砂が上に来る。
「――あ?」
ドォン!!
鈍い衝撃とともに、男の体は柵を越えて地面に叩き出されていた。
自分がどう動かされたのか、何をされたのか、理解する前に、背中が悲鳴を上げていた。
気づけば男は場外にいた。
「は?」
審判は唇を震わせながら、ぎこちなく声をあげた。
「……勝者、グランディール家――マリア――」
マリアは、ふっと瞼を開いた。
いつものように、クラリッサに手を引かれて歩いていた。
「は……夢か……」
「おめでとう。マリア!!それじゃ次ね!!作戦会議するから、いきましょう!!」
「お嬢様……わたくしは夢を見た気がします。
まさか、か弱いわたくしが、あんな屈強な男性を吹き飛ばせるわけありません。わたくし、乙女なんで。」
「またまた。ご謙遜を。
大体、負けたらグランディール家の取りつぶしもあるんだから、現実逃避してる暇ないって!」
「ひいぃ……!!!!」




